飲み会での裏情報 (1)
「いやぁ、福井先生にそんな過去があったとは思いませんでした」
なんでしゃべってしまったんだろうか? 同じ3年生を受け持つ先生たちに…。この日の夜、もうすぐ2学期が始まると言うことで、3年部の先生が集まって親睦会をしていた。
どうやら、磯辺と私のことを変に思う教員が多かったようで、話が自然とそっちの話となってしまった。田村先生の助け舟がなければ、完全にロリコン教師のレッテルを張られる所だった。
しかし、それでも疑う人がいたので、私が中3のときに味わったほろ苦い思い出を話した。そして、もし生徒に手を出そうものなら、昔の嫌な思い出がトラウマとして思い出されてつらいので、そんなことは絶対にしないと話したところであった。
本当はこんなこと話したくなかったのが、今はそんなことを言っている場合ではない。それにもし磯辺の問題が変な方向に進んだ際、事実をきちんと知っている人が多ければ多いほど、最悪の事態を免れると思ったからだ。
いつしか、話は「昔の恋愛のつらい思い出」を語るような内容になっていた。それにしても、どの先生方もそれなりにつらい経験をされているようで、ここぞと、ばかりに熱く語っておられた。
酒が入っているから語ることができるし、聞くことができるような内容であり、しらふではとてもではないがここにはいられない。ある人は「男に二股かけれられた」ことを思い出しながら、それで感極まったのか突然隣の人をぶん殴ろうとしたので慌てて止めに入った。
またある人は「忘れ物をして部屋に戻ったら、彼女が知らない男の情事を楽しんでいた」と自虐的な笑みを浮かべながら語り出して、周りはどうしていいか分からずに引いてしまったほどである。
教師が聖職だと思われた時代はとうの昔のことだ。今、教員をやっている人は教員になるまでに、すでにそれなりの経験を積んでいるものであると、改め思い知らされた。
「ところで福井さん、校長や教頭にはその話はしたんですか?」
やぶから棒に、土橋が尋ねてきた。彼は美術教員で学生時代、同じサークルにいた2つ下の後輩でもある。そのような経緯もあり、普段はお互いに「先生」と呼び合わない。
「いや、まだしてないよ。話すタイミングや話す雰囲気を考えないと変な疑いが自分に降り掛かるからな…」
「でも、早く話した方がいいですよ。さっきまで3年部の先生のほとんどが福井さんに疑いを持っていたじゃないですか? この調子だと他学年の先生方も変な疑いを持っている可能性が高いですよ。その上、それが校長や教頭に既に伝わっていたら、話はややこしくなりますよ」
確かに土橋の言う通りである。この状況からして、思った以上に問題が一人歩きしている。ここでぐずぐずしていれば、問題はさらに大きくなり、もはや教師を辞める所まで追い込まれるかもしれない。
「でも、管理職の連中は自分の出世のことしか考えてないから、知ったとしても、案外知らぬ存ぜぬでいるつもりじゃないかな…」
「何、馬鹿なことを言ってるのよ。彼らぐらいの年の男になるとね…もう、自分の保身のために手段を選ばなくなるの。身内だって平気で切るから。冗談抜きで…」
ここで突然、田村先生が割って入ってきた。どうやら、私達の話を聞いていたらしい。他の人々はさっきよりもトーンダウンしているものの、まだ恋愛話をしているようだ。
「2人は知らないかもしれないけど、校長は市教育委員会の教育長を狙っているし、教頭も早く校長になりたがっているからね。だから、校内で何かあれば、すぐに消しにかかると考えて間違いない」
さすが年配の先生は情報量が違う。田村先生だって、その気になれば教頭や校長を充分に狙える歳である。しかし、彼女は出世よりもいつも生徒と接している方が楽しいと思うような人である。常に「生涯現役」を口にしているのは伊達ではない。
「土橋君の言う通りよ。早く手を打ちましょう。そうですよね。大室先生」
ここで学年主任の大室先生がうなずいた。彼は数学の先生で普段からあまりしゃべらない。人の話を黙って聞く人である。そのかわり、一言一言にすごい重みがある。
「では、さっそく明日の学年会に校長と教頭を呼んだ上で、福井先生の身の潔白を証明して差し上げましょう。明日は夏休み最後の日だから、職員会議もあって全ての先生が集まる。ちょうどいいですな、なっ…」
不思議なもので大室先生が話し出すととたんに他の人は話をやめてしまう。これは子供とか大人とか関係なくである。寡黙な人ならではの不思議な魅力である。
そして、他の人を知らず知らずのうちに味方に付けてしまうのである。こんな人が敵だったら本当に恐ろしいことである。そのうち、夜も更けたと言うことでお開きになった。それぞれがあっという間に闇に散っていった。




