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六角の花   作者: フミ
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この曲は僕をいつも支えてくれる あの人を想って作りました 聞いて下さい 愛しのシズカ

閉じた目には完全に獲物を捕捉した肉食獣の確信、口元には笑みを湛え、頬には氷の破片による無数の切り傷。

左の当世袖は千切れ飛びながら空中に停止する。

百発撃って一億発当たると背中で嘯く自慢の陣羽織も、石臼に放り込んだのですか。と尋ねたくなる程に千切れ千切れて (なび)きながら停止する。

片膝を立て構えた大狭間銃の銃口は標的のど真ん中、吹雪の女王の胸に咲く赤い花を睨む。

しかし その引き鉄が引かれる事は無い。

至近距離からのソヤカの術によりダンザは完全に停止させられていた。


ならば何故笑うのか。

頭部だけ術を解いたなら、停止した心臓からは血液が送られず間を置かず死ぬ。

ならばソヤカは何故そうしないのか。


「くそ憎らしい小僧だよ!」


眉間のシワとせり上がる下瞼、歯を食いしばりながら突き出る下顎は、怒りの表情と良く似ているが、正確には悔しさだろう。

優勢なソヤカが悔しがり、劣勢のダンザが笑う。

逆転現象の解明には、お互いに心情を述べて貰うのが解明への早道だが、今のダンザには無理だろう。


「ワザと撃たなかったね小僧!」


ソヤカの方だけで充分だったようだ。

予想以上に早いヨシツネの到着に、急ぎ自身の身体に戻ったソヤカは後手に回った戦局を覆す一手を放った。

氷塊破壊作戦に従事するダンザとドウゼンに完全停止の術を掛け人質としたなら、フミに見抜かれた時間稼ぎが可能となる。

自身の身体を守る氷塊を砕き撒き散らした瞬間である。

距離を置けとのヨシツネの忠告を無視して逆に前進したダンザは、ソヤカを撃ち倒す好機を得て、そして見逃した。

いや、見過ごした。

この一戦において殺生は無用との前庭であり、アキヨリとの約束を守る為。

いや、命に代えてでも、ソヤカを元の暮らしに戻すという、彼自身の信念を貫く為ダンザは好機を見過ごした。


「情けをかけたなら!私が心変わりするとでも思ったのかい!!」


屈辱に急かされ、そのまま進んだならダンザの心臓を鷲掴みにすると思われる、全ての関節が必要以上に込められた力に強張る手が、ソヤカの胸の前から一歩進んだ。


「おっと、動くなよ。」


警告は三十六本先のやや曲線を描き始めた城壁の上から。

誰の歩幅で三十六本かと言えば、偉丈夫サカキバラ ドウゼンの長い歩幅。

それはソヤカの術が届かないぎりぎりの距離。

何かの弾みで届いたとしても気合いで跳ね返す自信あり。

さっきまでの戦闘により、ドウゼンの研ぎ澄まされた戦闘感覚はこの距離だと割り出した。

敵の術は届かず自分の弾丸は届く、帯にもタスキにも丁度良い距離。

両手に構えた馬上筒で見下す様な警告は、いつもの様に洞窟の中に居るかの様に残響した。


「鉄砲撃つ他に能無しが!上からものを言うじゃ無いよ!」


とは言いながら、ソヤカが鷲掴みの手を胸へと戻す理由はこの後の数手先を先読みする戦術眼を持つが故。

数手先とは以下の通り。


ソヤカがダンザへと手を伸ばす。

ドウゼンが二丁の内いずれかを撃ち放つ。

ソヤカは避ける、術で止める、いずれかの選択を迫られる。

避けた場合ドウゼンは次の弾丸を放つ。

避けた先には弾丸が迫りどちらにせよ術で止める。

ダンザの術が解ける。

ダンザが弾丸を放つ。

至近距離 故に術で止める他は無い。

ドウゼンはその間に早込めを二丁に完了させ再び弾丸を放つ。

以下その繰り返し、そのいずれかの間隙にヨシツネが割って入るのは容易に予想される。

つまりソヤカにとって百害あって一利無し。

かと言ってドウゼンから一手を進めるにも 余りに危うい。

毛色の変わった三すくみが、示し会った訳でも無い刹那の瞬間、好敵手にして親友の二人により完成されていたのだ。


「天晴れ!ダンザエモンよ!銀髪の偉丈夫よ!実に天晴れ!」


手を叩いて二人を讃えるはヨシツネ。

その傍らには、シズカの鋭い視線を察知し目を覚ましたフミが、そそくさとヨシツネの胸から逃れ、申し訳無さげに会釈しながら軍師の装束の裾を整えている。

シズカは機嫌を直し微笑む。


「後顧の憂いは絶たれた!次の一手はこのヨシツネが仕る!」


安堵の笑みを漏らしながら手を叩くヨシツネの姿が、一つが二つ、二つが四つ、四つが八つ、八つが十六、十六が三十二、三十二が六十四、城壁の上へと一直線に倍加して行く。

ソヤカへと迫り、一気にカタをつけるつもりなのだろうか。


「勇足だったねヨシツネ!お前らしくも無い!」


ソヤカの赤い舌が笑う。

倍加するヨシツネが消える。

その代わりに真っ白な冷気が地表を覆い、間を置かず鋭利な物体が一直線に天を突いた。

地上から先端の様子が具に見て取れぬ程の高さである。

その数 倍加したヨシツネと同じ六十四。

一瞬の出来事 故に突き出た鋭利さの正体を見る者が知るは一拍を置いた後。

六つの辺を名工が鍛えた太刀の刃紋の様にぎらつかせる氷の結晶の六角形が、小は掌、大は畳一、重なり合って巨大な(のこぎり)を思わせる輪郭で突き立っていた。


白い冷気に良く似合う静寂が訪れた。

戦局は動いた、にも関わらずドウゼンは引き鉄を引かず黙りこくっている。

ソヤカは笑みを浮かべ、シズカの悲鳴やら、鋸を伝って流れる鮮血やらを待っていたが、そのまま表情を固定され、自分にとって都合の悪い事実を見上げた。


白い冷気に良く似合う静寂に良く似合う、流麗で涼やかな笛の音色が、春風に漂う花の香りのように、シズカとフミそしてドウゼンの耳をくすぐり、ソヤカの耳をつまみ 残念でしたと囁いた。


天を突く鋭利な先端には、片足立ちで自身の笛の音に酔い痴れているのか、眉をハの字に目を閉じるヨシツネが、抑揚のある首の振りで篠竹の笛に指を踊らせていた。


四小節が流れ、その繰り返しの次の四小節が過ぎる。

やや単調な構成である。

しかしドウゼンもフミも、そしてソヤカも、表情を固定して何故か割って入る余地の無い笛の音を聞かされていた。

ただ一人シズカだけは、桃の節句を明日に控えた少女の様に、待ちきれぬ疑問を口にした。


「ヨシツネ様!私には沢山 沢山 聞かせて下さいましたが、その曲は初めて聞きます!

途中ですが待ちきれない、知りたい、曲の題名を教えて下さい!」


下から吹き上がって来た弾む声に、ヨシツネは片目を開け唇を笛から遠ざけた。


「題名ならば愛しのシズカ…眠っていた四百年を掛け紡いだ…ここから良くなる…」


しかし良くなる この先は奏でられなかった。

突如の地響きがヨシツネが乗る氷を揺らし、その揺れの波に最も反応した上から三分の一程で、キンと金属音と共に呆気なく折れた。



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