内示発令(2)
毎年のことだが、中には異動希望を出していないのに異動扱いになる人が出る。それは退職者の空きを埋めたり、校長採用・教頭昇任、初任者の再配置をしたりなど事務手続き上、必ず動かさないといけない場所が多いためである。
そのため、異動希望者だけでは間に合わないためである。また、最近は管理職希望降格制度も導入されたため、校長や教頭の一般教員への降格希望者もいて、一層手続きがややこしくなっているらしい。
また、私のようにまだ現場でバリバリ働く年代なのに、学級崩壊・いじめ・自身のストレスなどで現場を離れて、教育行政職への出向を希望する人も多いらしい。内示をうけるときに校長がそんなことを言っていた。
一応、異動希望を出していない人のために拒否権も与えられているが、あってないようなものである。よほどの理由がない限り、異動拒否は認められていないので、内示が出た時点でほぼ決まっているようなものである。組織と言うのは本当に融通が利かない。
しかし、そうは言っても私は一応希望通りの異動ができることになったわけだから、それはよかった。あと二〇日もすれば、私はこの学校から離れることができる。
本当に長かった。八月からずっと綱渡りの連続だったように思えた。それも、もうすぐ終わると考えるとかなり楽になれる。磯辺のことを考えれば、これが最上策に違いない。
今はこの仕事が本当にやりたい仕事だったのか、それすらもまったく分からない。だから、私は一度現場を離れることを選んだ。一度、離れてみないと分からないことだって、世の中にはたくさんあると思う。
その世界にどっぷりと浸かっていては絶対に見えないものも、一度距離を置くことで見えるようになるのである。そう思えたからこそ、私は一度離れることを選んだ。その結果、何が新しく見えるのかはまったく検討もつかないけど、新しく見えるものに将来をゆだねようと思った。
塾長、私は果たして「できない子のための先生」になれていますか? 私は自分の心に問う。十五年前、塾長の嘘偽りのない思いを聞き、私は教育の道へと進んだ。
しかし、実際は日々の仕事に追われて、「できる子のための先生」に成り下がっているのではないか。いや、もしかしたら、それすらもできていないかもしれないな…。
試験終了のチャイムが鳴った。これで高校入試の全てが終わり、生徒は受験から解放されることになる。外に出て、試験が終わった後の生徒を見送った。毎年のことながら、生徒の顔は今まで一番清々しい顔をしていた。
何か重大なことから解放された後と言うのは、こんなにも心が軽く、足取りも軽やかになるものなのか。そう思えるぐらい、受験日の朝は生徒の顔が不安そうで、足取りもとても重いものであった。十五年前の私だってきっとそうだったに違いない。
あれから十五年で私は一体何を学んで、何を子ども達に教えて来たのだろうか? 確かに知識は伝えることができただろうけど、それより大切なことは何一つ教えることができなかったような気がする。この子ども達は十五年後に何を思うだろうか?




