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ヤクターティオ

 テレビでは連日にぎわいを見せている世界の時事。

 傍観者でしかない私は、これからどうすればいいのか答えが出るのではないかと少しだけ期待をして見ていた。いつしかそれが義務感になっていった。



「さっきからスマホ、鳴っているけど……」


 友だちになるやり直しの一歩を提案してくれたキミコが私の背中に声を掛けてくれる。それにただ頷くだけ。その表示に誰の名前があるのか、今は無理だった。

 では、いつだったら見れるのだろうか。

 答えなどあろうはずはない。


「──逃げんのかよ?」


 低い唸るような声が投げられる。どこから聞こえたのか確認しようと顔を上げた。


「逃げるんかって聞いてん」


 悲しそうな顔だった。キミコは本人が腰を上げない限り、何もはじまらないと理解していることがどうしようもなく悲しいと顔で語っていた。



「やっとハルが手に取って、諦めないようにしていた存在やん。あたしは経緯とか一切合切、知らんし今の苦労とかもわからん部外者や。

でも──なんで足掻いて、弱さを見せつけて優しさをもらわんの? Ð国の審査が簡単やないって調べたらわかるよ。だからこそ、顔を突き合わせてああでもない、こうでもないって解決の糸口を見つけていくんがパートナーやとあたしは思ってる。それができるはずやん」


 さらにキミコは返事もしない私に語る。


 空白の時間の中でキミコが見つけた恋人との期間。

 お互いに譲り合えないモノへの執着。キミコは趣味の時間は譲歩しても、視力を手助けするためにメガネが必要な人が居るように、キミコにとっては趣味──特にヲタクに関するものは切り離させなかった。

 相手もスポーツという趣味活動において妻だったり恋人ににも許す限り応援をして欲しがっていた。キミコの顔の広さから出会いは想像できたけれど、なぜ、恋人になったのか理解に苦しんでしまった。



「なんやろ……? 今までで一番、懐の広さを感じたから、かな。喧嘩がタイマン風にならんし、テンプレの行動もないし」


 苦笑してしまう。キミコは男を見る目がない。

 自分でも吹聴しては笑い話にしているし、子どもができてもおかしくないような男ばかりだった。テンプレ男もDV認定をしてしまうくらいにひどい奴だった。家に引きこもって別れたと言っていた。


「輝いて見えるんは、恋やからやってんやろなあ」


 キミコが切なそうにぼやいた。いまだに引きずる恋をしたキミコは、逞しくもか弱くもあった。



「ヤクターティオ」


 えっと戸惑いの声が自然と上がった。


「あんたのブログ。なんであんな名前にしたん」


 先ほどまでキミコの恋愛を語っていた。その前は私の性格を咎めていた。どこからこの話に繋がっていったのか。


「昔、父親とその奥さんに言われた。あいつは大言壮語っていうか、ビックマウスやって。その呪縛から解放されたくて」


「ラテン語なんてびっくりしたわ。英日辞典を必死に探してもないねんもん」


 読書記録のためと共用語を覚える一環でブログを開設した当初、タイトルを悩んでいた。適当に備忘録だとか、読書好きの日記にしようとかも思った。


「ここではない、遠くの追憶とも迷ってんけど」


 少しだけ格好よく付けようとしてみたことも白状した。


「いやいや、あのバンドのお馬鹿ソングやん」


 キミコとはほんとに思い出をすべて語らずとも笑い合える。それはやさしい時間でもあった。


「でもな、私にはヤクターティオかなって。解放されたい気持ちと時にはうその話やんとも言われて、物語を否定されているからこそのタイトルかなって」


「あんたらしいやん! ヤクターティオか、ええやん」


 優しい思い出が重なる。グレイシーに念願かなってタイトルが決まったと報告した日の記憶。

 ほんの少し眉を顰めて、でも由来を語っていくと頷いて「大言壮語は悪いだけではないのよ。希望を運んで力をくれるんだから」と言ってくれた。


 私はただ、否定から入らずに聞いて欲しいだけだった。できれば、肯定してほしい欲もあるけれど、頭ごなしの否定から抜け出したかった。


「ありがとう」


 キミコはふんわりと笑った。無言でどこでもらったポケットティッシュを差し出してきた。


「私、グレイシーに、会いたい……。キミコのこともおばあちゃんのことも、いっぱい語りたい」


 ぐしゃぐしゃになった思考回路を口にするのは難しい。言葉を見つけ出して、相手に理解してもらおうとする作業がまずダメになっている。目に付くままに舌を伝い、飛び出していく言葉たちはキミコに届いたのだろうか。


「え? それをあたしの前で言う? あんた、ないわあ」


 不満げに口をとがらせるキミコは、優しくスマホを差し出してくれた。

 窓から差し込む昔から変わらない日本の夕陽とテレビの光りがキミコを照らしていた。

 まるで後光が指して見えるかのように。表情が見えていれば、これからの生涯一生忘れなかったはずだろうなと思った。


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