緊急連絡(2)
校長の判断は極めて常識的だったにも関わらず、他の教員から、「彼女はもう中学校を卒業しているのにどうして?」とか、「死んでしまったならともかく、生きているんでしょう?」とか、「そこまで世間体を気にする必要はない」などの反論が出た。
そのため、職員室は騒然となった。しかし、彼女は卒業しているとしても法律上三月末まではこの中学校の生徒だ。それに彼女が生きていると言ってもまだ予断を許さない。
このような仕事をしている以上、世間体を気にしないわけにもいかない。そして、話し合いの末に、送別会は延期することとなった。ただし、磯辺が元気になるまで、送別会はしないことで何とか意見がまとまった。
その後、三年部の先生たちは校長に呼ばれて、校長室でまた別の話をした。校長は
「何かいつもと違った様子はなかったか?」とか
「何が原因で彼女は自殺を選んだのか?」とか
と聞いてきた。しかし、そんなことが分かる人は誰もいるはずもなかった。校長室にいた誰もが思っただろう。
「もし、その答えを知っている人がいたら、私が教えて欲しい」と。
翌日、磯辺の意識が戻り、もう命に別状はないとご両親から連絡があったらしい。週末は学校に誰も教員がいないので、田村先生が直接連絡を受けることになっていた。
そして、早速田村先生がお見舞いに行ってきたところ、思った以上に元気だったらしい。しかし、まだ安心はできなかった。何が原因で彼女が自殺に駆り立てたかは、全く分からないからだ。まだ医者から、その質問だけはしないように止められたと田村先生はおっしゃっていた。
月曜には磯辺が退院した。彼女が睡眠薬を飲んでからすぐに発見されて、あまり薬が体内に吸収されなかったことが幸いした。その日、磯辺が親と一緒に学校に来た。
自殺未遂の件について謝りにきたとのことだった。それについては校長と教頭、田村先生が応対した。それぞれ、思うところはあったはずだが、本人を前にしては「一命を取り留めてよかった」としか言うことができなかったようである。
その後、土橋と私も校長室に呼び出された。本人が迷惑をかけた先生たちに謝りたいと言ったらしい。それと手紙が、土橋と私に渡された。本来であれば、「遺書」となるはずだったものである。
こんなものを渡されても困ると思い、二人とも一度は彼女に返そうとした。しかし、彼女がぜひ受け取って欲しいと言うので、しぶしぶと受け取った。おもわず、土橋と顔を見合わせてしまった。
私もかなり困ったが、彼もかなり困っているようだった。それを見て、田村先生が私たちを目で制した。
磯辺は自殺をしようとしたことで、たくさんの人を悲しませたこと、これだけたくさんの人が自分のことを思ってくれていることなどに、改めて気付いたと言っていた。そして、今回の件は幸いにも公になっておらず、高校進学に影響しなかった。
翌日、火曜には延期されていた職員の送別会が行われた。一時は送別会そのものが中止されてそうだったが、磯辺が元気になったおかげで、何とか実施された。
この日までに年度末や年度始めのために必要な会議や準備はだいたい終わった。26日ぐらいから転出・退職する教員たちは年休を取って、異動のための準備をする。
私の場合、ここから車で3時間ほどかかる場所へ移るので、引っ越しする必要もあり、とても大変であった。それでも、もうこの学校から…磯辺から…離れることができるのが何よりもうれしかった。もう、こんな思いをするのは本当にこりごりだった。




