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15年前の特待生合格(3)

「でも、不安なんです。僕は夏休みまで勉強が全くダメで成績もすごく悪かったのに、二学期から急に成績が上がりました。確かにたくさん勉強しました。でも、そんなにうまくいくものなんですか? 何か怖いんです。今、夢の中にいるようで…。あるとき、突然また勉強できなかった頃の自分に戻って、何もできなくなるんじゃないかとすごく不安になるんです」


 試しに、今、僕が不安に感じていることを全て伝えることにした。これは他の人には伝えていない。こんな気持ち、誰にも分かってもらえないと思ったからである。でも、もしかしたら塾長なら分かってくれるかもしれないと言う期待が、少しだけあったからである。


 塾長は笑うこともからかうこともなくしばらく黙っていた。何を言おうか必死になって考えているようであった。


「昔、私も勉強できなかった。少なくても中学二年生まではまったくダメだった。でも、このままじゃいけないと思い、三年になってから必死に勉強した。そして、県内で一番と呼ばれていた高校に入学した」


 僕は驚いた。まさか、塾長にそんな過去があったとは…。それこそ、今の自分と重なる部分がある。もしかして、塾長は僕に思いを重ねていたのかもしれない。塾長の話は続く。


「いい高校に入ったおかげで、それまでの悪い自分を捨てて、生まれ変われたような気がした。そして、国立大を出て、しばらく塾講師をやった。そこで一人でも多くの人の人生を変えてやろうと思った。でも、そこでは自分の思い通りにならないことも多かったから、三三のときに自分で塾を開いて、自分の思い描いた教育をやろうと思った」


 塾長にとって、この塾は…いや、教育とは塾長の人生そのものだと、今の私になら分かる。しかし、当時の僕には塾長の話はよく分からなかった。


「『できる子のための先生』になる人はたくさんいるけど、『できない子のための先生』になろうとする人はなかなかいない。だから、私はできない子のための先生になろうと決めたんだ。自分自身ができない子だったから…。もし、高校のときに受験に失敗していたら、悪い自分を引きずってしまって、今とはまったく違った人生を歩んでいただろう」


 ここで塾長はつばを飲み込んで、一段落した。私も大きな息をふーっと吐いた。そして、話は続く。


「私も中三のときに君のような不安や心配をしたから、よくわかる。でも、それに引きずられて○○高校に落ちるようなことがあれば、君は一生悪い自分に引きずられるだろう。今こそ、悪い自分や弱い自分を断ち切って、生まれ変わる時なんだよ。そのために○○高合格へ向かって頑張ろう。今の君ならきっとできる。そう思ったから、私は去年末の広告に福井君を使ったんだ。君は三〇年前の私を思い起こさせる存在なんだ」


 このときの塾長の言葉は私の心に深く深く染み渡った。こんなに力強く人に励まされたのは生まれて初めてだったかもしれない。


 もしかしたら、塾長は高校に合格して欲しい一心で、私にこんな昔話をしてくれたのかもしれないが、そんな軽い気持ちではこんなことを話さないだろう。この話を聞いたことがきっかけとなり、私は後に教育に興味を持つようになった。


 やがて、中学校社会の教員となるのである。世の中、何をきっかけにして、将来を決めるかなんて本当に分からないものである。もし、あの日、塾ではなく図書館で自習していたら、今の自分はなかったかもしれない。

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