一通の手紙(2)
翌日、田村先生に例の手紙を見せた。なるべく、こっそりと見せたかったので、放課後、生徒がいなくなるまで待たなくてはいけなかった。
放課後、教室に誰一人生徒がいないことを確認した後、田村先生の教室に入った。
「お忙しいところ、申し訳ありません。実は例の件で動きがあったものですから…」
私は大変恐縮していることをアピールしながら入った。それに気付いた田村先生は「今さら余計な気を使うこともないでしょう」と笑いながら応じてくれた。
「で、何があったのよ」
「実は昨日、私の靴箱の中にこんな物がありまして…。どうやら、磯辺が書いたようなんですよ」
田村先生に手紙を渡すと、彼女はしげしげとそれを眺めていた。読み終わると、私を見ながら言った。
「確かに磯辺の字ね」
私は黙ってうなずいた。磯辺が書いた物だってことはもう分かっていた。でも、不安だったから、磯辺の担任である田村先生にも見せて、これが磯辺の字であるという承認をしてもらいたかったのである。
「コピーを取ってもいいかしら?」
意外な展開であったが、私は「はい」とうなずいた。しかし、わざわざコピーを取らなくてもいいのにと思っていたのが、顔に出ていたようである。
「本当は重要な証拠として、この手紙をもらいたいけど、そう言うわけにもいかないでしょう。一応、クラス担任として、せめてコピーを手元においておきたいのよ」
そう言って田村先生は印刷室へ向かい出したので、私も一緒についていった。そして、コピーを終えた後、ようやく手紙が返された。
「そう言えば、明日は学年会だったね。そこでこの手紙を他の先生にも見てもらって、そこで今後どのように対応するか決めましょう。もう、私の一存ではどうこうできる問題ではないと思う」
私は内心がっかりしていた。てっきり、田村先生のことだから、自分の受け持ちクラスの生徒のことは自分で判断を下すと思っていたからだ。さすがのベテランでもこのような場面では慎重にならざるを得ないと言うことか。
「とりあえず、明日、磯辺と話してもいいですか? この手紙を書いたのは磯辺にほぼ間違いないと思いますが、やはり、本当に本人が書いたのか確認しないといけないと思うのですが…」
田村先生はしばらく考えたようだったが、それぐらいはいいだろうと許可してくれた。ただし、社会科準備室には呼び出してはいけないとのことだった。
「やっぱり、これは磯辺、君が書いたものなんだね」
「はい、私が書きました。先生、ごめんなさい」
別に謝らなくてもいいと思ったが、何も言わなかった。昼休み、事務室に磯辺を呼び出して、この手紙を本当に書いたのかどうか確認した。
別に確認しなくても筆跡で分かっていたし、田村先生も磯辺が書いた物に間違いないとおっしゃっていた。でも、あえて確認したかった。
「先生こそ、今まで申し訳なかったね。でも、先生の苦しい立場も分かって欲しい…」
磯辺は黙って聞いているだけだった。彼女が今何を思い、何を感じているのか、私には全く分からなかった。しきりの横では事務職員が昼休みにも関わらず、せわしなく仕事をしていた。
「もう二度と、先生に迷惑をかけないようにします。本当にごめんなさい。だから…、だから…」
「わかった。もう、君に対して、特別な対応をしないと約束する」
磯辺にそう言うと、彼女は笑顔になった。彼女が言いたくても言い出せなかったことが、何となく分かっていたから、私はその言葉を引き取って約束をした。
本当はこの日の放課後にある学年会までそう言った約束をしてはいけないのだろうけど、今の彼女の置かれた立場を考えれば、これぐらい…してもいいだろうと思ったのであった。
夕方の学年会では思った通り、磯辺に対する特別な配慮をするのはもう止めていいと言うことになった。手紙に書いてあることが本当なら、もう特別な配慮をするのは彼女を苦しめるだけだと言う結論が出たのだ。
ただし、学年主任の大室先生は他の先生と違って、最後まで慎重な姿勢を崩さなかった。珍しく何度も
「このようなことは慎重に慎重を重ねるべきです。こんな手紙に惑わされてはいけません」
と、言っていた。他の先生が賛同しそうにないことにも関わらず、それでも自説を押し通そうするなんて、いつもの大室先生なら考えられないことであった。
そこで一応学年主任だし、珍しく強く出てきた大室先生にも一定の配慮をして、「何か問題があると感じられた際には、直ちに磯辺に対して特別な配慮をする」と言う条件を付けることで折り合いを付けた。
それでもこの一通の手紙に対して、どの先生も何らかの期待をしていることは確かであった。




