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「急いで!早く持ってきなさい!」
「はい!!」
王宮の一角で使用人たちが慌ただしく動き回る。その中には王宮警護のための騎士たちもいる。
「アリシア様、聞こえますか!?」
「ダメです、意識がありません!!」
「急いで救護室へ運んで!!」
誰もが血相を変えて動いている。
シルヴィアは今、自分の目の前で何が起こっているのか分からなかった。その大きな目をさらに開かせて凝視する先にいるのは、先程まで笑い合っていた愛おしい妹のダランと身体をなげうっている姿。浅くか細い呼吸を繰り返し顔色は最悪。
「・・・ありしあ、・・・アリシア・・・!!」
「っつ!シルヴィア!」
「駄目ですシルヴィア様!今はお近づきになってはいけません!」
「何故よ!!アリシアは私の妹よ!!」
「シルヴィア!!」
「離して!アリシア!!!」
走り寄ってアリシアの身体に触れようとしる直前に使用人たちに取り押さえられたシルヴィアは、離してと叫びながら手をアリシアにむけて伸ばす。
後ろから慌てて駆けつけたレイハルクに抑えられても抵抗を止めないシルヴィアの力は、普段では考えられないほど強い。
「シルヴィア様!」
「ッランド!シルヴィアを抑えろ・・・!」
「っはい!」
「っやめて!離しなさい!!」
二人がかりで抑えられようとも力を緩めないシルヴィアの前で、アリシアは担架に乗せられて屋敷の中へと運び込まれていく。
「っありしあ!!アリシアァ!!!」
その姿が見えなくなるまで、誰が聞いても胸が潰れるような気持ちのする悲痛な声でアリシアの名前を呼び続けたが、アリシアの姿が見えなくなり去って行く音も聞こえなくなってきた頃、漸くシルヴィアの身体の力が抜けて、その場に座り込んだ。
「・・・あ、・・・ああ・・・!アリシア、アリシア・・・!!ごめんなさい、・・・ごめんなさい・・・!!」
「っシルヴィア!落ち着け!」
「シルヴィア!!!おい、こっちを向け!!」
「シルヴィア様!!!」
三人の呼びかける声はいま、シルヴィアの耳には届かない。手で覆い隠された顔からはいくつもの雫が絶え間なくこぼれ落ち、地面を濡らしていく。
最後に写ったアリシアの瞳には、隠しきれない恐怖の色持って自分を見ていた。
その表情がグルグルと頭の中を駆け巡ってシルヴィアの頭の中を離れてはくれない。
声が掠れるまで、シルヴィアはアリシアの名前を呼び続けた。
ソレルはコンコン、とノックをして返事のない扉を開けて中に入った。その部屋の住人はまだ、その美しい瞳を開かず、眠り続けている。
アリシアが王宮で倒れてから数日が経った。応急処置を施されたアリシアは一日王宮の救護室で寝かされたのち、厳重な体制の元セントフォーズ公爵家の屋敷へと運ばれた。
学園の休日が明けようとするも未だ目を覚まさないアリシアに、シルヴィアはアリシアの側を離れようとはしなかった。しかし、急ぎの知らせを受け取って帰ってきたセントフォーズ公爵夫妻によってそれを許されず、強引に馬車に乗せられて学園へと戻っていった。
休みが明けてもアリシアは寝返り一つ打たずに静かに眠り続けている。
ソレルは何度もアリシアの顔を見に部屋を訪れる。従者である以前に屋敷の使用人であるソレルには常日頃に仕事がつきまとっているが、素早い速さで終わらせて時間を作っては足を運んだ。
そんな兄同様ミリアリアも、アリシアの元へと訪れる。アリシアの倒れた現場を見ておらず、そしてソレルでさえ理由の分からないため、ミリアリアは何故アリシアが眠り続けているのかを知らない。
人形のように眠り続ける主人の姿に何度もその瞳を濡らして去って行く。
あれから数日、いまだアリシアが目を覚ます気配はない。
一方学園に強制送還されたシルヴィアは、あの日の出来事を思い出す度に何度も強く頭を抑えた。やっと重いが交差し合って通じ笑い合っていた映像から始まり、最後は必ずアリシアの瞳にうつる恐怖の色をみた所で暗転する日常に、上手く睡眠がとれないでいる。
ランドもレイハルク、セシルもシルヴィアの状態に気づいている。
ランドは主人の傷ついた心に守り切れなかった自分の無力さに何度も手を強く握る込めるため、手のひらは何個もついた爪の痕が、赤いまま消えない。事情を詳しく知らないサリィはそんな二人をどうしたらいいのかわからない。自分に今出来るのは、見守ることのみだった。
学園内でも以前のような元気のないシルヴィアの姿は目立っていた。態度が全て出ている訳ではないが纏う空気が異常を感じさせる。そんな不安定なシルヴィアのために友人の令嬢たちはもちろんレイハルクもできる限り側にいる。一人でいると意識を他にやっているようなシルヴィアのためだ。
そして、セシルもまたあの日から気が気ではない。事情をシルヴィアのように全て知っている訳ではない、レイハルクのようにもう既に理解していた訳ではない、アリシアの過去を知っていた訳ではない。突然起きたあの出来事はセシルに多大な衝撃を与え、混乱の淵へとセシルを追いやる。
何度も使いを出してアリシアの様子を随時知らせてもらっている。あの日から何日も過ぎたのに意識を戻さないアリシアは今何の夢を見ているのであろうか。
アリシアの従者の話では全く動かず人形の様に眠り続けているそうだ。呼吸さえしているかすら怪しいほど、静かに。
全員が全員、アリシアの目覚めを待っていた。
今日もアリシアが目を覚ます気配はない。
ここはどこだろう。
美穂はそよそよと吹く風の気持ちいい草原の中で一人、ポツンと座り込んでいた。
周りにはどこまでも草青い草が続くだけ。上空を見上げても雲ひとつない快晴、蒼い空がどこまでもどこまでも続いている。
キョロキョロ視線を動かしても誰もいない状況に幼い美穂はどんどんその大きな瞳に涙を溜めていった。
「おとーさん、おかーさん…どこお…?」
あの優しくて大好きな両親を呼んでも、いつもの様な柔らかい声は聞こえてこない。徐々に美穂の口からヒクヒク、と泣き声が溢れる。その小さな手のひらを涙で濡れている目に当てて擦りながら何度も大好きな家族の名前を呼んだ。
しかしそれに答えてくれる声は泣く、とうとう美穂は声を上げて泣き出した。
こんなに泣いているのに何で誰も来てくれないの、美穂はなんで一人なの。助けて。ここどこなの。みんなどこお?
泣き声と一緒に何度も訴えかけた。何度も、何度も。声が枯れるくらい、何度も。
溢れ続ける涙は終わりがみえない。次から次へと溢れだす涙はとうとう美穂の足元に溜まっていき、もう小さな座ったままの美穂のお腹まで溢れかえっていた。
泣けば泣くほどかさが増していく状況にも恐怖を感じてもっと涙が溢れだす。
とうとう小さな美穂を涙が飲み込んだ。
水の中でも呼吸のできる状況に意味がわからずまだまだ涙が止まらない。
すると微かに声が美穂の耳に届いた。
泣いている顔のままそちらを振り向けば小さな小さな光が灯っている。
きょとん、と瞬きした瞳はもう涙が溢れていない。水を搔きわけるように近づいてその光を手に取れば、その光は強く輝き出した。慌てて両手で包み込んでもその光は指の隙間から溢れる。それはとても綺麗で。美穂はぎゅうっと力を込めた。
しかし次の瞬間その光は手の中でぐるぐる回り出してパンッと飛び出した。
まって!美穂をひとりにしないで!
慌てて追いかけるけど、スイスイ進んでいく光には追いつけなくて、また美穂の瞳から涙がこぼれそうになった。しかし、それに気付いたのか光が戻って来て、美穂の周りを回りだす。
くるくる回る光につれられて美穂も一緒に回り出す。誰もいない空間でその光だけが美穂の隣にいてくれた。
ずーっと休みなく遊び続けていた美穂は、不意に誰かに呼ばれた気がした。聞いたことのない声だった気がする。でも、もうずっと聞いていた声のようにも感じた。
だあれ?
問いかけたが答えは返ってこない、しかしずうっと名前を呼ばれている気がした。
「―――…シア、…リシ…」
「なにいってるの?ねえ、だあれ?」
「…アリシ…、…アリシア…。」
「…アリシア?それ、」
美穂がその呼ばれ続ける名前を口にした途端、一気に空間が歪み始めた。
「なに!?やあ!!おとーさん!おかーさ、…おにい………」
「おねえちゃあん!!!」
いつもいつも、わたしを助けてくれたお姉ちゃんの名前を呼んだとき、グイッと手が引かれた。慌ててみればお姉ちゃんに似ている女の人が必死な顔でわたしを見ていた。
顔の形は一緒なのに、わたしのお姉ちゃんはそんな色をしていないはずなのに。
「おねえちゃん…?」
おねえちゃんだと、思った。
女の人はその声に驚いたように目を見開いたあと、ふわっと微笑んでゆっくりわたしを抱きしめて。
「…アリシア、帰っておいで。それで、いっぱいお話ししよう?」
ふわっと意識が薄れていく中もその女の人はわたしを抱きしめてくれた。腕の中は暖かくて、懐かしくて。…嬉しくて。
そうだ、この人は…――――――




