戦国VR
赤ん坊が近付いて来る。
上に浮かび 下に沈み 揺れながら泣きながら、むせ返る程に咲き乱れる夾竹桃をかき分けながら近付いて来る。
終いには目一杯に歯の無い口を開けて泣く赤ん坊を、目一杯の真ん前に押し付けられてアキヨリの頬も自然と緩んだ。
「赤ん坊が近付いて来たのでは無い。
赤ん坊を見る者が夾竹桃をかき分け、歩み寄って行ったのだ。」
赤ん坊へと二つの手が進み後退する。
少し休んで また進みまた後退する。
「半開きの掌から覗く細い指、滑らかな輪郭、若い女の手。
もどかしい、欲しては躊躇う、赤ん坊を見る女が、赤ん坊の親では無いと言う事か。」
などと言いながら、微笑ましいと更に頬は緩む。
薄桃色の頬に触れるか触れないかで止まってしまった手の動きは、躊躇いと愛しみの二色に彩られていたのだ。
ふと二色の手が引っ込んだ。
ふと赤ん坊が下に沈んで見えなくなった。
「立ち上がったのだな。
しかし笑いが込み上げて来る程に逆巻く水の流れも消え失せた、あるのは夾竹桃だけだ、匂いまで漂って来る、最早 身を委ね他はあるまい。
しかし良く茂った夾竹桃だ、名の由来となった竹に似た葉が女の背丈を超え見下ろしておる。
しかし ここには花がまばらだ。赤ん坊のいる足元の群れ咲く有様は赤ん坊の為に咲いているのではあるまいな。」
すると良く茂った夾竹桃が揺れながら遠ざかる。
「諦めた訳でも見捨てる訳でもあるまい。
親が近くに居ないのか確かめるのだろう。
ほれ 左へ右へと見回しておる。」
左を向いたなら足元に広がる地を這う草花、即ち草原の一帯の先に竹林があり、
竹林の先には雑木林が点在し、
その隙間を縫って獣道に毛の生えた程の、緩急取り混ぜた下り道には膝程の草が生い茂り、掌程に覗く その先には湿地だろう葦原が見える。
その葦原の一角には、葦を建材とした住居が見て取れるだけで二十数件 集落の体を成していた。
「女はあの集落に住んでいるのか?」
すぐ様 景色は右へと急転し、夾竹桃を通り越して足元の草原に右から食い込む様に、澄んだ水を湛える泉が現れた。
泉から沢へと溢れる水の音も聞こえる。
泉の先には家と言うにもはばかられる、草木を積み上げただけの様な小屋が傾いていた。
「それとも あれが女の家か?」
様々 嫌な胸騒ぎが胸を過ぎる。
集落を離れたあばら家、落ち着きなく右往左往する視点、未だ見当たらぬ赤ん坊の親。
しかし 胸騒ぎを吹っ飛ばす物が、あばら家が背負う雑木林の上からアキヨリを見下ろしていた。
「ホウライ山!あの山の稜線!ホウライ山と瓜二つ!
…ふふ、落ち着いたらどうだ、これ程の不可思議に見舞われ、瓜二つだとほざく程に俺は うつけではなかろうよ。
これはホウライ山そのものだ。
聞いてくれとせがむのは骨、骨の元を辿れば人、人は戸惑う手の女。
過去に生きた女が過去に見聞きしたそのものを俺に見聞きさせているのだ。
そして稜線から察するに、ここはオンケイ寺の辺り、集落はヒロシマの町外れと言ったところだろう。
ん?足元で何らや転がったぞ。」
視点が足元に移り黒ずんだ滑りを思わせる木桶が転がり水が溢れていた。
女が蹴り倒してしまったのだろう。
つまり泉に水を汲みに来た目的も忘れる程に心を決め駆け出したのだ。
木桶は後方へと消え、揺れながら近付いて来る赤ん坊と差し出される手には迷いは消え失せていた。
張り裂けそうな薄桃色の頬は瞬く間に判別不能な程に大写しになり、ふわりふわりと優しく揺れた。
誰も見ていないならと意を決し赤ん坊に駆け寄り、抱き上げ頬ずりして、泣き止んでくれとあやしているのだ。
その様にアキヨリが解説してくれるのが暗黙の了解となりつつあったが、それどころでは無いようだ。
迷い無く開かれ赤ん坊を包んだ両手が、包み隠さず伝えた事実が、山の稜線以上の驚愕となってアキヨリを拘束したのだった。
「六本指!!見間違いなどでは無い!女の指 確かに六本だった!」
きゃた!きゃた!きゃた!きゃた!きゃた!
女のあやし方が気に入ったのか、人肌に触れ安心したのか、赤ん坊は弾ける元気さの中に、ふんわりとした柔らかさが混じる笑い声を上げた。
女は その笑う顔が見たいのか、頬を寄せた距離から胸までが見える距離に離すと、夾竹桃の産着が纏わり付いた胸から、モミジと表現するに有り余る可愛らしい、全ての血管が透けて見えるように透き通る薄桃色の手が伸びて、さっきみたいにもっとくっつけと要求した。
アキヨリの解説が無いのは、拘束する縛が二重に増えたからである。
「赤ん坊の指も六本!!」




