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人間関係の過ちは二度目は存在しない方が良い

『ハルさあ、爆発教育しようぜ』


 無二の親友になっていく中で、唐突に言われたこの言葉。はてなマークが浮かぶ私をキミコ至上一番の笑顔を浮かべながら見ていた。


『爆発教育』ってなんぞや?


 と思いつつも、物騒なネーミングだと笑った。


「なんで爆発なんよ。分かりやすい名前はないんかい」




「だってハルは感情を出すんが下手なんやから」


 記憶と違えることない、いくぶん低くなった声が重なった。記憶を手繰り寄せていた。それはキミコのスマホに電話が入って、会話が中断したからだった。

 現在のキミコは電話が終了したのか席に再度座り直して続きを言った。


「ハルもあたしもまだ、あれを気にしているし。何よりもあんたがぼろくそに言うたんは覚えてるで。でもな、それは一つだけ順調に感情を出せるようになったてことやろ。ただ、恋愛に関しての悩みは論外やけどな」


 見透かしてくるキミコに疑問を覚える。そこまでメッセージを送っただろうか。


「さてはなんで知ってるんや? おぬし! とかって思ってない? え? おばちゃんに言うてみなはれな」


 嬉々として言うキミコにようやく肩筋の強張りがほどけた気がした。


「思うてるよ。だって、メッセージにそんなん書いてへんし、それに──今、私がどうしてるかも」


 まだ、私はÐ国に移住したこともグレイシーというパートナーが居ることも言っていない。海外旅行に行ってきますとだけ、当時使っていた携帯会社のアドレスでメールを送ったきりだった。


「あたしは馬鹿じゃあないんですよ。気になって、SNSの類でもハルがしていないかと検索したわけよ。本名はありえんやろなあ、でもなあ……え? まじ!? で、あんたがÐ国に居ることを突き止めました。名探偵キミコ、ここに見参!」


 ヒュンだかシャキンだかの効果音らしきものを口で言って、どや顔をきめてくるキミコはうっとしいくらいだった。


「え? ストーカー……」


 言った途端に音が鳴り、頭に柔らかな衝撃があった。キミコは口で破裂音を出し、気休めに私の頭に手を乗せていた。


「そんなんちゃうし! 人付き合いが生まれつき器用でなかったハルを心配してたんよ。

 事件に遭遇してたら? あたしは自分を赦せないし、その相手ぶちのめしに行く。

 変なことに関わってしまってたら? 元ヤン根性を恥ずかしくもなく、ようやく発揮できるって思ってたはず。自分の間違えて進んだこともこのためにあったんかって。

 美談にさせるつもりもないけど……あたしもハルのように生きてたかもしれん。あたしはただ、口だけは回るだけってことで座る席を確保できただけやし」



 真剣なまなざしだった。怒り、悲しみ、憂いが混ざり合っている瞳は、頭の上に置かれたままの手のように温かった。

 私は身近な人に目を向けているつもりだった。今日、この時まで。


『日本を出て、期限を決めないで旅行って。あほちゃうの? 世の中のことほんまにわかってないんやから』


 と言った姉の本心すらも見ようとしていなかった。



「ほんまにごめんなさいッ。謝るんは自己満ってわかってます。それでも──キミコの家族のことを馬鹿にして、キミコのお母さんに聞こえるくらいに言葉を選ばずにそのことを貶してごめんなさい」


 テーブルに額をこすりつけて、通り過ぎたあの日を見つめる。


 やっぱり自分が悪いのだと感じた私は、キミコの家を訪れた日を。

 悔やんでいたはずなのに、自分を正当化していく。

 そんな態度、言動の私に腹が立っていくキミコ。

 私は当時、キミコがカレシと上手くいっていないことに薄々感じてはいたが、キミコならばきっとなんとかするし、持ち込まないと勝手に思っていた。弱音を吐き出したいはずだったのに。

 そして──短い導火線に火をつけてしまえば容易く爆発してしまうように、一気に放出された。



「キミコって家族を大事に想ってるけどさ、それに報いてくれたん? 不登校になったのも、集団からはぐれたんも随分と後になってからやったん? それのどこが大事にできるん? お母さん、知ってはるん?」


「だまれッ! しばくぞ!」


「──キミコがうまく文字を追えないってこと」


 とても言葉にできる表情ではない顔のキミコがそこに居た。

 一気に沈黙が支配し、外の喧噪が場違いなBGMになっていた。

 私は爽快感にも似た気分があった。

 ただそれも最初だけで喉の、それも食道すらも火傷してしまった感覚が襲ってきた。

 見計らっていたかのようなタイミングでノックされて、お互いに飛び上がった。


「キミコ、ハル? ここにお菓子、置いておくからな」


 珍しくキミコのお母さんが居た日だった。だから、真実を突きつけた。でも、取り戻せないことをしてしまったと罪の意識と重さが押し寄せてきた。


「出てって。二度とその顔、見せんな」


 そう言ったキミコの顔は俯いていて見えなかった。私はただ、逃げ出せる機会を得てわき目もふらずに飛んで帰った。

 あの日をただ見つめて、キミコの言葉を待った。

 今日、私の行動すべてがただの自己満足。

 それでも話す機会をくれたからこそ、完璧にそれに浸るしかないのだ。

 もし、目を上げた先にキミコが居ないとしても、それでも面と向かって口にできたこと。キミコの優しさの表れなのだ。



「謝っても取り消せんから。でも、新たに友だちにはなろうとお互いに努力はしようや? だから──頭が高いごっこはしゅ~りょ~」


 不思議な表情をしたキミコが私の顎を持ち上げて、電子タバコの水蒸気でできた煙を吹きかけてきた。まるで悪役がやるように、コミカルになるように。


「ありがとうございます、ありがとう」


 これが仲直り、とは言えないかもしれない。遮断された糸は繋がらずに、新たな糸を紡いでいくと言われたのだ。

 過ちは二度目は存在しない。




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