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六角の花   作者: フミ
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二つの標的と命

ヨシツネは目を閉じ、微笑み、呟いた。


「実に見事、そして頼もしい。」


シズカはハッとなってヨシツネの顔を見上げた。

するとヨシツネの目は既に開かれ、遠い目で西の空を見上げている。

二人だけの時間をはぐらかされた気になって思わず口を尖らせると、ヨシツネはまた微笑んだ。


「僅かな時となるだろうが、止まった四百年と比ぶれば なんと有り難く意義のある時間だろうか。」


他愛無いやり取りが胸に染み入っているのだ。

同じ場所に四百年を過ごしたが、こんな幸福な時間は一秒も無かったのは言うまでも無い。

しかし外界との仕切り板は、すぐにでも外さなければならないのは二人共 理解している。

仕方無さ気に頷き合うと、二人共に西の空を見上げた。


「シズカ参るぞ。」

「はい。」


ヨシツネは左肘を張ると、シズカはふわりと浮き上がってそれに座った。

非常に不安定な状態である。このままヨシツネ自慢の超高速走行を開始すると言うのだろうか。

しかし それは走るという行動とは全く異質な現象だった。

まず二人が微笑みを交わすと、すり鉢の底から西の方、即ち大鳥居の方へ足跡が、一瞬 同時の一直線に並び細かな氷の欠片を散らした。

すると その無数の足跡一つ一つに、一瞬 同時にシズカを抱えたヨシツネの姿が現れ、琴の弦を端から弾く様に、すり鉢の底の始発店から消えて行った。


「分身供には成せぬ技よ。アキヨリに見せてやりたかったが、いくら研鑽を積んだとて体得出来るとも限らぬな。

さて急ぐぞ!キリュウ マサナオにアンドウ ダンザエモン!いつぞやアキヨリの小屋以来だな、見違える程に力を付けた!

今こそ その奮励努力(ふんれいどりょく)に応える時!!」


足跡は大鳥居を潜り、歪む大通りを貫き、城壁を踏み越え、火炎渦巻く闘技場へと辿り着いた。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!」


闘技場にこだまするのはトウシチロウの雄叫び。

鍛えた鋼の棒を擦り合わせた様な高音質にして、オオカミの遠吠えの様に威厳と哀愁と神々しさを漂わせ、城壁と城壁を行き交い共鳴する。


神懸かった技の冴えである。

ヨシツネの走法にも似て、迫り来る無数の炎の龍の一匹一匹に、無数に存在するかの様なトウシチロウとサンゼオウの人馬一体が槍を振り下ろす。


炎を刃物で切ったところで 何の手応えも無く通過するのが常である。

しかしトウシチロウの槍は常では無い。

超高速で繰り出される槍は真空を引き連れ唸り、真空状態では存在 出来ない炎は、まるで実在の物体の様に切断され、地に落ち弾け消えた。

となれば例える対象が違って来る。

スネエモンの村民を守らんと、生命そのものを原動力として自身をも鎌鼬と化した様なフジオカ ヤスキヨの究極の鼬車、例えるならばそれである。

今のトウシチロウは あの時のフジオカそのものだった。


トウシチロウが生死の境を行き来する様な、それから先は無い武術の突端に踏み入った経緯を語るならば。

一体でも手を焼くヨシツネの分身を複数 向こうに回し、敵が強大ならは強大な程 冴え渡る鼬車は冴えに冴え渡った。

鋭さを増して行くトウシチロウの槍は遂に究極の一撃に到達した。

サンゼオウの踏み込み、槍を繰り出す予備動作、短く吐き出す呼吸、それらが完全に連鎖した斬撃は、最も威力が高まる起動の一点に標的である分身の頭部を捉えた。

兜も頭蓋骨も豆腐を切るが如き手応えだった。


しかしそれが災いした。

アキヨリの仕留めた分身同様に、露わになった脳漿からソヤカの仕掛けた無数の炎の龍が噴き出した。

退くべきだと主張するキリュウへの返答は先程の遠吠えだった。

対抗する手立てなど見当たらない危機は、鼬車に拍車をかけ、トウシチロウを人の声の届かぬ軍神の領域に連れ去ってしまった。

そう理解したキリュウも腹を決めた。

繰り出した反動により、痛めた筋肉の回復を余儀無くされるバネの一撃を連発し始めたのである。

側からもブチブチと筋繊維の断裂する音が聞こえる程の痛手は、分身を血飛沫に変えながらも、鼬車とは逆にその勢いを衰えさせて行った。

激痛に耐えながも遂に脳漿から炎の龍を噴き出す最期の一体に槍だか拳だか、兎に角 体に繋がった何もかもをぶつけた一撃を喰らわせた。

しかし完全に分身を破壊するには至らず、残った右半身に太刀を浴びせられた。

肩から腰にまでの太刀傷が麻痺する様な筋肉の断裂は全身に及び、キリュウはクオウニビツの背に突っ伏し昏倒した。


全滅させながら火炎を操る手段を持たない二人は炎の龍を退けられなかった。

昏倒しながらキリュウに炎の龍の脅威は及ばなかった。

トウシチロウの鼬車が次々と斬り伏せているが為である。

昏倒しながらキリュウは槍を手放さなかった。

最後の一撃を放つ為である。


対象は二つ、そのいずれかに。


一つ目は やがて力を使い果たすであろうトウシチロウ。

今朝食った物だけで無く、命まで使って槍を振り回す前に、自身の槍を真横に構え ぶち当て、サンゼオウ共々灼熱の領域から脱出させる為にである。


二つ目は城壁の上、ダンザとドウゼンが半狂乱になり、大木槌の柄をテコに使って城壁から落とそうとしている物にである。

それは巨大な氷塊だった。

心臓を掴まれそうな程に透き通る氷は、忿怒の表情に固定したソヤカという内容物をありありと映し出していた。


ヨシツネ復活の策に気付いたソヤカは、不凍の池へと意識だけを飛ばし、取り残された無防備な身体を作り出した氷塊で覆った。

これは好機と、ソヤカの術を避ける必要のなくなったダンザとドウゼンは、足を止め一心不乱に弾丸を撃ち放った。


その鉄砲名人 二人が何故 今、大木槌をテコに使っているのか。

一つに氷塊は弾丸を食らわせたとしても、普通の氷では無いのだろう、細かな欠片を飛ばすだけで、めり込みもせず弾かれた。

もう一つは、鉄砲が効かぬならと鉄産球の架け橋から鉤爪縄を使って降り、封神壇の破壊活動に従事する家臣団を呼び付け、一時借り受けた大木槌を一心不乱に叩き付けた。

これも全く歯が立たなかった。

その結果、城壁の上から落下させ、氷塊を砕こうとの算段に至ったのだが、砕ける保証は無いばかりか城壁にへばりついて要として倒し転がすのもままなら無い。

しかし兆しはある。ダンザとドウゼンの鍛えられた膂力は、へばりついた箇所を引き離し、遂にグラグラと氷塊を揺らし始めた。

いずれ氷塊は城壁から転げ落ちるだろう。

キリュウの二つ目の標的はそれである。

氷塊だろうと鉄塊だろうと粉砕する自信があった。

しかしその様な離れ業には代償が付き物である。

その代償を胸に描いた叫び声が闘技場の上空に響き渡った。


「うああああああああああああ!!」


フミの叫び声である。

フミは不凍の池から この闘技場に白い羽となって急行していた。

ヨシツネの分身からアクヤの一撃を喰らい、白い羽になって追い出されたソヤカを追っていたのが一つ。

もう一つはヨシツネ復活を皆に知らせる為である。

つまりソヤカの意識は自身の身体がある闘技場にまで戻って来ている事になる。


「あははは!ざまあないね小娘!

私と張り合おうなんて十年早いんだよ。

どうしたんだい?喚いてないで知らせたらどうだい?

ヨシツネが目覚めた事をさぁ!」


「やめろぉおおおおおおおお!!」


フミを置き去りに飛ぶソヤカの白い羽に叫び声を被せる理由は二つある。

一つはヨシツネ復活を知らせたなら、トウシチロウの張り詰めた精神は一挙に緩み、とっくに限界を超えた身体は、限界を超えた事を自覚して完全に作動停止する公算が高い。

そこに襲い掛かるのは炎の龍である。

つまり死ぬ。


もう一つはキリュウにヨシツネ復活を知らせなかったなら、落下する氷塊に最期の一撃を食らわせ力尽きるだろう。

つまり死ぬ。


それを知るソヤカは、二律背反に悶えるフミを揶揄う様に中々自分の身体へと戻って行かない。

今戻ったなら必至に氷塊を落とそうとしているダンザとドウゼンを仕留められるにも関わらずである。


「ちくしょう!諦めるもんか!あたくしはモンジュウロウ様に託されたんだ!皆様に信頼されてるんだ!シジマ アキヨリの軍師なんた!考えるんだ、必ず打開策はある!」


フミの白い羽を、ソヤカの白い羽がかすめ飛びまた揶揄う。

飛ぶ速度に絶対の自信があるのだ。


「考えたって無駄だよ、ほらほら今すぐ身体に戻って、鉄砲の小僧供を縊り殺したっていいんだよ。」


側から見れば 白い蝶の群れがじゃれ合っているかの様な攻防だが、見切りをつけたのはフミだった。


「分かった。」


フミはソヤカを追うのを止めた。


「何が分かったって言うんだい!!」


ソヤカは精神的に疲労しているのか、いつも以上に感情的である。


「何もかも分かった。

あんたは時間を稼ごうとしてる。

池の水を抜いて何かやろうとしている。

それが何かは知らないけど、今あんたが一番やられたら困る事なら分かる。

()から()放てぇえええ!全軍退却ぅうううううう!!」


子から亥、つまり十二支である。

地響きとともに十二の閃光が迫り上がる。

フミは退却の為の十二本の鉄産球の架け橋を掛ける下知を言い放った。


「全て放てと言わなかったかい?!

まだ残してやがったんだね!

この食わせ者の小娘が!!

私も分かったよ!私のやる事を完全に分かった訳じゃないだろう。

退けと言っておきながら、私の反応に対処して策を重ねるつもりだろう!

厄介な小娘だよ、一番先に仕留めておくべきは お前だったようだね!覚悟おし!!」


ソヤカの白い羽は見る見る人の形を象って行く。それに伴い身を切る冷気がフミに迫る。


「これっぽっちの羽でもね、お前を殺すのは訳無いん!…!…!」


言葉を中断してソヤカは翻り、また散り散りの羽になった。

冷気は吹き飛び、代わりにソヤカのいた箇所に灼熱の火柱が上がった。


「ヨシツネ!!」


ソヤカが睨む眼下には炎の龍など影も形も無く、あるのは涼やかな微笑だった。


「クロウ ヨシツネ見参!!」


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