15年前、僕は○○高校に入学した(3)
思わず、「はあ?」とつぶやいてしまった。意味が分からない。僕に取って、Kは強くあって欲しかった。どんなにボロボロになっていたとしても、憧れの人なんだから…。
「確かに弱い自分や嫌な自分から逃げたいのはよく分かる。私もずっとそうだったから…。でも、逃げ続けることなんてできないと思う。いつかは向き合わないといけないときが来るよ。なんて言うかうまく説明できないけど、どんなに深い傷をおっても、どんなにつらいことや悲しいことがあっても、それでも前に進まないといけない。そうしないと、結局、何も始まらないし、何も解決しない。そう思わない?」
Kの言ったことは確かに正論だった。だから、私は何も言えなかった。だが、こんなときに正論は卑怯だと思う。それが正しければ正しいほど、反論ができなくなるからだ。
ときに正論は「言論の自由」すら奪う。前に進める人はそれでもいいだろう。でも、世の中には前にすら進めずに困っている人もたくさんいる。そんな人に対して、正論をふりかざすことは傷口に塩をすり込むようなものである。
逆走してもいいし、逃げたっていいと思う。ずっと立ち止まったっていいと思う。それを他人のせいにさえしなければ、何でもありだと思う。
時間が進む限り、何を選んでも時間を止めることはできないのだから…。地球にいる全てのものは、常に時間によって押し出されようとしている。
だから、逃走しても何かが始まるし何かが解決する。逃げたとしても何かが始まるし何かが解決する。立ち止まったとしても何かが始まるし何かが解決する。それをうまく言葉にできないのが本当に残念だ。
「あっ、急に変な話をしてごめんね。意味分からんよね。なんかさ、すごく悔しいんだよ。でも、今はひたすら耐えるしかない。なんで変な所で立ち止まったんだろうね…。私…」
どうやら、彼女は私や他の○○高校の連中に対して強い嫉妬を感じているようだ。憧れの人からうらやまれる日が来るとは思いもしなかった。
今の彼女にそんなことしないでくれ…と言っても、きっと聞き入れてくれないだろうな…。僕の中で最後の砦が音を立てて崩れていく。
「そんなに悔しいなら、見返してやればいいじゃん。人生って見返したり、見返されたり、追い越したり、追い越されたりの連続なんだよ」
こう言うのが精一杯だった。もはや、会話として成立していない。もう、夕日も完全に沈んだ。こんなはずじゃなかったけど、仕方ない。これが今の二人の現状なんだから…。
まだ右足首の痛みは引いていなかったけど、私は立ち上がった。彼女も立ち上がった。そして、お互いに「じゃあね」と声をかけて、それぞれの家へと帰った。
結局、僕らは中三の頃と何も変わっていなかった。高校に入ってすごく成長したように思えたのは、心の錯覚に過ぎなかったのである。
それなりに困難に直面して、それなりに立ち向かってきたはずなのに…。本当はただ逃げていただけだったのかもしれない。Kも私も…。




