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六角の花   作者: フミ
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悔いの無い人生を

白い冷気や舞うホコリ、その中を落ちて来る物は何故かゆっくり感じられはしないだろうか。

更に巨大な物も同様にゆっくり落ちる錯覚を感じはしないだろうか。

上から三分の一で折れた氷の(のこぎり)が、やけにゆっくりと落ちると感じたフミは口を開けて見上げているが、ヨシツネがゆっくり落ちて来るのはまた違う理由。


「ほうほうほう!この地響きは鉄産球によるものか!

仰天、仰天、肝を潰した!」


原因は その類い稀なる体術にあった。

膝を抱え前方に二回転、そこから棒の様に体を伸ばし捻りを加えた三回転。

ゆっくりの原因はそれ、見惚れる他は無い。

それに何の意味があるのか分からないが、流れ連なる体術は見事と言う他は無い。

当然 見事な着地で大団円を迎えるであろうとの予測により、何の手立てもなく見守るフミだったが、実際の大団円に身をすくませ短く悲鳴を上げた。

どむんと鈍い音と軽い地響きを立て、ヨシツネはピンと伸ばした体を、捻りを加えた回転の真っ最中に真横の状態で腰から着地した。その後 反り返って跳ね返り、その後力無く身を横たえた。


充分過ぎる突然の悲劇だが、それだけでは終わらない。

高い知性を持つフミでなくても そこに居れば分かる。

何しろ見えているのだ、身を横たえたヨシツネの上に落下する巨大な氷の鋸が。


「ひいいぃぃ!」


それなりの対処方を持つフミだったが、笛の段階から置いて行かれているので、ヨシツネの体が立てた数百倍の地響きも、

いつだったかニザエモンが落として割って落胆した、青く透き通った南蛮渡来のギアマンの壺が、二百貫の対価と共に砕け散った音に似てはいるが数百倍の凄まじさも、身を強張らせ悲鳴を上げ耐える他は無かった。


それも終わりでは無い。小は掌、大は一畳の氷の破片が、地響きに比例した勢いで四散した。

それはヨシツネの足で六十四歩先からではあるが、フミにも動ける状態では無いキリュウやトウシチロウにも、充分に致命傷を与える勢いで迫った。


「なんとかしないと!」


我に返って対処方の選択に着手するフミだったが、すぐに強制終了させられ、また口を開けて棒立ちになった。

正しい選択はこれだとばかりにシズカが袖を一振りしたのだ。

その運動が引き起こす風力は風鈴の一鳴り程度だったが、風力を超えた何らかの力に氷の破片は木の葉の如く呆気なく吹き飛ばされた。

安心したフミは安心すると同時に安心した自分が許せなくなった。

ヨシツネが落下する原因となった地響きは、皆を退却させる為に放った鉄産球が封神壇に到達した地響きである。

筋違いな自責の念だか、破片を軽々と吹き飛ばす力を持ちながら、前段階で使わなかったシズカは非難されるべきである。


「どうしてもっと早くやらなかったのです!

ヨシツネ様は…」


聞いてはくれなかったばかりか、弾む声に遮られた。


「アタゴ山の桜ですね!私の胸に浮かびました!やっぱり私に下さった曲なのですね!」


二の句が告げられない、とはまさにこの事だった。

最早 放心状態のフミだが更なる追い打ちに見舞われた。


「左様、手前味噌になるが優れた音曲は、奏でる者、聞く者の胸に同じ景色を見せ、同じ言葉や音を聞かせるとアキヨリが申しておった。

シズカがアタゴ山の桜を見てくれたなら、同じ景色を胸に奏でる我が音曲は、この上なき極上と言って良いのだろうな。」


青空と混同する様な薄い青色が すぅっと降りてくる。

よくよく見れば、広袖と袴をなびかせる直垂姿のヨシツネだった。

鎧兜はどこへやったのか、太刀 脇差はどこへやったのか、最早二人だけの世界である、割って入るのも気恥ずかしく、一々問うのも馬鹿馬鹿しい。

フミの心情は半ば投げやりと言った状態だろうか。


「娘、名はなんと言ったか?」


そんな状態で声を掛けてられたのだから たまったものでは無い。

降りしなにフミに名を問うヨシツネだった。


「トバ スミトモの妻フミと申します!」


反射的に答えた。

耳に残る歯切れの良い声を笑顔で堪能したヨシツネは不意に真顔になる。


「フミよ、其方の知謀 知略 まっこと感服する。

其方の言う通りソヤカは時間稼ぎをしておった。」


「お聞きになっていたのですか?!」


と言う前にヨシツネが続ける。


「それを証拠に見てみよ、我が実際にいた あの箇所の氷は太く高く、他の物は順に細く低い。」


「あ!本当に。」


と言う前にヨシツネが続ける。


「其方には言わずもがなであろうが、この事より導き出されるのは、ソヤカは全ての氷を全力で出現させられなかった、我が居るであろう箇所に力を集中させ、可能性が低い順に力を抜いた。

いや そうせざるを得なかった。

氷は元を辿れば水、我等 多々良の守人が可燃物を必要とする様にソヤカも水を必要とする。

自身を守る氷塊のみならずダンザエモンや銀髪の偉丈夫…彼の者は名を何と言うか?」


「サカキバラ ドウゼン様にございます!」


これは言葉に出来た。


「ドウゼンと申すか、法名なのだろう良い名だ。

ともあれダンザエモンとドウゼン諸共 氷塊に閉じ込めれば良かったのだ。

しかし そう出来なかった。

このヨシツネを警戒するが余り、水を温存していたのだ。

何故 水に限りがあるが、何故時間稼ぎをするか、言うまでもない、水の出所は不凍の池だ。

不凍の池の水を抜き、思う所に送るに時間が掛かるのだ。

池の水はこの氷柱の限りでは無い。

フミよ、其方がソヤカなら膨大な水を使い、何を凍らせるか?」


ヨシツネは天空に放った群れる炎の龍を指差した。

皆の注目が様々移行したせいで放ったらかしだったが、分身の脳漿から吹き出た炎の龍を、ヨシツネは天空に放ち移動させながら、とぐろを巻かせ留まらせていた。


「ヨシツネ様は あれを使い封神壇の弱点、熱を行き来させる管を破壊するおつもりですね!」


「左様!」


「ソヤカ様はその防衛に氷塊を出現させます!」


「左様、だがそれだけでは無い!」


フミは身震いした。


「まさか!まさか あたくし達を一人残らず氷塊に閉じ込めるおつもりなのでしょうか!!」


我が意を得たりとヨシツネは膝を叩いた。


「左様、其方等の只ならぬ気概と生きる力、それを自身の神通力に取り込んだなら、ソヤカはこの先百年 封神壇を維持するだろう。

退却を命じた其方の先見には感服する。

我を落とした地響きは、皆を地上へ逃がす鉄産球の柱が封神壇を突き貫いた地響きだろう。」


「左様でございます!」


忘れかけたフミの罪悪感に決まりがついた。


「一方では憎み、一方では愛する其方等を手元に置き愛でながら、火の神を封じ続ける都合の良い策だ。

死力を尽くして阻むべし!!

これより我はシズカを伴い熱の管の破壊に参る!

軍師フミよ!この場は任せた!」


「承知いたしました!!」


強く頷いたフミに冷水が浴びせられた。


「させやしないよ!!」


城壁の上からソヤカが赤く睨む。


「聴こえておったか。」


片目を半開き、口には微笑を浮かべヨシツネが振り向く。


「わざと聞こえるように言ってたんだろうさ。

だがね、この三竦みはお前あってのものだよ。

お前のちょっかいが無ければ、いずれ この鉄砲小僧供は氷漬けさ!

さあ どうする?お前はここから動けないよ!!」


「かも知れんな、だがこれを見てもまだ言えるか?」


ヨシツネは天空を指す指に力を込めた。

とぐろを巻く炎の龍の更に上という意味である。

そこには炎の龍の生み出す上昇気流を捕まえ旋回するリヨウの巨大な翼の影があった。


「彼の鷹の鋭き飛翔、このヨシツネの代わりに余りあるぞ!」


ソヤカは距離を置くヨシツネに、決した眦に浮かぶ血管が見える程に目を見開き怒りを露わにした。


「くだらぬ三文芝居で時間を稼いでいたのはお前の方だったかあぁ!!

だけどね!間に合わないよ!お前の時間稼ぎは私の時間稼ぎさ!

受けて立とうじゃないか!どっちが早いかってやつさ!」


薄目で頷くヨシツネは、ウサギとカメのウサギを決め込み、サンゼオウの背に仰向けに息を荒げるトウシチロウに歩み寄る。


「閃光の若武者よ、其方の名は何と言うか?」


「へっ?!」


おぼろげな眼差しは間抜けな返答をした。


「名を聞いておらぬのは其方だけだ。ほれ、早う聞かせてくれ。」


「アカミネ トウシチロウに御座います!」


すったもんだの間に少しは体力が回復したのか、馬上では礼を欠くと、トウシチロウは飛び起きて下馬しようともがいた。


「良い良い、そのまま、そのまま。

そう、そう、その代わり一つ教えてくれ。

先程ソヤカに三文芝居と揶揄され、些か不愉快なのだが。

何と言ったか、其方等の流行り言葉で何と言ったかな、奇異なるを好む者を何と言ったか?」


「傾奇者に御座います!」


ヨシツネは微笑んで何度も頷いた。


「そうそう、傾奇者、勇ましく洒脱で良い響きだ。

傾奇者はそろそろ参るぞ!

トウシチロウ!マサナオ!フミ!ダンザエモン!ドウゼン!あぁ、忘れておった!鷹だ千年鷹の名前は何と言ったか?」


全く事態を把握出来ていないトウシチロウは、瞬きを繰り返した。

代わりに答えたのは巨大な翼の影。


「りようちゃんです!たかのなまえはりようちゃんです!

しじま とうかは あまてらすのけしんです!

だから しんぱいはいらないのです!

よしつねさまは とうかにまかせておけばいいのです!」


これにはヨシツネが驚いた。


「あーはっはっはっはー!

リヨウに乗っているのかトウカよ!

アキヨリの倅だな、多々良の力を感じるぞ!

それではもとい、トウシチロウ!フミ!マサナオ!ダンザエモンにドウゼン!そしてリヨウにトウカ!

其方等の奮励努力は必ず実を結び後世に語り継がれるだろう!

だが忘れてくれるな、幼き日に夢に見た憧れを。

成し遂げなくてはならぬ事と、やりたい事を混同してくれるな。

其方等はまだ若く 役目に振り回される日々が続くだろう。

だが胸の一点に置き続けて欲しい、本当に自分がやりたかった事を。

決して我の様に、復讐や宿命に振り回され後悔だけの道を歩んではならん!

皆の悔いの無い人生を願う!

そして礼を言う!後悔だけの人生の最後に!咲き乱れるアタゴ山の山桜をくれた其方等に!ありがとう!!さらばだ!!」


告げるや否や、背後に飛び退くヨシツネの素早さ凄まじさ。

無意識に突き出されるトウシチロウの手は空を切る。

フミも同様 同時、白い羽と化し遮る腕はすり抜けた。


「シズカ!」


一方ヨシツネの腕はシズカを捕まえ、捕まえられたシズカは一つ回って定位置に収まる。

首を傾けたら頬と頬が触れ合う定位置である。

二人の微笑みを目にしたトウシチロウとフミは思い知った。

ヨシツネを引き止めようとした自分の腕は、自分の心がヨシツネの言葉を別れの言葉だと理解したが故であると。


ヨシツネとシズカが進むであろう十二の鉄産球へと延びる十二の足跡の道が現れた。

二人は微笑みを残して去って行った、今度は残像を残さずに。

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