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4/30文章を訂正し、新しく書き直しました。悠子



「美穂ー!早くおいで!桜綺麗だよー!」

「待ってよ、お姉ちゃーん!!」


山の上に一本だけが植えられていた、ソメイヨシノの桜の木。車からおりて一目散に走って頂きに行こうとするお姉ちゃんを私は短いながらも精一杯足を動かしついていった。後ろではお父さんたちが呆れていたり笑っていたり心配していたり。三者三様で私たち姉妹を見守っている。


「おい、転けるなよー?」

「あら、お父さん。あの二人には無理な相談じゃないかしら。」

「うんうん。凄くテンションが上がってる二人には無理だね。」


「着いたー!!わあ、すごい綺麗!!」

「ううっお姉ちゃん置いていかないでよぉー!」

「わわ、美穂泣かないで?ほら、綺麗な桜だよ!」

「わあっ!!」


お姉ちゃんに手を差し伸べられ、それを掴み息が切れたまま顔を上げるとそこには視界いっぱいに広がる薄紅色の世界。風が揺れるたびにふわっと花吹雪が飛び回る。花々の隙間から見える真っ青な晴天空に綺麗に映えていた。


「綺麗だねぇ!!お兄ちゃんたちも!早く!」

「早くー!!!」


「呼ばれちゃったわ。ほら、急ぎましょう!」

「晴れてよかったな、お花見日和だ」

「うん、あの二人のテンションが振り切れるのも分かるね」



「ほら、美穂!あそこまで行ってみよう!」

「うん!」

「あんまり遠く行くなよ?」

「何言ってんの!お兄ちゃんも行くよ!」

「行くよー!!」

「うわっ、ひっぱるなって!」



お姉ちゃんに手を引っ張られ、その反対の手でお兄ちゃんの手を掴んで。柵の向こうに広がる山の麓に広がる町並みを見下ろす。海を囲むように半円を描いている海岸に透き通った波がゆったりと打ち付ける。


「ほら、お昼にするわよー!戻っておいで!」

「父さんが全部食べるぞー?」


「わぁ!!ずるいよ、お父さん!」

「美穂!突然走らないで!」

「父さんも!変なこと言うなよ!」



お母さん特製のお弁当を食べながら桜の木を見上げる。余り知られていない場所だからか周りには私たち家族以外誰もいない。5人で独り占めをしていた。


「もう太陽が傾いてきたし、帰るぞー」

「ええ!まだいるー!!」


「また来ればいいだろ?ほら、今日はもう帰ろう」

「そうよ、美穂。また来ましょう。」


「むー、約束だよ!」



山を降りる時はお父さんとお母さんの手を掴んでゆっくり降りていく。お姉ちゃんたちはその前を談笑しながら進んでいく。

誰もが笑っていた。誰もが幸せそうだった。


また来ようは特別な約束な訳ではない。長い人生の中でまだ何度でも機会があるのだから、それはとても些細な約束で、また5人でくることなんて難しいことではないと思っていた。



でも、それはとても難しいことだった。




-----------






「っっつっっつ!!」


誰かの息をのむ音がする。目の前には前照灯を灯らせて向かってくる大型のトラック。お父さんは急いでハンドルをきり、お母さんはその大きな瞳に絶望をのせて前を凝視して、お姉ちゃんは私を庇うように抱きしめてくれて、お兄ちゃんは私とお姉ちゃんを覆い被さるように強く守るように抱きしめてくれた。

私は何も出来ずにお兄ちゃんとお姉ちゃんの腕にしがみついて、目の前の光景から目が離せないでいた。


一瞬だった。痛みなんて全く感じないくらい、本当に一瞬。


最後に覚えているのは大きな音を立てて私たちの乗った車に正面から衝突してくるトラックのブレーキ音だった。





--------



「っっっっはぁっ、は、っ!!」


苦しい身体を勢いよく起こし乱れたままの呼吸を何度も吸って吐いてを繰り返して息が整うのを待つ。酸素を欲する脳を無理矢理働かせて考える。何度も何度もみた映像は未だに私の頭の中を駆け巡っている。整えようとする息は今もまだ乱れたままで静まる気配もしないままだ。


幸せな家庭に生まれた普通の女の子だった“高瀬美穂”の最後の記憶。何度頭を振って消そうとしてもなお流れ続ける映像に痛む頭をおさえ膝を抱え込みベッドの上で蹲る。何度深呼吸しても乱れたままの呼吸に震えたままの身体、流れ落ちる涙は、もはや私の意志では抑えられなかった。

毎日のように何度も何度も、朝起きる度に見る夢は私に逃げることを許さない。もう数え切れないほど見た忘れもしないあの記憶は、私がすべてを思い出したあの日から繰り返されたままだった。



アリシア・レイル=セントフォーズ。これが今の私の名前。遠い昔、この世界ではない平和な日本という国で高瀬美穂として生きた8年ほどの記憶を持って生まれ、11歳になった誕生日から何度も繰り返し見る美穂としての最後の記憶に悩まされ続けていた。アリシアとして生まれて何年も感じていた違和感が解消されたと同時に見せられ続ける夢は、私に何を伝えたいのか分からないまま、もう10ヶ月が過ぎている。


「…もう、疲れた…。」


どうしたらいいのか分からない。ただただもう見たくないと月に願って寝る毎日。

家族に相談なんかできない。だってこの家はあの頃と違うから。

思考がぐるぐると回っていたときに寝室から私室へと繋がるドアが叩かれる音がした。


「…失礼します。アリシア様、お目覚めですか?」

「…え、ええ。」


なんとか声を出して返事したけれど、声は掠れていた。もう一度失礼しますと断って入ってきたのは私が幼い頃から専属のメイドとして使えてくれている赤い髪をサイドに縛っている幼い顔立ちをしたミリアリアだった。


「っアリシア様っ!?」


膝を抱えて俯く私を見て一目散に駆け寄って私の背中をそっと撫でてくれる。慣れ親しんだこの少し小さな手は温かくて、私はほっと息を吐いて身体を落ち着かせていく。


「大丈夫ですか…?」

「…うん。ちょっと夢見が悪かっただけだから。」


そういう私をさらに心配そうに見つめるミリィに支えてもらってベッドの淵に腰掛けた。ふうっと息を吐いて身体の力を抜いたとき、ふわっとハーブの香りが鼻をくすぐった。視線を前に向けるとミリィが朝の紅茶の準備をしていた。私の視線に気づいたミリィは幼さの残る顔をほころばせ、慣れた手つきで紅茶を入れている。


「今日はラベンダーのハーブティですよ。」

「…ありがとう。」


受け取ったカップからふわっと香ってくるラベンダーの匂いはすうっと私の心を落ち着かせてくれた。香りを楽しんだ後、一口含むとほどよい暖かさの紅茶が乾いたのどを潤してゆく。

最後の一口を飲み終えてミリィに渡した。手際よく片付けられていくカップを眺めながらまた、あの夢のことを思い出す。


「…アリシア様?」

「…、あ、なに?」


ぼうっとしすぎてまたミリィに心配そうな顔をさせてしまったと、思いつつ返事を返す。ミリィは少し眉を下げて言葉を発しようと口を開くも、その言葉は出ることなく飲み込まれていく。

ごめんね、心配かけて。そして、その言葉すら受け取れなくて。


「…、お食事の時間が迫っています。さあ、お着替えなさいましょう?」

「うん。」


すでに用意されていたドレスに着替える。ゆったりとしたシルエットにふんわりと広がる裾はその淡いライトブルーの色によって儚い印象を与える。

着替えをすませドレッサーの前に座り、ミリィが素早く行っていくメイクを眺める。急いでるのに品の良さを感じさせる動きにさすがだなあ、っといつも私を関心させる。


「出来ました。今日もお綺麗です、アリシア様!」

「ふふ、うん。ありがとう。」


にこにこ笑い満足げに鏡に映る私をみて元気にそういうミリィは本当に私より年上なのかと疑う可愛さだ。ミリィに手を引かれて私室へと繋がるドアを抜けると、ミリィによく似た顔つきの男の人がきっちりとした服装で立っていた。


「おはようございます、アリシア様。」

「おはよう、ソレル。ごめんね、遅くなって。」

「いえ、ミリィの腕が悪いだけですよ。」

「ちょっと!兄さん!」


私へ向けた笑顔から一転、ミリィに向ける顔は少し馬鹿にしたような顔をした男の人は私の専属の従者兼護衛のソレル。彼はミリアリアの兄だ。兄妹揃って私に幼い頃から仕えてくれている。


「まあまあ、そのくらいにしておいて?ほら、朝食の時間に遅れてしまうわ。」

「あ、申し訳ありません!」

「申し訳ございません、アリシア様。」

「大丈夫よ、ほら!いきましょう?」

『はい!』


扉を開けてくれたソレルの横を通り抜け居間へと繋がる廊下を進んでいく。二人は私の後ろを付いてくる。穏やかな朝のおかげで、もうあの夢のことは頭の隅へいっていた。

















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