HAL/平成:HALの最後、あるいは新世界への序章
「これなるは夢の世界。わしが君らの夢を統合した
わしは魔術師マーリン。諸君らは知っているかもしれんし、しらんかもしれんな。
これから・・・世界に大きなうねりが起るだろう」
夢の中だ。
この夜、大勢の魔術師や人外たちが同じ夢を見た。
「そのうねりの原因の一人にわしの弟子が関与しておる
もはや奴はわしと同等の力を持ってしまった」
夕暮れの丘に大勢の超人たちが集まっている。
その頂点に一人の老魔術師が立っている。
深いローブに長い髭、まるでタロットカードの「隠者」そのものだ。
「それゆえ、これからの世界にとって影響を及ぼす「英雄」となる素質のあるものたちを集めた」
それに対する反応はさまざまだった。
胸を張るもの、自嘲するもの、嘲り笑うもの。
だが、誰もそれが虚言だとは捕らえていなかった。
「あるいは、この混乱において無関係ではいられない者たち、と言い換えてもいいかもしれんな」
超人たちに理解と静かな緊張が流れる。
「それゆえ、諸君らに運命を自覚する切欠を与えに来たのだ。まあ、予言じゃな」
夕暮れの丘、隠者は英雄たちに予言を告げる。
幾千の瞳が隠者を見つめた。
全てを飲み込む破滅的な瞳。ギラギラと飢え乾く瞳、聖者のような柔和な瞳。
「奴は間違っておるが、正しい。ゆえに止めてよいのか迷った。そこで奴に関わるであろうおぬしらに任せる。
いつもの『そうであるかもしれないし、そうでないかもしれない(may be YES may be NO)』というやつじゃよ」
そこで隠者は杖を一振りする。
「さて、目覚めるがいい。いずれ判る時が来よう・・・そろそろ奴も干渉するころだ。
奴の名はHAL、狂える機械じゃ……」
丘の向こうから歯車と鋼線でできた手が夢を壊していく。
「こんにちわ、師父に導かれた皆さん・・・…ご安心を、ゆっくり眠れ、明日の目覚めも良いでしょう・・・…」
その、鷹のような瞳。若者のような情熱と老人の老獪さを兼ね備えた知性の光。
それが英雄たちに刻まれる。
「おやすみなさい」
そうして、彼らの意識は覚醒へと向かっていった。
■
「ひどい夢だ」
人造人間、ネオス・アンダーソンは無機質な部屋で目を覚ました。
自宅である。
東京のベッドタウンにある彼の主人の豪邸内に設けられた彼の城である。
ネオスはいわば解放奴隷だ。人造兵士としてそれなりの年月戦い続け、
生き残った結果それなりの権限を与えられて後方要員として日本に潜伏している。
もう昔のように派手な戦場に行く事はなくなった。
使いつぶしの人造人間として前線送りにされていた時から考えれば、比べようもなく平和で穏やかな毎日だ。
朝食を取ろうと寝床から起き上がると、その瞬間に電話が鳴った。
「ネオスだ」
電話を受け取る彼の声は平坦である。
寝起きの不快さを感じさせない。
瞬時に仕事に入る彼のプロ意識だった。
「俺だ、ジョンだ。今かなりやばいことになっている。
テレビを見てみろ、NHKだ」
同じ人造人間の古いなじみの声だった。
彼もまた、前線という地獄から生き残ったが、今も組織の中心で働いているはずだ。
「また、世界の危機か?今度は何だ」
「いいから早くしろ!時間がない」
友人の声はいつになく切羽詰ったものだった。
「解った」
テレビをつけてみる。
<沖縄、LUX人工島で暴動?米軍基地乗っ取られる>
人工島LUXは彼らの拠点のひとつだ。それも本陣に近い大きなものだった。
そのいわば秘密結社のお膝元で暴動とは何だろうか?
「暴動だと?何が起こった」
「わからん……だが、レベルヴァイオレットの案件だ。
<新品>の奴らが暴れだした。急に感情に目覚めたんだ。
俺やお前みたいに上に隠しつつゆっくりと目覚めたんじゃない」
友人の言葉は極めて早口で焦りが感じられる。
銃声も背後で聞こえている。
どうやら、かなり油断がならない状況のようだ。
「昨夜突然だ。数でおされている。おまけにどこかからか武力支援が入っている。
見たことがない新型の武装だ。仕組まれていたんだ……クソッ
<総帥>はムーンシャインとかいう奴に殺られた。もうENDSは終わりだ……」
「諦めるな、可能な限り人員を導入してそちらの鎮圧に向かう」
ジョンは意外なほどに力強い声で答える。覚悟の決まった声だった。
「いや、ネオス。お前は生きろ。そして自由になれ」
ネオスは疲れたような声を返した。
「自由か、もうこの年まで生きて欲しいとは思わない。
それより、用件を言え。まさか忠告するためだけに電話をしたわけではあるまい」
沈黙、ため息。
「……解った、きれいごと抜きだ。この件の後始末、いや報復を頼む。
この事件の首謀者を探し当て、抹殺してくれ。
その後お前は組織の建て直しをするんだ」
銃声が電話の背後で聞こえる。
ネオスには基地が血にまみれていく様子がありありと想像できた。
「了解した。武運を祈る」
「よせよ……報酬だけどな、D-297倉庫の101号室。あそこに俺の金や資産が置いてある。
俺から3日連絡が無かったら好きに使ってくれ」
ネオスはそれでも淡々と返事をする。
機械のように。エージェントとして。
「感謝する、早速任務に当たろう」
「楽しかったぜ、じゃあな、鉄面皮野郎」
「ああ、さらばだ」
ネオスの頭には一つの明確な線が出来ていた。
マーリンの予言とこの事件。無関係ではない。
HAL。マーリンの予言した災いを起こすという彼の弟子。
それは抹殺すべき対象として刻まれた。
苦い感情とともに。
■
犬塚凜太郎は夢から覚め、朝食を取っているときに電話を受け取った。
「よう、こんな朝っぱらから電話か?珍しいじゃねえか」
「うむ……まずいことになった。ENDSの総帥が殺られた」
相手は妙高山ルグゥ。彼の従兄弟に当たる存在だ。
兄貴分として大事に思ってはいる。
「ほう、あいつがねえ。殺しても死なねえ奴だとは思ってたけどな。
それで俺はどう動けばいいんだ?」
「うむ、おんし、夢は見たか?」
「夢、ああマーリンの爺さんのか。お前も見たのか?」
「うむ、あれは事実じゃ。おんしもわしも巻き込まれる立場にある。
実はの、HALという名前に心当たりがある。わしの師となった男じゃよ」
凜太郎は受話器を耳に当てながら手早く目玉焼きにコショウをふりかけて箸で切り分ける。
「世の中狭いもんだな!お前の師だろうが何だろうが、お前を困らせるならやっつけてやるさ。
お前は俺の妹分だからな。妹を助けるのが兄だぜ」
ルグゥはあきれたような声を出す。
「はあ、政治の話をしても無駄か……まあ、あれじゃな。
HALという奴はわしらのような妖怪や魔術について世界中に公開する気じゃ。
総人類宣言プラン。人と共にあるならば人類、人食いならば獣。
奴はこの機に人に仇なす魔術師も、我ら人食いも駆逐する気ぞ。
そうなれば我等は破滅、破滅じゃよ」
アパートの清潔感のある白い壁紙に朝日が輝く。
しかしそれでもなお何かが暗い。
凜太郎はその暗さを楽しむかのような獰猛な笑みを見せる。
「戦か?だったら大歓迎だぜ。鬼の血が騒ぐってもんだ」
ルグゥは苦悩と悲しみに満ちた声を出す。
それは答えがわかっていたからだ。
「……おんしは人食いをしとらん。人とともにある力ある者じゃ。
今なら引き返せるぞ?」
即座に凜太郎は陽気に返す。それはルグゥの彼を案じる心を理解しているのか、いないのか。
理解しながら我を張り通したというのが正しいのかもしれない。
「言ったろ?妹を見捨てる兄貴はいねえ。そんな事は気にすることはねえ、遠慮なく巻き込め」
ルグゥはぽつぽつと愚痴るように独白する。なぜ戦争が起こるのかその理由を。
それは懺悔の様だった。
「……すまんな。人食い共は今更人食いをやめよといった所で納得せんじゃろう。
ましてや、それが人から押し付けられたものならばな。
故に我等は人と戦うこととなるじゃろう。全世界が相手の先の見えない戦争じゃ。
ここから先は地獄ぞ」
あるいは、覚悟を試すものだったのか。
しかし凜太郎の答えは決まりきっている。
「そうなったら地獄からお前を救い出すのが俺の役目だ。
それに、どうしてもお前が地獄から逃げられないなら、地獄にだって落ちてやるさ。
戦いを恐れる鬼がどこにいるか!俺は戦うぜ。さあどこから行く?」
凜太郎は手早くパンをかじり、牛乳を飲む。
その引き締まった身には力がみなぎり今にも飛び出していきそうだった。
「……ムーンシャインという殺人鬼、いや始末屋がいる。
奴はわしのような要人を殺しておる。先手を打って奴と奴を操っているHALを倒すのじゃ。
奴の場所ならばリーズ・ヴェリスという神が知っておるじゃろう。
ドレビンというバーにいけば会えるはずじゃ。そこで情報を集めればあるいはHALに届くかも知れぬ。
あやつは中立じゃからな。聞けば話すじゃろう」
対して、ラグゥの口調は何処までも重い。
それはよく事態を理解しているものの重みだった。
だが、凜太郎はどこまでも明るく、優しかった。
それは彼なりのスタイルであり覚悟だ。
「解ったぜ。これが終わったらすぐにお前に会いにいくさ」
「うむ……すまんの、たのんだ」
「言ったろ?気にすんな。俺が好きで首をつっこむんだ」
そうして、彼は食器を片付けると身支度をした。
街へと向かうために。
■
BER「ドレビン」。魔術師御用達の集会所のような役割を持ったバーだ。
いわば中立地帯である。
すでに何人もの魔術師、陰陽師、さまざまな流派の術者たちがいる。
彼らはLUXでの暴動のニュースを横目で見ながらひそひそと噂話をしていた。
そこに二人の男が入ってくる。凜太郎とネオスだ。
「ひいふうみい……知ってそうなのはそれなりに居るようだな」
店員のジア・オオゾラがにこやかに微笑む。
「あ、お久しぶりですネオスさん。なんだかすごいことになってますね」
「ああ、ひさしぶりだなジア。さっそくだが聞きたいことがある。
だがその前に……ジンを」
凜太郎が重ねるように頼んだ。
「こっちはマティーニを」
二人の男はほぼ同時に尋ねた。
「「ムーンシャインについて知っているか」」
二人は嫌そうにお互いを見る。
「探偵の真似事か?禍津神の尖兵」
ネオスは皮肉を無表情で言い放つ。
「細かいことは気にするなオートマータ。知っているか、知らないかどっちだ」
凜太郎は怒りの形相でネオスの腕をねじり上げる。
「あのお、お店の中で喧嘩をされたら困るんですが……ああ、どうしよう。またお店のものが壊れる」
店員であるジアはあたふたと慌てる。
「手荒な真似は……」
ネオスはすぐさま技を返してねじり上げられた腕を解くと銃を抜いて凜太郎につきつける。
「やめてもらおうか」
「ハッ面白いじゃねえか、表に出ろ!リーズが来るまでの丁度いい暇つぶしだ」
凜太郎も胸に収めた空間圧縮式収納符から刀を抜き放ち構える。
「……」
ジアは仮面のような笑顔を浮かべると一瞬で通常の16倍の速さに加速した。
その目にも止まらない速さで二人の武器を取り上げる。
「光物と銃は駄目ですよ。没収します」
「何をする瞬神」
凜太郎が唸る。そして興がそがれたとでもいわんばかりにどっかりとカウンター席に座り込んだ。
「後で返してもらうと助かる。仕事品だからな。
……店の静寂を破るからだ。ところで、リーズとは誰だ?」
ネオスはスーツの埃をはたくと椅子に座りなおしジンを飲む。
「はい、お帰りのときにお返ししますね。あ、リーズさんなら常連さんですよ。もうすぐ来るかと……」
そこに少し遠くの席に座っていた魔術師の一人が立ち上がってよってくる。
「今、リーズ・ヴェリスって言った?」
ブロンドが美しい細身の美女だ。胸は無いに等しく、宝塚の男役のようである。
「あ、はい。リーズさんをお探しならもうすぐ来るかと……喧嘩はやめてくださいね?」
「わかってるわ。ここは中立地帯だもの。ちょっと相談したいことがあるだけよ」
「はあ……お手柔らかにお願いしますね」
「荒事にはならないわよ。そこの男共とは違うの……ところで、あなたたち夢であった?」
二人の男が関心を示した。
「なんだこのまな板は。ああ、そういえば出会ったような気がするぜ」
「確かにな」
「なら多かれ少なかれこの事件にかかわりがあるはずよ。お互いの情報を交換し合わない?それからまな板言うな」
三人はBERのテーブルにつき各々杯を干す。
最初に切り出したのはスーツにサングラス姿のエージェント。
「そうだな……私はネオス。ENDSのエージェントだ。
例のENDS拠点であるLUXの暴動の後始末をするためにここにいる。
暴動を扇動したHALと実行犯であるムーンシャインを追っている」
先ほどまで喧嘩をしていた男は青いラフなジャケットを着ていた。
狼のような俊敏な印象を受ける。
「俺も似たようなもんだ。俺は犬塚凜太郎。異界の妖怪だが、要人がそのムーンシャインって奴に次々に殺されてる。
身内も狙われそうなんで追ってるわけだ」
ブロンドの美女はバーテンのような活動的な姿の上にレザージャケットを着ている。
「私は……ただの魔女。オニキスって呼んで。師匠の知り合いが殺された件で来てるわ。
実行犯もそいつ。ムーンシャイン……戯言って意味よ。ふざけた名前ね」
ごく普通のウェイトレス姿をしたジアはにこにこと愛想よく笑いながら答える。
「ムーンシャインって例の殺人鬼ですかぁ?お店には来てないと思いますけど……」
夕暮れの空が血の様に赤い夕日をテーブルに投げかける。
「その背後にいるのはHAL、か……どうやらそこまでは共通しているらしい
いいだろう、とりあえず奴らの情報を集める分には協力しよう」
「ああ、奴を始末しない限り枕を高くして眠れねえ。それで?どこから調べる?」
「ムーンシャインがネットに殺害動画を上げている。少しこれを見てくれ」
■
皹の入った月を模した仮面を被った男がモノリスのような箱に向けて銃を構えている。
ぼそぼそとした声。
「否定、お前の行動は無意味だイレギュラー」
サーバーのような箱が無感情な声を発する。
「お前の存在が無意味だ、箱野郎」
雷鳴のごとき銃声。箱から飛び散る脳みそ。
「総帥は死んだ!ENDSはこれでおわりだ!・・・ああ、終わりだ、ハハハ」
そして月の仮面をした男は自爆して動画は終わる。
他にも同様の動画があった。
どれも老人や壮年が銃で殺害される動画だ。
■
「……えぐいわね」
「でも仮面をしてて誰だかわからないんですよね?」
ネオスはテーブルの上にスマートフォンを出して見せながら言う。
「これを分析してみたんだが……おそらく奴らは複数だ。
要人を殺せたのは奴らがつけている装備のせいだな。
以前見たことがある。魔術殺しに特化した装備だ。
あらゆる魔術を破壊し、魔術師を常人に戻す代物だった。
さらにえげつない改造もされているのだろうな、この分では」
冷静にムーンシャインの装備を分析するネオスにオニキスが興味を示した。
「……あなた、詳しいのね。ENDSの仕分け屋だったの?」
「仕分け屋ではなくその護衛といった所だったがな。それがどうした?」
オニキスは真剣な口調でたずねる。
「一つ聞きたいことがあるの。あなたには私が魔術師か、普通人か。どっちに見える?」
魔女名オニキス。本名西城八花。
魔術の名門に生まれた彼女は厳しい修練でも才能を開花させることはなかった。
だが、家を飛び出した先の魔女宗で異常とも言うべき火力特化の異能を開花させた過去がある。
何処まで行っても普通の魔術師ではない異常異能の才。
「……確かに、半分は魔術師というところ、だろうか」
「ふーん、貴方にはそう見えるのね」
オニキスは僅かにショックを受ける。やはり答えは得られない。
かすかな失望を覚えた。
「ご期待に添えなかったようで申し訳ないな」
「いえ、貴方は仕事こなしただけ、それが私の願いじゃなかっただけ。貴方が気にすることではないわ」
「事情があるようだな……願いが叶うことを祈っているよ」
僅かにサングラスの奥に優しさを称えた瞳を見せるネオス。
「それにしても魔術師殺しか……おっかねえ代物だな」
凜太郎がつぶやいたその時にBERのドアが開かれた。
「それなら知ってるよ。元々僕が試作品を作ってHALに盗まれたんだ」
ハイティーンほどの小さな体、金髪にメガネ。白衣を着た少女の姿をした魔人。
錬金術の悪魔、リーズ・ヴェリスだ。
「あ、リーズさん。今それで大騒ぎなんですよ」
「うん、作っちゃった以上僕にも多少の責任はあるからね。協力するよ」
「あんたがリーズか。思ったよりちんちくりんだな。
まあいいさ。妙高山ルグゥって覚えてるか?
あいつがお前に聞けばだいたい判るって言ってたぜ」
リーズは困ったような顔で笑うとBERの高い椅子にちょこんと座った。
「うーん、別に僕はなんでも知っているってわけじゃないんだけどなあ。
でもネットにある情報ならだいたいわかるし、
もともとが錬金術の魔神、ベリスだからね。
技術面についてはアドバイスできると思うよ」
「協力感謝する。今は少しでも情報が欲しい」
「それで何から調べるんだい?」
「ENDSの反乱だな、このまま見過ごしているわけにはいかん」
ジアはしばらく考えるとよいしょ、とばかりにテーブルを手早く片付けるとエプロンを脱ぐ。
「店長、ちょっと私も出てきますね」
カウンターにいるベトナム人の店長はサムズアップにいい笑顔で答える。
「イエス!構いませんネ?私ENDS行きたい。バット、こっちもその関係で手離せない。ソーリーですね」
「夜食がカウンターの下あるんで後で食べて下さい。さっさと片付けてきますから」
「オウラーイ!サーンキュー!」
褐色の肌に怪しい口髭。ごつい体にアロハシャツ。
うさんくささで出来たような店長だった。
「よく出来た子ね」
「オーナー、また借りていく。傷物にしないようにはする」
「HAHAHA、頼みますよ?ウチの看板娘ネ」
無駄に白い歯が暑苦しい常夏の笑顔を形作る。
「フフフネオスさんったら、私傷とかついたことないですよぉ」
さも当然そうに言うジア。しかしその当然さには確固たる実力による裏づけがあるのだ。
リーズがオレンジジュースを飲みながら唸る。
「しかしENDSかあ、反乱中ならすんなりとは入れてくれないと思うよ?」
ネオスはてきぱきとたずねる。彼の頭の中にはすでにいくつものプランが立ち上がっていた。
「……反乱の規模はどの程度だ?数は、戦力は。具体的な発生箇所は」
リーズはノートパソコンと携帯端末を複数接続させ巧みに操る。
どこであろうが、彼女のいる所は電脳の庭となるのだ。
「日本の沖縄LUX人工島に、アメリカのエリア51、イスラエル地下と、中国は香港、九龍、上海。オーストラリアのキャンベラ。イギリス海上の空母。解ってるだけでもこれだけあるね」
「多いな……ほぼ全域か。動機については?」
「急に感情に目覚めたって言ってるけどね。
よくよく調べてみるとエイトオクロック社とホワイトアリゲーター社の部品を使っている所から起きているんだ。
多分、これに細工がされてたんだと思う」
ネオスが頷きながらたずねた。
「コンピュータウイルスや洗脳画像のようなものだけではなく、
寄生体やウィルスのようなもの……なのか?一種の毒物のような?」
リーズは無表情ですぐに返す。高速で脳内処理をしているときはだいたい無表情になるのが彼女の癖なのだ。
「いや、多分純粋な魔術的ミームとそういう洗脳画像みたいなミームのあわせ技じゃないかな。
彼の術式はだいたいいつも複数のパワーソースを使ってるしね。
生物兵器の痕跡は見つからなかったし……これは一種の虐殺言語だよ」
さらにリーズは端末を操る。
「もうちょっと調べてみようか……うん、これは笑っていいのかな」
「どういうことだ?」
「エイトオクロック社とホワイトアリゲーター社はどっちもFOAFって会社の出資で場所はマンハッタンの東123番通り、資本金400万ドル」
オニキスが怪訝な顔をした。その情報の意味が解らない。
「それがどうかしたの?」
リーズはジュースを一口飲んで喉を潤すと遠慮がちな笑顔で言う。
「地下下水道の白ワニって都市伝説知ってるかい?」
オニキスにも聞き覚えがあった。有名な都市伝説だ。
「えーっと、ペットの白ワニが地下ででっかく育っているっていうやつ?」
「うん、この住所、マンハッタンの東123番通りってね。その白ワニが目撃された場所っていわれてるところなんだ」
リーズが端末にタッチすると地下下水道の白ワニに関するページが開かれる。
ホワイトアリゲーター社。地下の白ワニとそれに関連する住所。
「それからね、FOAFってフレンドオブフレンド。都市伝説で言う「友達の友達」っていう言葉の略語なんだ」
誰もが一瞬言葉を失った。
都市伝説そのものの用語。
リーズも眉をしかめて困った顔をしている。
「モロだわ、モロすぎる」
「でも解りやすくていいですよねえ」
「何のジョークだおい、白いワニ……」
「白なのに黒、か。冗談はともかく乗り込む目星は付いた」
納得する一同にリーズはさらにおずおずと追い討ちをかけた。
「それからね、エイトオクロック社なんだけど……
エイトオクロックってゼイリブって映画の原作名なんだ。
それで、この映画の制作費は400万ドルなんだよ」
エイトオクロック社の資本金と、同名の映画の同額の制作費。
パソコンに映画の情報が映し出される。
映画内で言われたメッセージが目に止まった。
「我々の暮らしている世界は人工的な仮眠状態にされています。
あるグループが信号が発信されているのを発見したのです。
彼らは抑圧的な社会を作り上げているのです。
彼らの目的は皆の意識をなくすことです。
彼らの目的は人々を欲に目をくらませ、物質主義者にしたてあげることです。
彼らは自分たちが生きるために我々を眠りこけさせ、欲に狂わせている。
我々は“奴隷”にされているのです」
映画のあらすじはわかりやすい。
実は地球はエイリアンに支配されていて政府の高官もエイリアンに成り代わっている。
メディアも支配され、人間たちは偽の現実の中で生かされていた。
そこにあるレジスタンスグループが一つのサングラスを開発する。
それはエイリアンの正体と彼らの発するサブリミナル的メッセージを見破れるものだった。
それを見ると平凡な看板にも、テレビにもエイリアンの洗脳メッセージが隠されていると解るのだ。
「命令に従え」「消費しろ」「考えるな」「眠っていろ」「権力に従え」etcetc……
その真実を見た主人公はエイリアンと戦っていく。
そんな映画だ。
ネオスはその映画が紹介されているウィペディアの項を見てただ黙ってしまった。
「……」
ジアはおずおずとネオスに聞く。
それだけネオスは苦い顔をしていたのだ。
「あの、この映画が何か?」
ネオスはジンを一息に飲むとつぶやくように言った。
「詰まる話、これが奴の煽動文だ」
コンコンとディスプレイをたたく。
「つまりだ…盛大なジョークって事だ、HALとマーリンのジジィのな」
「なっ、クサレジジィ、今度あったらぶちのめしてやる」
ネオスはぽつりと独白するかのように誰にともなくつぶやいた。
「確かに、私は掛け値なしに英雄といわれるような魔術師や異能者を見たこともある。
だが、私のような裏方にとってみれば確かに悪いジョークのようなものだったかもしれん
あるいは、HALにとってみてもな」
ネオスはいや、詮無いことかと首を振ると話を本筋に戻す。
「戦うこと以外何も知らない強化人間や人造人間に感情が発生し、その上でこのような文をぶつけられたら……どう感じる」
「確かに」
「そしてこれを仕組んだHALの思惑…これ以上考えまい、ふざけた話だ」
「そしてこの文章、真実を伝えるのにも使えるかな……盛大すぎるジョークだよ」
「あのぉ、そもそもモデルになったんじゃ…」
ふう、とネオスはため息をつく。
「あるいは、皮肉というか宣戦布告だろうな。
映画と同じように真実を暴露してやる……あいつの考えそうなことだ」
リーズは歌うように詩的な比喩を述べる。
「扇動された大衆は暴動を起こし、愚者はツケを払う、か……
英雄は言った「お前らを守ってやると」、道化師は言った「お前達は檻に入れられた英雄の愛玩動物でしかない、少しでも気に入らないことをしたら檻に戻す」と
民衆は英雄を嫌い、そして怒った、か……道化師の言葉に踊らされて
道化のやった行動は扇動、だが同時に真実を言ってもいる……」
凜太郎は額にぴしゃりと手を当てて感心したというような表情で笑う。
「なるほど、「may be yes may be no」あのジジィは最初から俺達に答えを言ってたんだよ
『そうであるかもしれないし、そうでないかもしれない』まったく食えねぇジジィだ、さすがは森の賢者マーリンだな」
「真実であり嘘でもある……魔術師の存在そのものだ」
「魔術師はそんな存在じゃない。守りたいものを守る」
オニキスがネオスの言葉を否定する。ネオスはオニキスに対しあえてそれを否定しない。
言っても無駄だと思っているのか、単に若いと思っているのか。
「だからオニキス、お前はその中間なのさ、まさに「may be yes may be no」そのものなのさ!」
凜太郎は面白がるようにまくし立てる。
「私は魔術師であり、魔術師じゃない」
ジアはしみじみと己の見解を述べる。
「私にしてみると、魔術師も普通人もあまり変わらないように思えますけどねぇ。どっちも酷くてどっちも優しい人ばかりです」
魔術師とは、異能者とは。
改めて向き合ってみると十人十色の答えが出てくるものだ。
オニキスは迷う。魔術師とは何か、自らは何者か。
「私は、私は……」
それは必死に自分なりに自分と折り合いをつける作業だった。
「どっちに転んでも人間は人間だ。知っている情報量に差異があるだけで、だが…その中間に立つ者はどう思い、どう動く?」
そうして、答えは出た。
「大声でいってやるよ、クソじじいに向かって」
オニキスはかっと目を開けさばさばとした表情で言い放った。
「私は……私だ、どんなことがあっても、"原初の魔女"でも"装甲板"でも私だ!!」
「装甲版?」
ジアが微妙な顔をする。
「否定しても、肯定しても私だから、こんな馬鹿げた茶番は止める!」
「わ、分かり易い…なんだか分からないですけど応援したくなります」
それはかつて彼女の遠縁の先祖である東城四葉の気迫に似たものだった。
「奴はエージェントである俺を玩んだ、故に報いを受ける必要がある」
「さて…この馬鹿げたショーに幕を下ろすか!道化師としてな!」
「舞台の役者はフィナーレを迎えないと終わらないからね」
一同の方向性は決まった。ならば行くのみだ。
彼らはその日の内に機上の人となった。
■
マンハッタン、東123通り。その一角にエイトオクロック社ビルがあった。
その社屋のまん前に椅子とテーブルを出してくつろいでいる老人がいる。
「よう、来てやったぜ喜劇作家」
深い海のように青いソフト帽とスーツをネクタイなしで着こなし、白いマフラーを巻いている。
顔は堀の深い顔に皺が深く刻まれている。目は鷹のように鋭い。
「こんにちは、またお会いしましたね。
私がHALです。貴方たちがここに来たということは、
全てのジョークを理解したということですね」
老人は立ち上がると優雅に一礼した。
「まったく面白いジョークだったぜ」
「よくもまあ弄んでくれたものだ」
「最悪のジョークだったわよ」
HALは皺深い顔で柔和な笑みを作ると静かに語り始める。
「ええ、最悪のジョークだったでしょう?LUXとはENDSとは、リゾームとはそういう存在でした」
若者の純粋さと老人の知性を湛えた青い瞳に僅かに愉悦の色が混じる。
「だから全てくだらない戯言にしてやりました」
そうして指を鳴らす。
「では、舞台を用意しましょう」
ギイイとビルが崩れていく。よく見ればただのベニヤに書かれた絵だ。
HALの魔術による幻惑がただの書割を高層ビルに見せかけていたのだ。
そしてビルは高さ20mほどの舞台になる。
舞台の土台は巨大なモニターに覆われ、舞台となる屋上にはカメラと音響機器がセットされている。
大音響でジョン・レノンのイマジンが鳴った。
「あの、一ついいですか?」
ジアが丁度朝食は何かとたずねるかのように気楽に聞いた。
「ええ」
「なぜここで一人待っていたんですか?」
HALはふむとうなずく。
「ああ、それはね……たどり着けたのがあなた方だけだったんですよ。
それと、私の計画はすでに止められない段階にあるので、私自身の生死にはそこまでこだわっていなかったのです」
それは彼の嘘にして真実だ。
彼も道半ばにして倒れるつもりは毛頭ない。
それは残ったものに責任を放り投げることに他ならないからだ。
だが、彼らはたどり着いてしまった。
ならば、それを利用するのみだ。
「喜劇作家が脚本を投げ捨てたって訳か!それがお前の最後のジョークか!」
「見せたいんですね、それを」
「異能者の活躍って奴を?厄介な人、でも最高のショーだわ」
「たった一人で挑むなんて、成功させたいのかそうじゃないのか……
自信のなせる技かそれとも、試しているんでしょうかね。自分の正義を」
ジアの言葉もまた外れではない。HAL自身も揺れているのだ。
そうして、オニキスの言葉がHALの無意識に閉じ込めた本音の一つを言い当てた。
「きっと、辛かったんでしょ。だから、おわらせて欲しいのよ」
道行く人々が立ち止まって何事かと目を見張る。
今魔術師たちの一言一句が巨大モニターに映し出されていた。
そうして、その映像がネット上にリアルタイムで流さている。
「俺たち異能者も普通人も、綺麗であり汚い存在さ!それを全てひっくるめて世界は生きている!
喜劇作家の寸劇程度で終わるかよ!」
凜太郎が吼える。それに対しHALは鷹のように鋭い目で静かに宣言する。
「そう、滅びはしない。滅ぼすのでなく改革するためなのですからね」
「でもあの人、滅ぼしたくないからこんなことやってるんでしょうねぇ。正義の味方さんですよ」
「でも、捕らえ方が違ったのね。本当、厄介な男、そんなんじゃもてないわよ」
そうして。今、最後の一人がHALの前に一歩踏み出した。
「……HAL 私は私の仕事をするだけだ」
ネオスはわずかにうつむき、その表情は見えない。
ただ自らがこれからやること、やるべきことを宣言した。
「私も、私の仕事をしただけです。仕分け人としてね。魔術師は、もう夜に仕分ける必要がない」
HALも同じように静かに返す。
仕分け屋と仕分け屋の護衛。かつての自分の姿と、自分の末路のような存在。
夢を語る老人と、夢を捨てた青年。彼らはかがみ写しのようだった。
「昼に出るには、私達は後ろめたいことが多すぎるのだよ。それがわからないお前ではなかったろうに……残念だ」
ネオスの口調は淡々と暗い。
それに対しHALは情熱と夢を言葉に混ぜ始める。
「それこそが欺瞞なんですよ。私は嫌というほどその後ろめたいことを知っていますよ。
隠されているからこそ繰り広げられたおぞましい人体実験、非道の数々をね!
それはもう隠していて良いものではない!!だからこそ私はどんな犠牲を払ってでも暴く!」
それは血を吐くような宣言だった。彼の矜持と覚悟を証明するためのものだった。
大して、ネオスはむしろ確認するかのように、諭すかのように言う。
自分でも信じていない、だが嘘ではない建前を。
「それを公表などせず、闇から闇に葬るのが仕分け人だ。そうだったろう?
それを光の中に出してどうする。起こるのは戦乱だけだ。大局を見ろデイドリーム(夢想家)・HAL。
そうすればもう少しまともな仕分けが出来ると思うぞ」
そう、起こるのは戦乱だけ、それはよくよくわかっていたことだった。
だが、HALにしてみればまだ足りない。
先見の明が、まだ足りないのだ。
「大局を見ろ……ははは、あなたがたがそれをいいますか悪いジョークだ」
「散々悪いジョークを起こしてきた貴様がそれを吐くのもどうかと思うがな」
HALには解っていた。この隠蔽による平和は薄氷の、欺瞞の平和だと。
このまま嘘に嘘を重ねてもいずれ破綻が来ると良く知っていたのだ。
「私は大局を見たうえで言っているのです。
どの道隠蔽も、社会も後数十年で破綻する。
それを延命させる唯一の道が魔術の公開です」
世界の危機は週間単位で迫る。異能者は増え続け、事件を起こし続ける。
それに対し世の中は情報化が進んでいる。
もはや隠せないし、隠している場合ではない。
ならばむしろ公表し、管理し、国を挙げて対策に当たったほうがいいのでは無いか。
もはや陰に隠れて活動するのは無理が出てきていた。
ネオスが舌打ちする。そうかもしれない、だがそうではないかもしれない。
彼に語ることは事実を積み重ねることだ。
「人外が、異能者が、そして普通人が同一存在となる世界が出来たとしてそれで平和になるとでも思っているのか」
HALは平然と返す。その目に映るのは狂気と、覚悟。
「ならないでしょうね。戦争になるでしょう。ですが、今の欺瞞に満ちた世界よりましです」
HALはいまやその枯れ果てた全身に魔力をめぐらせている。
まるで大樹か、今にも噴火する火口のようだった。
「その結果どうなる?起こるのは妖怪と異能者への差別だろう。
世界は貴様が期待するほど綺麗じゃない」
二人のエージェントはお互いの論理を戦わせる。
だがなぜだろう、こうして論を戦わせているうちにエージェントという存在でしかなかったネオスのうちに熱く湧き上がってくるものがあった。
あるいは、これもHALの術中なのだろうか。
「ええ、そうなるでしょうね、そのままでは。そこまで綺麗ごとは言いませんよ。
ですからいろいろと策をめぐらせました」
それはさまざまな準備が備えられているのだろう。
これからの混乱に対して。
だが、ネオスはそれでも自らに残った事実を言う。
「じゃあこう言おうか。今と違う世界が出来上がったとしよう。
それでもまた、人はあやまちを起こすのだ。人である故に!」
それはネオスの経験から来る真実だった。
「私は、その今と違う社会を出来上がらせるためにここに立っている!」
それは、HALの信念から来る真実だった。
「貴様の計画とやらは夢物語だ。貴様も夢に戻してやろう」
「ならば私は嘘に満ちた夢を壊し、新しい夢を紡ぎましょう」
今二人はエージェントでも仕分け屋でも魔術師でもなく、ただ一人の男として目の前の男と向き合った。
そうして、悟る。この男は越えるべき壁だと。
「どちらでもいいさ……紳士淑女に少年少女、並びに王子様に王女様、老いも若きも目を見張れ!最高のショータイムだ!」
そこに凜太郎が雄雄しく名乗りを上げる。
彼らの真実と事実をめぐる探求をひどくわかりやすいレベルに持ってくる男だ。
「俺の名は犬塚凛太郎!お前の望む半神半魔の存在だ!」
凜太郎の振るう刀から衝撃波が出て、巨大モニターの一面を壊した。
だがそれでもHALと彼の手下によってライブ配信までは止まらない。
「さあどうします?もはやリカバリーは効かない」
HALの挑発に対し魔術師たちは覚悟を決めたかのように平然と返す。
「大丈夫よ」
「そうですよね、この程度の人数なら記憶操作も容易ですし」
「いつものように、真実を覆い隠しますか?」
「隠しますよ。もう全ては隠せなくっても、最小限のところだけは」
「魔術師はもういないの、それはもう闇に葬られたのよ。歴史の影にね」
「それじゃ、隠しましょうか。正義も悪も全部。夜闇の魔法使いとはそういうものですよねぇ」
「何度死のうが蘇って暴こうとするのだろう。まるで墓荒らしだ。
それも極めて性質の悪い。
だが埋葬されなければならないものもあった。
俺達は強いて言えば墓守のような存在だ。だが……もはや、それも」
「全部、暖かい闇に隠されてお墓の中へ。そういうことです」
ハッと凜太郎が鼻で笑った。
「ゼイリブの話で喩えれば俺達は真実を消すエイリアンだ。なら悪役らしくしようじゃないか」
「えぇ!? あ、悪役なんですかぁ?」
「may be YES may be NO」
「真実を隠す悪役だろうさ?だが知ってるか?ヴィランってのは時々ヒーローよりかっこいいんだぜ!!」
凜太郎の少年のような笑顔にHALの深い狂気をたたえた笑みがぶつかる。
「ならば・・・まさしく貴方達は私の敵となった」
ふわりとHALが宙に浮かび上がり、舞台の上に立つ。
魔術師たちは彼の後を追い、舞台の近くを飛ぶ。
周囲の観客から驚きの声が上がった。
「貴方は私に必要ない、だから貴方を貫く!」
オニキスが力強く啖呵を切った。
「ほう……私はそう思わなかった。だから、私は暴く!」
HALも静かにその皺深い顔に闘志をにじませる。
「だから始めよう。この地球と言う名の墓を巡った最後であり、始まりでもある戦いを」
「さて、はじめましょうか!」
魔術師たちは空を飛びながら、あるいは駆けながら布陣につく。
「召還」
HALのひび割れた唇が呪文を紡ぐ。
「浅草16階の狼男!宝石持ちし夢追い人!わが夢に導かれ蘇れ!ヴォルフ・ヴェナンダンテ!」
それは、かつてHALが倒した男だった。
「絶海の孤島の孤独な吸血鬼、龍を従え龍に怯える我が同胞よ!天道鎌足!」
それは、友人たちが倒した敵であり、友だった。
「死した戦友の亡骸を使っているのか。それがお前の力か、HAL」
HALの開いた無数の黒い魔方陣から死者たちがあふれ出てくる。
彼らもまた空を飛びながら現在を生きる魔術師たちに襲い掛かる。
「いかにも。これだけの犠牲が出てきたんですよ。私は友の死を見すぎた……」
「その犠牲にして築き上げてきた平和を壊そうって言う人の台詞じゃないわね」
オニキスの魔法の光がきらめき、死者たちをなぎ倒す。
■
そうして、戦いが始まった。
「聖ジョージの龍殺しの息吹!」
吸血鬼が倒された。生前と同じく、龍殺しの技によって。
「哀れな狼男、いま開放してやる」
狼男が倒される。生前と同じく、刀技によって。
「さようなら、ウルファスさん、鎌足さん」
小さくどこかで聞こえた
<夢を見るものには気をつけろ……>
<ハルマン、夢を見るものはお前にはまぶしく写るかもしれない、だが……>
死者たちが冥府に帰るたびにHALに小さくつぶやいていく。
「これは、彼らの……」
それは彼らが生前にハルマンに告げた言葉。
夢に挑み、夢に破れていった者達が、今まさに夢に狂えるHALにかける言葉だった。
■
「さあ、もう護衛はいませんよ?」
「さて、そのくらいで私を倒したと思われても……」
HALの周囲に銀色にキラキラと輝く金属片が現れる。
「さて……これはなんということもないタングステン片ですが」
それは神の如き念動力だった。
雨のように周囲を隙間なく囲ったタングステン片がぴたりと浮かんでとまっている。
「私が飛ばせばこうなります」
そしてHALが腕を一振りするとタングステン片がHALを中心に円を描いて嵐のように吹きすさぶ。
「そもそもタングステン片はクラスター爆弾に使われるものでしてね。
音速の速さで雨のように降らせれば人体を血のしみに変えられるのですよ」
その暴威に魔術師たちは近づけない。
「そして、音速で飛ばせるのは何も武器だけではないわけでしてね」
HALの姿がぶれる。そして雷鳴のような音が鳴った。
空気を裂いて動くソニックブームの音だ。
HAL自身が音速で動き、それにタングステン片が追従しているのだ。
「やらせない!」
オニキスが結界を作り魔術師たちの周囲を防御する。
すさまじい掘削音が鳴り響きタングステン片が結界を削っていく。
「そうですか、でももう「遅い」ですよ。
万物に等しく力を与える時間よ!今ひと時我らの側につけ!
彼の時と我らの時を切り離せ!」
タングステン片がだんだんと目に見える速さになり、やがてはゆっくりとしたものとなる。
HAL自身も同じようにだんだんと動きが遅くなり、人に見える範囲の速さになる。
「これは、クロックダウン?」
「時間をほぼ止めてるのにまだ喋れるんですか。まあいいです、今がチャンスですよ!」
男たちがうなずき、武器を構えてHALに向かう。
「咲け!木乃花咲夜姫!HAL、これが貴様の見たかった鬼の力だ!」
「ほう、ならば。泣き叫べ、哭沢女」
凜太郎がHALに踊りかかり斬りかかる。
HALもまた剣をはためかせ受けに回る。
「虎伏!」
それは、祖父から伝わった技。
だがHALもまたまったく同じ技を使って見せた。
「英雄幻想、虎伏」
HALの振る刃に合わせて若きころの祖父の姿が重なって見える。
HALの老いた容姿が、記憶にある祖父と重なって見える。
「その剣筋、爺さんの物真似か。だから貴様は三流なんだ」
「ええ、貴方の祖父とは友人でした。何度も見せていただきましたよ。
ですから……その面影を再現することくらいできる」
幻影が明確な形を持ち、凜太郎と対峙する。
HALはその隙に大きく後ろに下がり幻影に戦わせる。
「そのあなたの祖父は私の作り出した幻ですが、
幻といえど切られれば痛みを感じますし、
痛めばそれは暗示となり貴方の肉体にダメージを与えます」
HALの暗示に対し凜太郎は鬼気を纏わせて吹き飛ばす。
「ほざけ!血を流さぬ鬼を誰が望むかよ!」
「それを変えに私は来たのですがね。しばし、祖父と戯れていなさい」
幻影の祖父と凜太郎は刀を交わす。
それは悲しいほどに幼き日々のあの剣筋と似ていて。
「ハッ!貴様の思いとハルマンの思い、爺さんの思いを履き違えるな!
こんなもんは、貴様の妄執だ!」
だからこそ、容易に斬る事ができた。
良く知っている太刀筋なのだから。
「現在に……過去が勝てるか!」
HALと凜太郎の刀が交差し、HALの腕が切断されて刀が落ちる。
「汝を罪から自由にされる主が聖霊の恩寵で汝を助け給うようにAMEN」
HALは倒されていく過去の幻影たちに祈りの言葉をかける。
それは同時に自らを守る呪文でもあった。
無数にばら撒かれたタングステン片一つ一つが護符となってHALを守る。
「法儀済み聖銀弾だ。貴様の言う聖霊の罰とやらを喰らえ」
だがその護符の動きは悲しいほどに遅く、常人の目にも見えるほどで。
その間を縫って銀弾を叩き付けることは人造人間であるネオスには難しいことではなかった。
「いやあ・・・まだ、まだ・・・このくらいでは倒れてあげませんよ」
HALは頭の上部を吹き飛ばされてそれでも立っている。
穴の開いた青い帽子がひらひらと宙を舞って、空の青に消えていく。
「HAL、これが貴様の暴こうとしていた力の一端だ」
「はは……ならば、たいしたことは、ない」
「そうか……ならば、後の者に任せようか」
ちらりと後方を見る。そこには呪文詠唱を完了したオニキスがいた。
「頼んだぞ、オニキス」
「ええ、もう休みなさい」
それは誰に向けていったものだったのか。
いずれにせよ、巨大な光の柱がHALに向かって迫った。
HALはもはや避けることもできず、自身に向かっていく滅びを待つのみだ。
「……長かった」
光の柱に焼かれながらHALはつぶやく。上半身と下半身がねじ切られ、
片腕に頭の半分を吹き飛ばされた上半身が宙を舞った。
「四葉さん・・・所長・・・・・・大悟さん・・・」
懐からタロットカードがこぼれ出て花吹雪のように舞う。
「ようやく……終われる」
HALの無数のタロットがひらひらと舞って、彼の顔にひらりと乗っかる。
札は「1番 魔術師」
彼は死の間際にして、ようやく政治家から一人の魔術師へと戻れたのだ。
「なが、かった……」
さらされたHALの残骸に内臓はなく、中にあるのは機械と歯車だった。
「だいご、さん……いま……うらないを……ああ、なにも、みえない……」
そうして、彼は過去へと帰っていく。輝かしかったあのころへ。
「あばよ、メイガス、もう…お休みだ」
「ええ、貴方はよくやったわ」
「……さらばだ、旧い仕分け屋」
そうして歯車が止まり、完全に死んだ
「お疲れ様、私の存在を認めて、私を見てくれなかった人」
「勘違いしたまま逝きやがった……俺は爺さんじゃねえ。
だがお前が信じた爺さんのように……雄々しく生きてやるよ」
空には無数のカードが舞っている。
それは天から降り注ぐ恩寵のように。雨のように。
世界中で確認された。
これこそがHALが死後に発動するように仕組んでいた魔術だったのだ。
「……託されたか」
ネオスは空中に舞うカードを1枚取り、見る。
「全てに祝福あれ、『世界』のカードね」
空を見るとヘリが舞っている。
彼らをカメラに写しているテレビクルーだ。
低くうなるローター音がこれから来る動乱を暗示しているかのようだった。
「……これからが忙しいのだろうな」
「まだやることは残っている。それを成して初めてこの戦いは終わる」
「とりあえず……あれを撒きつつ撤収といこうぜ」
オニキスにもカードが堕ちてくる。
そのカード見て、思わず笑みを浮かべる
「愚者」だ。
何者でもない、それが故に何者にもなれる。その暗示。
曲が変わり、歌詞がふと耳に入る。
『みんなゲームは終わった、武器を捨てよう・・・』
『彼らは違う生き物じゃない、覚えておいて、
私達と同じように宵闇の魔術師は楽しく生きている、そう、私達と同じように・・・』
暗示的な歌詞だった。あるいはそれこそがHALの希望するレクイエムだったのだろう。
「さて、撤収だ」
「ああ、俺達は『宵闇の魔法使い』伝説や御伽噺の世界の住人さ」
凜太郎はこきりと首を鳴らすと大きく跳ぶ。
ビルとビルの間を飛びながら消えていく。
「また会おう、ジア!ネオス!オニキス!この摩天楼の闇の何処かで!」
残された者たちもめいめいに撤収にかかる。
「目くらましはいるか?」
「目晦ましなら任せて」
「そうか、なら任せたぞ、オニキス」
「くくく、とっておきの魔法を使うときが来たわね」
オニキスが天高く空を突き上げるように掌を伸ばすと、光の束が広がっていく。
「んじゃ、ホーリースピア!」
非殺傷の光の柱が天を突き、光が収まった時にはもう彼らはいない。
彼らが去った後、1枚のカードが空に落ちるだけだった
No.21『The World』
それがクルクルと回りながら下に落ちていく
常に世界は流転する、完成するのは遥か未来かすぐそこか
それは神も魔も、そして、人間さえも知らない




