笑うな
そして引くと同時に目を閉じる。
銃を撃つという行為に不慣れで、おっかなびっくりやっている訳では無い。
この時代の火縄銃は構造上 撃ち手にも、使用される黒色火薬の爆発が及ぶ。
もちろん怪我をする程では無いが、目を閉じなくては下手をすれば失明する。
砲術に長けたジョアンの身に染み付いた行動である。
火縄がカチリと火皿に落ちた感覚は手から伝わり、耳は炸裂音を聞く。
顔に吹き付ける爆風と熱が去り目を開ける。
しかし目の前は未だ真っ赤。
火薬の爆発は止んでいない訳でも、予期せぬ出来事でも無い。
「ダンザ殿より譲り受けた石の弾!その程度の火炎では妨げられるものではないぞ!」
分身が眉間に迫る弾丸を防ごうと、神懸かりな反応で繰り出した火炎の赤だった。
どれ程の強敵だろうと一度 対峙した者があれば、対抗する策は味方へと伝えられる。
他の生物には無い人間の最大の強みである。
霊長類などと奢った分類に自らを属するまでに繁栄した道理である。
今回のそれは容易に融解しない石の弾丸である。
ダンザより譲り受けた石の弾丸は、赤の火炎の向こう側にもう一つの赤を炸裂させた。
「そして これのみに非ず!」
弾は当たりはしたが致命傷では無い。未だ消えない火炎が証拠である。
火炎の赤を突き破り来る鋭利な先端も予想通り。
ジョアンは身をよじり、自分の眉間があった位置に左の脇の下を持って行った。
「口惜しいが このジョアンには横薙ぎ袈裟斬りの類いは避ける術は無し!
しかし突きならばある!!」
犬の胴体越しに睨み合った分身ならば、互いに目にしたのは互いの顔のみである。
ヨシツネの絶技を以ってしても、斬撃の種類は限定が出来る。
太刀を振るったな と思うや否や繰り出される軌道は、ジョアンの運動能力では前後左右に飛び退いたとしても、四肢、胴体、首のいずれかを切断される。
しかも今ジョアンは仰向けに寝そべっている。言うならば まな板の上の鯉である。
しかし今斬撃を繰り出したなら犬の胴体もろとも真っ二つである。
突きが来る、しかも目視が可能だったジョアンの顔に向かってである。
顔のどこかも限定が出来る。二発目の弾丸が放たれる前に確実に仕留められる眉間にである。
眉間のあった位置には脇の下がある。
分身の太刀が突き刺すのは脇の下から覗く、扉の前の陶器の廊下だった。
ギャガリ
突き刺せはしなかった。欠けた太刀の先端と、廊下の陶のかけらが擦れ合う音を聞いたなら、ジョアンは太刀に伸ばした腕を巻き付ける様に掴み、力任せに引き寄せた。
ならば太刀の次に火炎を突き破って来るのは、青白い間抜け面であるのは火を見るより明らか。
石の弾丸が右の額に当たっており、幅三寸、深さ一寸程 吹き飛んでいた事までは予測出来なかったが、短銃を握った右手を伸ばせば、青白い間抜け面にの眉間に銃口が打ち当たり、これ以上近寄るなとばかりに再び引き鉄を引いた。
ジョアンの短銃の銃口は二つ、一発撃ったら一々銃口から弾を込めなくてはならない火縄銃だが、銃身が二つあればそれぞれ一つ。
これも スミトモが以前 対峙した海賊のそれを模倣してものである。
額に密着した二発目は、懸命に外そうと努力しても相当困難だろう。
「こちらはドウゼン殿から買い受けた炸裂弾だ!!」
鉄砲傭兵団 ヤツガサト衆 お得意の、米粒ほどの石の玉を二百数十個 敷き詰めた散弾である。
遠くは飛ばぬが、近くは無類の破壊力を発揮する。
ジョアンは再び閉じた目に火薬の爆発と熱を受けた。
「きがゃああぁぁぁぁぁああ!!」
炸裂音を追い掛け覆い被さるのは分身の甲高い断末魔。
「ぐっ!」
苦し紛れに分身が太刀をねじると、それを掴んだジョアンの掌と、皮の羽織を切り裂いて肘の内側と脇の下に食い込んだ。
ぬるりとした血の感触に、かなり大袈裟な血の匂い。
ジョアンの血の匂いではなく、それは閉じた目に降り注ぐ分身の血と脳漿の混合物の匂い。
のしかかる大鎧と分身の上半身そして犬の胴体の合算した重量。
脇の下が熱い。
「動脈を切られたか?!」
直様 止血せねばと合算した重量を跳ね除けようと、短銃を持ったまま右手を突き立てようとするが指一本動く様子も無い。
すると勝手に、のしかかる合算した重量が消えた。
血を拭えぬままの目を開くと、鼻から上が吹っ飛んだ口が見下ろし何やら言っている。
「仕損じたのか?!」
その疑問には口角に纏わり付く血を飛ばしながら、鼻から上が吹っ飛んだ口が女の声で返答した。
「いいや、よくやったよ。
私を出し抜くなんてね、よくやったよ。
どんな海千山千かと思ったが、まだまだ尻の青そうな若僧じゃないかい。
褒めてやるよ、天晴れだよ。」
犬も分身も立ち上がりジョアンを見下ろしていた。
「ソ、ソ、ソヤカ!!」
指一本動かぬどころが口も強張り、やっと絞り出した名前は的を射ていたようだ。
「年長者に敬称を忘れるんじゃないよ。
アキヨリは味方も この私も、誰一人死なぬよう躍起になっているようだしね。
それと よくやった褒美にね、生かしておいてやるよ。
そのままじっとしておいで、私のやることを黙って見ておいで。
じっとしていたら血は止まったままだよ。
あともう少しだけ この分身は動いてくれるみたいだからね。
ほら これをご覧。」
太刀を手放し、ジョアンに突き付けた手ぶらには、血が纏わり付き赤く染まった白い玉の数珠が手首に巻かれていた。
「し、し、白い玉、御山の守人の白い玉!!」
御山の守人が使う白い玉。
それは人の記憶を操作する力がある。
かつては幼少期のアキヨリがゴクラクサイから伝えられた自分に纏わる因縁を、成人してから蘇らせた。
また非戦闘員である民を大量虐殺した城攻めに際しては、リッカとの記憶を 無意識にではあるが自ら抹消してしまった あの白い玉である。
「おや、よく知ってるね、お前何者だい?
これを使って私は分身を意のままに操っていた訳なんだけどね、私の力を込めたこれを使ったらね、どうなると思う?」
どこに使うか、それは言うまでもなく扉に掛けられた錠前にだろう。
どうなると思うと からかう様に言われたなら、開くと思うのが人間だろう。
「ま!ま!ま!待てぇ!!」
鼻から上が吹っ飛び、今はどこぞに飛び去ったか、ありもしない目で冷たく見下ろして、鼻から上が吹っ飛んだ口が冷たく言い放った。
「そうも言ってられないんだよ。
いつまでも こっちにいたなら私自身の体は鉄砲の若僧供に穴だらけにされてしまうからね。
ふふふ、ふふふふふ!」
身動きが取れず ただ仰向けのままのジョアンは、無論 首も動かず犬の胴体に隠れ分身の手元も扉に掛けられた錠前も見えない。
「な、な、何を笑ったぁ!!」
隠れて見えない手元は見えずとも分かりきっているのか、ジョアンの関心は別の所にあるようだ。
「はぁ?そんなこと どうだっていいだろに。」
振り向きもせず、振り向いても目は無いのだから無理も無いだろうが、とにかく面倒そうにソヤカは答えた。
「シズカ様の心を笑ったか!!ハルナの懸命を笑ったか!!徒労に終わったと笑ったか!!」
鼻から上の無い背中が一つ震えた。
「笑ってなど無いよ!腹が立っているのさ!
煮え繰り返る思いだよ!!
シズカ姉さんも私を裏切りやがって!
てめえも小娘もコソコソ動きまわりやがってぇ!!
たった一人の私に寄ってたかってぇ!!」
ソヤカは振り向いた、そして見た。
バキバキと何かをへし折るように立ち上がり、脇の下に食い込んだ太刀を血飛沫と共に引き抜いたジョアンの姿を。




