大室先生の告白(3)
本当に言いたくなかったことを、自分に逆らって言葉にしたときの何とも言えない嫌な気持ちが突然胸に広がった。
そこまでして彼が何を伝えようとしているのか、それを必死で考えることにした。二人の間には声を押し殺して泣く声がしんみりと響いていた。しかし、まわりはとてもうるさくて、それはよほど注意しないと気付かないほどのものであった。
「例えば、教師と生徒が付き合って、別れ話がこじれてしまったために、生徒が自殺したら、その教師はもう二度と社会的に立ち直れないほどの制裁を受けるでしょう。それなのに、教師が自殺しても、生徒は一切責められることはない。こんなのおかしいでしょう? そう思うと、もうこの仕事が嫌になって、三一のときに高校教師を辞めた。もう、この世界には戻らんぞ…と思ってね」
確かにそんなことがあれば、誰もがそう思うだろう。しかし、実際はそうはならなかったから、山室先生は今も教員を続けている訳だ。話は更に続く…。
「そして、しばらく民間の仕事を点々としていたよ。でも、三〇過ぎてから急に民間で仕事を始めても、うまくいくはずもなかった。それで三五のときに母が倒れたのをきっかけにして、こっちに戻ってきて再び教職に就いた。今度は中学校で働くことにした。中学校なら、そんなことないだろうって…。そう思って二〇年間しぶしぶ働いてきた。それなのに…」
時計は一一時半を過ぎていた。確か八時半過ぎにここに入ったはずだから、もうかれこれ3時間ほどいることになる。先生が泣き出してから三〇分ほど沈黙が続いた。
そして、やっと沈黙が破られた。私は何も言えずにひたすら黙って聞いていた。すると「それなのに…」と言ったきり、また黙り込んでしまったのだ。
「それなのに…」は私に向けられた言葉で、私のせいで思い出したくないことを、再び思い出したことを責めているようでもあった。ときおり、私に向けられる目に責める力が込められているように感じられた。
「でも、君を責めても仕方ない。この先、このことがどう転ぶか分からないけど、どんな結末になろうとも君は死んではいけない。それだけは分かって欲しい」
「分かりました。それだけはしっかり肝に銘じておきます。さて、そろそろ帰りましょう。もうすぐ午前様になりますよ」
「ああ、そうだな。大将、お勘定を頼む!」
私が財布を出そうとしたら、先生はそれを手で制して、「今日は俺が誘ったから、俺のおごりだ」と言って全部出してくれたのであった。なので、一層申し訳ない気持ちになった。
「今日は貴重なお話をして下さった上に、飲み代まで出して頂き、本当にありがとうございました」
店を出る間際に、私はもう一度お礼を言った。この不思議で奇妙な夜を作り上げた大室先生とは学校では会えないと思うと少し悲しくすら思えたぐらいだ。
「いいってことですよ。今日は私も楽しかった。何より話せたことで、心が少し楽になりました」
そう言って、大室先生は頼んでいた代行で帰って行った。私も代行を頼んで家路についた。




