今生の別
「さ…さい…さいさいさい…才ある者が一所懸命……うう…それを能と言う。」
「一所懸命じゃ才ある者が一所懸命、それを能と言う。
祖父はそう申しております。」
今回招かれた村長は三十四名であったが、リュウキュウ屋に用意された客用の椅子は三十五である。
高齢のセンロク和尚には孫娘の付き添いがいた、名をユリといい歳は十九である。
「い…いい…一所懸命の娘。
お…お前さん…わしゅ…わしゅ…儂の村の今年の収穫…丁度良く買い付けたぁ。
よ…余程良く良く良く良く村の事考えてなければ分からん量じゃ。
一所懸命と思いやり…ありがとう算術の娘…へへっへっへへっ…」
「一所懸命の娘、お前さん儂の村の今年の収穫を丁度良く買い付けてくれましたね。
余程良く村の事を考えていなければ分からない量です。
一所懸命と思いやり、ありがとう算術の娘。
へっへっへっ。
祖父はそう申しております。」
ユリは長い黒髪の美しい涼し気な面持ちの美女であるが、言葉を発するに僅かも感情を表さない。
「和尚様、こちらこそ御礼申し上げます。
あたくしは和尚様と村のお子様達の笑顔にありがとうと申し上げますわ。」
フミは少し首を傾け微笑んだ。
「ふっへっへっへっ。
あ…あ…赤いの…ふ…笛の赤い小僧!」
センロク和尚はフミの笑顔で融解すると、直様 凝固してアキヨリに向かい怒気を表した。
「ふっへっへっへっ。
赤い笛の小僧。
祖父はそう申しております。」
「和尚、何で御座ろうか?」
赤い笛の小僧はさほど慌ててはいない、理由はいつもこうだからだ。
「お…おまおまおまおお前、名は何と言ったか?」
「名は何と言ったかと祖父は問うております、アキヨリ様。」
「シジマ アキヨリと申す。
もう一年間以上の付き合いで御座る、好い加減に覚えてはくれまいか。」
「お…おまおまおまお前!
儂等 村長を迎えるにその汚い格好!
他の者も汚い!
か…かいかいかいかい海賊の小僧に至っては、ふんふんふんふんふんどし一丁!
くああああああ!」
「儂等 村長を迎えるに皆様の汚い格好とスミトモ様のふんどし一丁に祖父は憤慨しております。
くああああああ!」
ユリは無表情で大口を開けた。
するとセンロク和尚の憤慨は孫娘に向けらた。
「うるせえんだよ祖父祖父ってよぉ!
坊主に子や孫がいたら変に思われるだろうがよ!
それにお前が一々言い直さなくても、アキヨリにはちゃんと聞こえて伝わってるだろうが!」
アキヨリはさほど慌ててはいなかった。
いつもの事である。
「まず和尚、我等が身なり失礼千万 大変申し訳ない。
そして今更取り繕わずとも和尚の子孫繁栄は周知で御座る。
ユリ殿、拙者には和尚の言葉 伝わっておる故、失礼だが通訳は不要で御座る。」
「そうだよなあアキヨリ。
そりゃおまゃめもいしょしょすわな、そるぇらんのう。」
「ん?今のは聞き取れなんだ。
大変申し訳ない、先程 通訳は不要と申したばかりではあるが、ユリ殿、和尚は何と仰せだったか?」
「私にも分かりません。」
リュウキュウ屋に集う全ての者が、
「じゃあ何で?!」
と胸で呟くとセンロク和尚は朗々と語りだした。
「少しくたびれるが、力入れて言うわい。
お前等の汚い格好、それも一所懸命じゃ。
儂は見とった、道祖神塚に砦でも普請するのであろう、そりゃ一所懸命じゃった。
ここに来る途中 土蔵に何やらくっつけておった、一所懸命じゃった。
海賊の小僧も港で海に潜って何やらしとった、一所懸命じゃった。
才というものはそれだけでは何の意味も無い。
才ある者が一所懸命になって始めて才能となり役に立つのじゃ。
儂はただならぬ才を持つ者共が一所懸命になり、サカイを築いて来たのを目の当たりにして来た。
スネエモンよお前もその一人だ。
儂は冥土の土産にもう一度あの一所懸命が形になるのが見たい。
もちろん老い先短いじじいのわがままで、これからを生きる者を犠牲にしようと言うのではない。
小僧共は本気で勝つ積りでいるのであろう、そして勝つであろう。
小僧共は闇雲に必死になっておるのではない、目を見れば分かる、
勝つに必要なものを全部知っておって、勝利までの道が見えておって、その道を辿っておるのだ。
スネエモンよニザエモンよお前達が今のサカイを夢見て今日まで歩んだようにな。
もちろん勝ち負けは時の運、絶対などはありえん。
別に無理強いしておりはせん、お前が決めろスネエモン。
自分で決める、それが一所懸命になれる第一歩じゃ。
儂も戦などせぬのが一番だとは思う。」
「そうだ!戦であってはならんのだ!
ニザエモンの保証すると言う全ても、賢しい娘の言う事も、全て勝つのが前提だ。
勝てばよいだろう、しかし負ければどうだ!
権力者に逆らった民の末路など分かり切っておる!
民の命を賭け事に使うようなものだ!」
「そこで拙者の覚悟で御座る!」
リュウキュウ屋の敷地を遥かに超えて通る声に、皆がアキヨリに注目した。
言いたい事だけ言ったなら即座に眠ったセンロク和尚と、未だ目覚めぬキリュウを除いて。
「先程言いかけた拙者の覚悟を申し上げる。
拙者の策は初戦にて十中八九勝利いたす。
しかしそれから先は我慢比べの一進一退が予想され申す。
拙者は初戦の策が成らなかった場合、
更に我慢比べの最中 勝利の見込み失われた場合、
腹切ってサカイの民の助命嘆願いたす所存。
戦の長引くを本意とせぬナリカワは呑まずには行かぬであろう。
それが総大将の覚悟で御座る!」
「若様!」
「アキヨリ様!」
「おいアキヨリ!」
ニザエモンは色めき立つ一同を掌を差し出し制した。
「総大将として当たり前の覚悟ではあるが、
アキヨリにはこれから先やらねばならぬ事が山積しておる。
腹を切るのはこのニザエモンでよい。
ヒデミツとはそう取り付けた。
昔取った杵柄も役に立つという事だ、キラ ノブモトの名も無駄では無い。
スネエモンよ我等が覚悟 受け取ってくれたか?
和尚が言ったようにお前が決めてくれ。
そして今更だが申し訳なかった。
この様な重大な決め事をお前に知らせずに来た。
許してくれとは言わん、ただ私も含めここに居並ぶ皆には、どうしてもナリカワを打ち倒さなければならぬのだ、それだけは分かってくれ。」
ニザエモンの目的が果たされるとスネエモンは静かに立ち上がった。
「儂もサカイの運命を左右する決断に蚊帳の外であった事に腹を立てたのは事実だ。
お前達の覚悟も良く分かった。
しかしお前に味方するかは話は別。
おいそれと決められはせん、しばらく時をくれ。
それとシジマ殿、其方が我が村にもたらした全てに感謝いたす。」
一礼するとスネエモンは目を上げる事無く、そのまま背を向けリュウキュウ屋を後にした。




