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ピックアップド・ブロークンガール

イツマはその夜、ターゲットを尾行していた。

いちおう組合マカミによる依頼ではあるが、私怨も多分に混じっている。


ターゲットの名は骨喰ホネバミソコツオ。

ニヒロ教団の構成員と見られる男である。

そしてイツマの両親はニヒロ教団によって殺された。


ネット上の検閲からも、そこら中にある防犯カメラによるトレース監視システムからも逃れている、

ニヒロ教団の実態に迫れる数少ないチャンスだ。

絶対に逃すわけにはいかない。


積み木を積み重ねるように慎重に、魔法や使い魔の子蜘蛛も使わずあえてアナログな方法で尾行しているのはそのためだ。

場所は十三ターミナルステーション。

旧世代の駅がそのまま転移魔方陣ポータルの中継駅として使われている交通の要だ。


<おっと、男子トイレに入ったな。任せておけ、こっちはうまくやるさ>

<頼むわよ。今回、ミスは避けたいの。確実に奴を捕まえなきゃ……>


イツマの電脳に仲間の男からの通信が入った。


<焦るなよ、ゆっくりと慎重に、積み木を積み重ねるように、だろ?>

<ええそうね、相手はきっと大物と繋がってるわ。だからこそ、ミスするくらいなら空振るくらいで丁度いいわ>

<そういうことだ。今回だけがチャンスじゃない。あいつに気づかれなければまだチャンスはある>


ターゲットであるソコツオと仲間の男が男子トイレに消える。

その数秒後。


<救援ビーコンを確認しました。パターン5、すでに気づかれていて交戦中です>


電脳サポート用AI「ヤツカ」からイツマにメッセージが入る。


<なんてこと!ああもう最悪!クエビコ、指示をお願い!>


この作戦のリーダーである司令官役のクエビコにイツマは通信を入れる。


<なるほど、どうやら無駄話をしている状況ではないようだね。

ならば答えよう。彼の救援に行き、現行犯で証拠をあげようじゃないかね>


イツマはこの答えに奮い立つ。あえて、攻める。


<OK、要はターゲットをボコって捕まえればいいのね>


憎い敵を倒して捕まえる。叶うならば胸がすくような展開だ。


<そのとおり、シンプルな決断だ。さあ、急ぎなさい>

<言われなくっても、よ!>


十三の駅をイツマは人ごみを掻き分けて走る、走る!


<ええいまどろこっこしい!>


天井に糸を張り巡らし、スパイダーマンのように天井をさかさまに駆ける。

そのままシュートされたサッカーボールのように男子トイレに突っ込む。


そこにあったのは血風呂と化した男子トイレだった。


「遅かったじゃねえか……奴は転移した。行き先はまだ俺の使い魔が追跡してる。

赤川の鉄橋辺りだ……お前は追え、すまねえ、ミスしちまった……」


仲間の男は息も絶え絶えに声を振り絞る。


「わかったわ。えーっと十三と中津の間にあるあのでっかい橋ね。

救援を呼んでおくわ。クエビコ、そういうこと。早く彼を治療してあげて、応急処置はするけど……」

「いいから、行け!時間はないぞ!」

「けが人は黙ってて。ウィッチハーブ、術式はオニキス・カヴンので!」

<了解しました。呪文代行詠唱を始めます。残り2秒……>


イツマは基本優しい女性だ。仲間を見捨てて追う事はできなかった。

収納術式アイテムインベントリから魔女の薬草を取り出すと男の傷口に当て、電脳空間内で呪文詠唱を3秒ですまし、傷口をある程度再生させ止血した。

クエビコから指令が入る。


<ご苦労、イツマ嬢。だが時間がない。後は我々に任せて君はターゲットを追いたまえ。場所は淀川橋梁だ>

「OK、急ぐわよ」


イツマは転移術式を起動させ、淀川の鉄橋までテレポートする。

夜の淀川は橋の上から見ると幻想的だ。

梅田の大都市の賑わいが真っ暗な河という都市の空白地帯から良く見える。

それはさながら宝石箱だ。


だが、イツマにはその美を楽しんでいる余裕はない。


<クエビコ、衛星からのトレースは?>

<君が今いる新赤川大橋の隣、JR貨物線の橋の上に彼はいるのだよ。

安心したまえ、まだこっちでも追えている。焦らずに着実に戦いに挑みたまえ>

<わかったわ、油断はしない、焦りも禁物ね>


このテレポート全盛の時代にあって、貨物鉄道はまだ現役だった。

大量に物資を運ぶのにはアナログな手段もまだ有効であったのだ。


イツマは走る。時速40kmは出ていただろう。

そうしてたどり着いた鉄橋の上、敵は待ち構えていた。

戦闘用式神を3体もはべらせ、余裕の顔で女性型式神の胸をもんでいる。


「骨喰ソコツオ!傷害の現行犯で逮捕権利を行使するわ」

「やっぱり、組合魔術師ディンゴか。だけど、僕らは約束の日まで捕まる気はないよ。

無理やりにでも逃げさせてもらう。いや、君から僕を張っているチームを吐かせるのが先かな。

楽しい作業になりそうだ」


ソコツオはにやりとこの先に待っているイツマへの拷問を想像して笑った。


「いいえ、尋問されるのはあなたよ」


三体の敵女性型式神がそれぞれサブマシンガンを構える。

銃声がこだまするがそこにイツマの姿はない。

イツマはすばやく鉄橋に糸を張り巡らせて上へと逃げたのだ。


さらにその上への跳躍の途中で式神に切断糸を振るい、一瞬でばらばらにしてしまった。

ばらばらになった彼女たちは鉄橋から河に落ちて水しぶきの音を立てる。


「護衛はいなくなったわね」

「そうだね、でもまだ負けたわけじゃない。十分に時間は稼げた」

「ほざきなさい」


と、そこに貨物列車が来る!

ソコツオは強化された握力で列車のコンテナを掴むとコンテナの上に飛び乗った。

イツマも列車に糸をくくりつけ、コンテナ上へと上る。


「隙が出来たね」


イツマの傍を銃弾がかすめる。

この時代だ、ただの銃弾ではないだろう。致死の毒か、呪いが込められているはずだ。


風圧で糸の制御がしにくい。

イツマは銃を取り出すと相手に向かって撃つ。

不動金縛りの術式が込められた捕縛用の弾丸だ。

この時代弾丸はなによりも素早く、確実に呪文をかける手段という側面が強い。

弾丸としてのダメージなど再生力や特殊能力によっていともたやすく無効化されることが多いのだ。


撃ち、相手の弾丸をよけながらイツマは接近していく。

ソコツオはさらに式神を召還していた。

天使のような羽をとナイフを持つ女性型のもので、メタル色に輝く羽はイツマの弾丸を見事に防御していた。


「やっぱり、お人形さんが盾ってわけね」

「悪いかい」

「悪趣味だわ」


イツマもただやられているだけではない。このやり取りの間で何重にも魔力壁を展開して弾丸を防いでいる。

そうして両者はとうとう刃物の間合いまで接近した!


「やっぱりこんな豆鉄砲じゃ勝負はつかないか。行けヤヒロ!」

「はい、マスター」


アイオンと呼ばれた女性型式神はナイフを構えて暗い顔で突撃する。

来ている服も拘束衣じみたフェティッシュなもので、なんとなく扱いを連想させられる。


「いいわ、ノしてあげるからかかってきなさい」


イツマは爪先から出る糸を太く、強靭で短いものにする。

長さ30cmほどの固められた糸はまるで爪のように振るわれ、ナイフを受け止める。


刃が何度も交差し、イツマは何度も流麗な回避を決める。


「何をしている!速くそいつを殺せ!」

「はい、マスター」


だが、イツマの技はすでに仕掛けのフェーズに入っていた。


「見切ったわ、その刃筋」


ナイフが振り下ろされ、イツマが糸の爪でそれを受けると、糸はたちまち粘ついたものとなり、ナイフを絡め取った。

糸がスライムのように溶け、式神の腕を絡めとっていく。

そのままイツマは凶悪な膂力で式神を振り回す。

式神は宙を飛び、その落下先は……ソコツオだ!

人形に押しつぶされたソコツオはじたばたともがく。骨の一本や二本、折れたかもしれない。


「ばかな、そんなばかな」

「終わりね。さあちゃっちゃと捕まりなさい」

「いいや、まだだ。まだ終わっていない!ヤヒロ、モード2で自爆しろ!」

「はい、自爆します」


爆発音!

人形の上半身が空を飛び、爆発していく。

激しい閃光にイツマは目をやられ、目がまともに見えるようになったときには、すでにそこにソコツオはいなかった。


「……やられたわね」


虚しく、鉄道の規則正しい音が響くばかりだった。



島津ウヅヒコはこんなうっとおしい初夏の夜には淀川の河川敷を歩くのが最近の定例になっていた。

夜の河はいい、静かで優しい闇が出迎えてくれる。

水の匂いと音が心地よい。草いきれが夏の生命力を予感させる。

いい夜だった。この暗い暗い水が自分そのもののように思えてくる。


彼はいつの世もよくある育児放棄児ネグレクテッドの少年だった。

ましてや、これだけAIと技術が発達した世界ならば餓死せず生き延びることは被虐待児にとって、それほど難しいことではなかった。

暴力は無かったが、代わりに無関心があった彼のような子供にとっては。


彼にとっては機械が家族だった。

その状況は彼にそれなりの歪な性癖を植え付けるのには十分で。

彼はいつか金を貯めて自分好みのセクサロイドを買うのが夢だった。

ときおり、空想する。

空から機械の女の子が振ってこないかな、とか河川敷に流されてこないかな、といった曖昧な妄想を。


今宵、機械仕掛けの神は彼の願いを叶える気になったようだ。


ちかり、と何かの光が光ったのが運命の扉。


「なんだろう」


ウヅヒコがそれを何か確かめようと近寄ったのがその扉をノックする行為。

そうして、少年は運命と出会う。

それはバラバラになって捨てられた式神の破片だった。

光ったのは式神の目のLEDが誤作動を起こしたためだ。


「な、なんだよ……人間かと思ったじゃないか。

でもこれ、使えるぞ、うん、まだ動く」


ウヅヒコはその性癖からある程度こういった機械には詳しかった。

そしてその知識はこれらバラバラのスクラップはまだ使えると告げていた。

しばし逡巡し、辺りを見回すとウズヒコは制御符と基盤、個体識別カードを抜き取り、

首パーツを手に入れてそそくさと自らの秘密基地に運び込んだ。


そう、秘密基地だ。家にはもう何日も帰っていない。

河川の土地を不法占拠スクワットして立てられたテントハウスが彼の秘密基地だった。

いつの時代も、悪ガキたちにとっては廃墟などを不法占拠スクワットして秘密基地化するのは刺激的な遊びだ。

もっとも、だいたいは本職のホームレスに追い出されるのが落ちなのだが。


だが、それでも不法占拠スクワットを続ける方法はいくつかあった。

一つはヤンキーとなって暴力と威圧で解決する。

一つは違法魔術アプリで武装した子犬(pupboy)となってセキュリティを自前でかけて防衛する。

最後の一つは育児放棄児ネグレクテッドとして彼らの同類となるか。


ウヅヒコはpupboyであり、ネグレクテッドだった。

本職の方々と取引し、その居場所を手に入れるのはそれほど難しいことではなかった。


ウヅヒコは彼の秘密基地に式神のメインパーツを運び込むと熱心に作業を始めた。



式神とは、広義には陰陽道の術式で作られた人工の魂のことだ。

プログラムでだいたいの挙動や性格を設定し、それを雛形に魔導工業機械による精密な魔力操作により人工の魂を作り出す。


要は式神とはプログラムと魔法技術のあわせ技により面倒なところをすっぱ抜いて作った人工知能(AI)なのだ。

AIであるが故に式神は用途によって形態はさまざまだ。

そのまま電脳制御用のプログラムとして用いる場合は電霊とか電式などと呼ばれる。

今回ウヅヒコが拾ったのは機械の肉体を拠り代とする一種のロボット、ヒモロギノイドとよばれるものだった。

これは数百の小型アクチュエーターと歯車、数々の電子部品によって成り立つひどく工業的なシロモノだ。


精神面の制御をする式神の魂の入れ物は強固な強化プラスチック塗布和紙によって作られた符で、これはミヒシロと呼ばれる。

機械の肉体を操作するのは昔ながらの電子基盤マザーボードとCPUだ。

これら心臓部がミフナシロという小形の箱に収められている。

ウヅヒコはこのミフナシロと首部分だけをとっていってとりあえず制御部分を復旧させ、それから首から下の肉体をパーツごとに分解しては直していった。



そうして、数日の修理の末少年は式神を完成させた。

バラバラになっていたスクラップは四体。

それぞれの無事なパーツをツギハギして作られたフランケンシュタインの怪物めいたシロモノだ。

だがその不恰好な縫い目と死人のような肌、機械が所どころはみ出た姿はウヅヒコの目にはバロックな美しさとして写った。


人格祝詞プログラムインストール完了……さあ、目覚めてくれよ」


式神はまぶたの下でぐりぐりと目をせわしなく動かすとぱちりと目を開けた。


「私はだあれ?」


発された鈴のような声は通常の初期化された起動音声ではなく、独自の言葉を紡いだ。

半ば白痴めいた虚ろな幼い声だ。


「あれ?おかしいな、普通はこんな風にならないはずなんだけど」


式神は裸の上半身を起こしてぼんやりと催促するように尋ねる。


「ねえ」


だが、ウヅヒコにとってはそんな起動時の文句が違うことなど些細なことだった。

なによりも自分の式神を手に入れられたうれしさで舞い上がっていた。


「ああうん……そうだな、名前は決めてあったんだ。

君はマヒメ。僕の式神だ」

「マヒメ、私はマヒメ」


ほんの僅か、式神は微笑んだ。

ああ、それだけで少年は恋に落ちてしまった。

男と言う生き物のなんと単純なことよ!


「マスター、私の目的は?」

「君は家事の手伝いとかをしてくれたらいいよ。それから……いっしょにいてくれたら、それだけで何もいらない」

「いっしょにいる?」


無垢なその表情に少年は心ときめかす。

甘い痺れが脳をとろかす。

だが、顔には出さずに冷静を装う。


「え、ああ、うん……嫌かな」

「ううん」


その笑顔はあまりにも真っ白で。とてもうれしそうだった。

わけもわからず少年もうれしくなる。


それから多くのことは語らずとも済む。

はっきり言えば、ウヅヒコ少年は恋と言う素敵な衝動に身を任せ、

彼にとって世の中はバラ色で、世界中が祝福の音楽を奏でているかのようだったと言えば十分だ。



事件はウヅヒコがマヒメのために服を買いに行った時に起きた。

比較的安全な中津のさびれた商店街である。

二人の姿は清潔なTシャツにジャージの上下、サンダル姿である。

だが式神とはいえ、女の子にこの姿はあんまりだ。とくに恋する相手には。

そういうわけで、二人は高架下の古着屋ヨモシキに

向かう。


ほとんど初めてと言える外出は二人に新鮮な刺激を与えた。


「あれはなに?」

「トランペットかな。あの先の部分から息を吹き込むと音が出る……らしいよ」

「音楽?」

「そうそう、この間聞いたラジオの奴みたいなね」


初めて見た外の風景が珍しいのかあれはなにこれはなにと聞くマヒメ。

ウヅヒコはそれに得意そうに答えていった。

男にとって実にいい瞬間だった。


古着屋に到着して着せ替え。

ガーリーなドレス、活動的で清潔なGパン姿、フェミニンなあれこれ。

張り切って全部買うというわけにはいかなかったが、満足のいく買い物が出来た。


「よくわからないけど……ありがとう」

「綺麗だよ、マヒメ」


ウヅヒコにとっては赤くなってこれだけ言うのが精一杯だった。

それだけちゃんとしたものを着た彼女は美しかったのだから。

今世界には二人がいるというだけで、祝福のファンファーレがなっているかのようだった。


こんなに幸福でいいんだろうか?ウヅヒコはそう思った。

だが好事魔多し。不幸は向こうからやってきた。

高架下をあるく二人に静かな罵声が浴びせられる。


「なんて不細工な修理だ。僕だったら廃棄してるね」


ウヅヒコは関わらずに行こうとした。


「行こう、マヒメ」

「ごめんなさい」

「いいよ……行こう」

「ごめんなさい。そうじゃないの、さよなら」


そういうとマヒメはするりとウヅヒコの手を抜けて罵声を浴びせた男……ソコツオに向かって歩いていった。

うつむいてその顔は見えない。


「その式神は僕が作ったものだ。つまり、そういうことさ」

「嘘だ」

「いいえ、本当。この人が私のマスター。あなたは……ごめんなさい、ありがとう。

でも、離れたほうがいいわ」


そう言ったマヒメの顔は悲しげで、それ以上に過酷な経験に裏打ちされたウヅヒコの知らない表情をしていた。


「君がご丁寧に直してくれたのは豊玉の姫じゃなくって八尋の鰐だ。

家族ごっこかい?こんなのと?馬鹿じゃないか。

こいつが何人のおっさんに股を開いたか、こいつの手がどれだけ汚れているか教えてやろうか?

こんなのただの殺人の道具さ」


ソコツオはにやにやと笑いながら便所の床にも劣る下劣な言葉を投げかける。


「黙れ!」


ウヅヒコは指を拳銃のように構え、電脳のなかで攻撃用違法魔術アプリ「気散術ver5.5ピースメーカー」を起動させる。

これは生命が持つ気と言うエネルギーを撃ちだして攻撃するごくごく基礎的な仙術だった。

だがその指はあっけなくソコツオに蹴り上げられてあさっての方向を攻撃する。


「はん、こんなおもちゃで何をする気だったんだい?

僕を殺して?こいつを奪う?

だからpupboyは嫌なんだ。こいつに特に思い入れは無いけど、僕から寝取るならそれなりの報復はさせてもらうよ」


そのまま腕を掴んでウヅヒコを転ばせるソコツオ。


「違う……!そんなんじゃない」


悲壮ともいえる表情でソコツオを睨むウヅヒコ。


「違う?何が。僕からこいつを寝取ったんだろ?

もうやることやってないはずがないじゃないか。

君のほうが悪い。僕は正当な権利を行使しているだけさ」


そうして適当にウヅヒコの腹を蹴るソコツオ。


「わかったかい?子犬くん。子犬がコヨーテに敵う訳がないだろう。

ああ、いい顔だ!電脳に保存したよ!

ほら、行けよ。殺しをすると後が面倒なんだ」


「畜生……!畜生!」


「行けっていってるだろ。殺されたいのかい?ああ、立ち上がれないか。

手伝ってやるよ。蹴れ、ヤヒロ」

「ですが、マスター……」

「あいつにどんな改造をされたんだい?それとも調教かな?やれって言ってるだろう!」

「はい、マスター」


その一撃はなによりもきつかった。


「……ごめんなさい」


かすかに聞こえた声は泣いているかのようだった。



「畜生……畜生……」


ウヅヒコはその場にうずくまって静かに涙で床をぬらした。

情けない、悔しい。その思いに涙が止まらない。みじめだった。


「はあい、大丈夫?ひどくやられたわね」


そこに若い女性の声がした。顔は見たくない。


「ほっといてくれ!」


怒鳴るウヅヒコとは対照的にその女性は静かに穏やかな声で続ける。


「協力してあげてもいいわよ、取り返したいならね」

「え?」

「私は組合魔術師ディンゴで、あいつは違法魔術師コヨーテ。私はあいつを追っているの。

なんなら、あんたを手伝ってあげてもいいわ。取り返したいんでしょ彼女を」


そういうと彼女はディンゴの証である狼の刻印された手帳を取り出して見せた。


「ディンゴだ……本当に、てつだってくれるんですか?」

「網磯野イツマ、梅田支部の者よ。あんたが信用するかどうかはあんたの問題よ。

どうするの、この手、とってみる?ああ、その前にあんた名前は?」


そういうとイツマは手を差し出して優しくウヅヒコの体を起こした。


「島津ウヅヒコです」


ウヅヒコは、その手をとった。


「あんた年いくつ?」

「16、です」

「ふうん、エド時代なら元服ね。わかる?一人前ってこと。

あんた、保護される側じゃなくって、一人の男として女を守れる?」

「わかりません……でも、今の僕は」


そう、守れなかった。惨めな記憶がフラッシュバックする。


「強さならいくらでも後からついてくるわ。覚悟の話をしてるの。

あんたの彼女のために武器を取る覚悟はあるのかって聞いてるの」

「武器」


ウヅヒコの瞳に炎がともる。闘志という男の力だ。


「あんたを強くしてあげる。それで彼女を奪い返しなさい。

策も授けるわ。いっておくけど時間が無いからスパルタよ。できる?」

「やります!それで彼女が助けられるなら」

「いい返事だわ。じゃあついてきなさい!」


そういうとイツマはコートを翻してウヅヒコをつれて中津の高架下を出て行った。




「やることはそんなに多くないわ。今のあんたが勝てる手としては一つ。

限界まで速くした抜き打ちであいつを撃ちぬく。

呪詛つきの弾丸なら殺さずに一撃で無力化させることもできるわ。

ゲームで言えば、マヒ状態とかね」

「拳銃の早撃ちってことですか。でもそんなの一朝一夕じゃ身につかないんじゃ」

「そこはほら、科学と魔術の力でね。アストラル界なら時間も自由自在。

今のあんたじゃ入り口マルクトの端っこくらいまでしかいけないだろうけど、私と一緒ならイェソドくらいまでならいける。

そこで時間を60倍に圧縮して無理くり修行するわよ。私の事は先生と呼ぶように」

「はい、先生!」


車の中でイツマは説明する。向かう先はGD団の運営するカプセル・メディテーション・センターへと向かった。

これは漫画喫茶やカプセルホテルのように薄暗い中にカプセル型ベッドが大量に安置されているもので、

枕元に設置された小型魔術祭壇といくつもの機械によって出される音と香の匂いで、使用者を即座に夢と現実の境目、精神世界であるアストラル界に意識をダイブ・インさせるためのしろものだ。


イツマとウヅヒコはその精神世界の中、イツマの精神力によって作られた領域に入っていた。

言ってみればアストラル界そのものが魔術的な力によって成り立つネットならば、ここはイツマに管理権のあるチャットルームといったところだ。


イツマの「領域」はウェスタン風の赤い砂漠の世界だった。

遠くに四角い山が見える。近くには埃っぽい酒場のような建物があった。


「あんたがまず覚えるのは反射神経加速術式。時間が加速されているこの状態に自力で到達すること。

術式そのものはあんたの電脳におくったわ。あとは慣れるだけ」

「はい、先生!」


ウヅヒコはイツマの領域で修行した。

アストラル界の精神世界で何日も、何日も。

時間が違う世界ではこういったことが可能なのだ。


「120倍までいけたわね。じゃあ次は筋力の増加と、神経式筋力開放術式。

火事場の馬鹿力で120%の筋力を出すの。

筋肉そのものはバイオ・インプラントでなんとかするわよ。

バイオとはいえサイボーグになっちゃうけど、いいわね?」

「構いません。手段を選んでる場合じゃないから」

「いい返事よ。じゃあ、あんたの体は闇医者に運び込んでおくから」


現実世界ではイツマがウヅヒコの体を闇医者に運び込み、施術を開始した。

イツマはこの「領域」では数日に1日程度やってくる。


「最後は強化された筋力と反射神経に慣れること。

ついでにカラテと銃の訓練もするわよ。

つまり、あんたがするのは筋力の出力を120%、反射神経の速度を120倍の状態で拳銃を操る訓練よ」

「はい、先生!」


赤錆びた砂漠で二つの影が舞う。

カンフーめいたカラテを交わすウヅヒコとイツマ。

やがてウヅヒコはイツマの拳を食らう寸前で訓練を止められた。


「拳に迷いが見えるわね。何を迷うの?

あいつに言われたことかしら」

「なんでもお見通しなんですね。そうです、理由はどうあれ、あいつの行ってることも正論じゃないかって。

僕のしていることは、ただ寝取っただけで、彼女を守る権利なんか僕には……」


砂漠めいた精神世界で大きな、とても大きな夕日が落ち、月が昇る。

優しい熱風が頬を撫でる。


「寝取っただとか、寝取り返しただとか、そういうややこしい話はナシにしましょ」

「シンプルな話なのよ。男が女を取り合うなら結局は拳で決着つけるしかないでしょ?銃でもいいけど」


そうしてイツマは微笑み、ピンとウヅヒコの額を弾いた。


「それから、『誰かを守るのに他の誰かの許可なんていらない』の。

仕事ビズなら別だけど。家族なんでしょ?」

「家族……そうかもしれません」

「かもは余計よ。男なら頭に叩き込んでおきなさいレッスン1よ」

「はい!」



ここで、イツマは精神世界をログアウトし、現実に戻る。

薄暗い、ブルーのライトで照らされたカプセル・メディテーション・センター内だ。

その顔は厳しい。


<一つ質問があるのだが、良いかね?>


イツマの同僚にして友人、クエビコが電脳に通信を入れる。


「ええ、あるでしょうね」


はあ、とイツマはため息を吐いた。


<子供に武器を与えるのが君のスタイルだったかね?民間人を囮に使うのも?>


クエビコの声には静かな怒りがあった。


「子供に武器を与える趣味は無いわよ。

でもね、一人の男が女をかけて闘うなら、

武器の一つくらいあげたってバチは当たらないわ」


今度はクエビコがため息を吐く番だった。


<なるほど?認めたくはないが、仕方ない。今回に限り目を瞑ろうではないか>

「ごめんなさいね、わかってるのよ。こんなダーティーなのはスタイルじゃないって。

でもね、彼を一人の男として勝たせてやりたいっていうのも本当なのよ」


いきさつや理由はどうあれ、やっていることは子供に武器を持たせ戦わせているのだ。

それに、おとりと言う部分も大きい。

素人であるウヅヒコをぶつければソコツオは油断するだろうと言う薄汚い計算。


<ならば君が責任を取って彼の面倒を見たまえ>

「そうね、そうなるわよね……ええ、責任からは逃げないわ。

それだけのことを私はしたんだから」



現実世界の淀川川辺でウヅヒコは見事な動きで拳を振りぬき、銃の訓練コースを次々にクリアしていく。


「先生、どうでしょうか!」

「いいわね、訓練コースのポイントも9割を維持しながらタイムはこれだけ。合格よ」

「ありがとうございました!」

「現実時間で3日間、精神世界の時間で120日。よくがんばったわね。

じゃあ、最後にレッスン2よ」


「『武器を取るその本当の意味を良く考えなさい』」


「武器を取るという選択肢があなたにどんな結果を齎すか考えなさい。

誰のために、何のために闘うのか、それが本当に正しいか。

それは自分に胸を張れることであるようにしなさい。

でも、その時になったら迷わないで」


「ありがとうございました、本当に……」


「泣かないの。がんばったけど、あなたはまだ成し遂げていないはずよ。

これは合格のお祝い」

「リボルバー?」

「コルト・パイソンよリボルバーのロールスロイス。

高級品の男の銃よ。今のあんたなら使えるわ」

「ありがとうございます!」

「さあ、戦いに行くわよ」



その数時間後、ウヅヒコは狭い裏道でソコツオに立ちはだかった。

その手には拳銃コルト・パイソン


「……あー、君か。この3日でどうにかして銃を買って僕に報復しに来たってわけだ」

「違う、僕はお前からマヒメを奪いに来た!武器を取れ!決闘だ!」

「あー馬鹿じゃないのか君は。ムカつくなあ、ムカつくよ。君みたいなの」

「僕は奪うって言ったんだ。お前が武器を取らないならお前を倒してもっていく!」

「はあ、面倒くさいなあ。あれはもう捨てたよ。スクラップして廃棄だ。

もう今頃は圧縮されて焼却場じゃないかなあ?」


ウヅヒコの顔が歪む。絶望と混沌に。


「嘘、だ」

「嘘ついて何になるんだい。でもまあ、ムカついたから君は殺すよ。

武器をとれ、だったっけ?とってやるよ……」


そういうとソコツオは収納術式から式神を出す。マヒメに良く似た、しかし新品の式神だった。


「マヒメ」

「お前は誰だ、お前なんて知らない」


式神は冷徹に言い放つ。


「ああそうだ、その顔が見たかった!さあ、やろうか」


その時、どこかからコインが投げ込まれ、ソコツオとウヅヒコの前を通り過ぎ、ゆっくり、ひどくゆっくりと着地した。

その瞬間、ぐちゃぐちゃの精神をすべて吹っ切ってウヅヒコの体は教えられたとおりの動きをした。


すなわち狙いを定め、撃ち放つ。


その弾丸は式神の腹を貫通し、ソコツオの腹に着弾した。


そして、撃ちつくし再装填し、構える。


(策のその2よ。

いい?相手はいろいろ言ってきたり、マヒメちゃんを人質にしてきたり、式神を出してきたりするはずよ。

でもそれは全て気にしなくっていいわ。全部ブラフだと思いなさい。

あんたは遮蔽物があっても気にしないでソコツオの腹を撃つ。

その銃なら問題なく貫通するわ。そして、式神ならそのくらい当たってもなんら問題はないのよ。

もちろん、人間でもね)


イツマの授けてくれた策を思い出す。

それは実際に確かな効果を齎した。

式神とソコツオの動きを同時に封じ、一方的な状況を作り出した。

その秘密はウヅヒコの銃に込められていた銃弾にある。

これは麻痺弾といい、不動金縛りの術が込められた呪詛の弾なのだ。


(コインが落ちたなら全てを忘れて闘いに集中しなさい。

集中できない時も落ちるコインを思い出して集中しなさい)


そうしてウヅヒコは動きの止まった式神を追い越し、教えられたとおりの動きでソコツオの膝をくずし、倒れさせる。


「不動金縛りの術、か。こんなもので……5秒もあれば解ける」


だが120倍の時間の中では5秒で十分だった。


(金縛りが成功したなら、こうやって体をくずして倒れさせなさい。

そしたら、相手の腕や足を撃ち続けること。ただし太ももはだめ。出血死するわ)


再装填した6発をソコツオの手足に撃ち込む。

打ち込まれた不動金縛りの銃弾はマヒ時間を継続させ、さらなるダメージを与える。


「うぐあっハメ技だって?!僕が、僕がこんな馬鹿な!」

「レッスン1。勝負をつけるときには相手が参ったと言うまでやる。わかってます、先生」


ウヅヒコはその後の30秒の間に60発の銃弾をソコツオの手足に叩き込んだ。


「わかった!僕の負けだ!廃棄したって言うのは本当は嘘なんだ。

ほらやるよ!もっていけ!」

「ぼくの勝ちだ」

「ああそうだよ、だからさっさともっていけよ!」

「マヒメ、いこう」

「……はい」


ウヅヒコが式神の手をとろうとしたその時、式神の持っていたナイフがウヅヒコの右手を切断した。


「バーカ!それも嘘さ。そいつは僕の新しい式神だよ。

君が僕をボコってる間に式神の金縛りの術は解かせてもらった!

殺せ、メルシナ!」

「はい」


「嘘だ……ここで終わるはずが無いのに」


「嘘じゃないよ、本当に廃棄したんだ。そして君は造作も無く死ぬ」


ソコツオの式神のナイフが迫る。ウヅヒコの眼は絶望に染まり、自らに来るナイフを見つめるばかりだ。

それはとてもとてもゆっくりと迫り……

否、止まっている!空中に仕掛けられた蜘蛛糸によりからめとられ、荒縄で縛られたようにびたりと止まっているのだ!


「よくがんばったわね。あんたのマヒメちゃんはここにいるわ。

まったく、廃品回収から回収して修復するのは大変だったわよ」


天井から光学迷彩でこっそりと忍び寄ったイツマが迷彩を解除し、その場に降り立つ。

その手にはああ、見慣れたマヒメの心臓部ミフナシロのボックスが握られているでは無いか!

イツマはメルシナという式神から武器を奪うと、全身を糸で拘束した式神の頭の開閉口を開き、中にあったメルシナという新しい式神のミフナシロのボックスを外し、マヒメのミフナシロをその体に入れる。


「ウヅ、ヒコ?」

「マヒメ……」


ウヅヒコは片手でマヒメを抱きしめる。


「さあ、あんたの負けよソコツオ。私はあんたを生かしたまま痛みを与える方法を20は知ってるわ。

なんなら、情報だけ抜き出して殺すこともできる。

さあ、負けを認めて所有権をウヅヒコに渡しなさい。これは誓約よ。

それで生かしておいてあげる」


そういう間にもイツマの指先から無数の子蜘蛛と糸が伸びてソコツオを拘束する。


「わかった……ソコツオの名において、ヤヒロをマヒメとし、ウヅヒコに譲ると誓う。

くそったれこれでいいだろう。さあさっさと病院に連れて行ってくれ」

「どうもありがとう。これはお礼よ」


子蜘蛛が傷口から侵入し、麻酔毒を吐く。


「うう……痛みが取れる、あーいい、はるかに効く……」


そうして、体内に入った蜘蛛はソコツオの脳内からイツマに必要な情報を抜き出す。


「さてと、私はコイツをイヌガミに連れて行くから、あんたたちは先に帰ってなさい」


そういってイツマが指先を振るうとウヅヒコの落とされた手が糸に巻かれてふわりと浮かび、ウヅヒコの腕に元通りにぴたりとくっつく。

さらにその上から糸が何十にも巻かれる。子蜘蛛が麻酔毒を打ち込む。


「腕が治った……」

「治ってないわよ。つなげただけ、派手に動かすと外れるわ。

彼女を取り戻しても、抱きしめる腕がないとかっこつかないでしょ?」

「ありがとうございます!」


イツマはソコツオを糸でぐるぐる巻きの繭のようにして持ち運び、もう片方の手でひらひらとウヅヒコに手を振った。



「よう、イツマ。今回もかなり危ない橋を渡ったらしいなあ?

まったく、揉め事は勘弁してくれよ?

いつか訴えられるぞガハハ!」

「タヂカラのおっちゃん、ごめんなさいね。無理を聞いてもらうわ……」


やそめはぐったりと疲れた様子でソコツオの引き渡し書類にサインをする。


「しっかし嬢ちゃん、なんだって今回はその小僧にやらせたんだ?

おまえさんが全部やっちまえばよかっただろ」


イツマは書類を全て書き終えるとコートを翻して夜の街に消える。


「私はこの話でできるだけいい役が欲しかっただけよ。

生憎、馬に蹴られる趣味は無くってね」


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