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第4章-第28社 評定結果

「ただいまー。はー、疲れた……」


 無事に小春を送り届けて寮に戻ってきた秋葉は、荷物を降ろしに部屋の奥へと進む。すると、既に帰っていた悠がおもむろに歩み寄って来た。悠はそのまますっぽり秋葉の胸に収まり、体重を預ける。


 突然のことに固まった秋葉は、すすり泣く声が聞こえてふと視線を降ろす。


「うっぐ……えっぐ……秋葉ぁ」

「えっ⁉ ちょっと? 悠どうしたの?」


 帰ってきて早々悠が泣いているのを目にし、ぎょっと動揺しながらも彼女の背中に手を回す。驚きながらも秋葉は優しく声をかけてやる。


「なかなか帰って来ないから死んじゃったかと思ったぁ……!」

「うえええ⁉ いやまぁ、確かに死にかけはしたけどさ……」


 嘆く悠に思わず声を上げる。お腹貫かれてそのまま祓ってたら意識失って生死の境をさまよったけども……。


 と、どこか他人事のように昨夜のことを思い返す。


「って、なんで知ってるの?」

「任務で怪我したから白澪に治して貰ってたんだけど、その最中に学園長が来て秋葉が大変だって言ってて……それで……」

 

 何故、任務に同行していない悠がそのことを知っているのかと疑問に思ったけど、なるほどそういうことか。そう納得した秋葉は、慰めるようにして悠の背中をポンポンと優しく叩く。


「別に大丈夫だって! ほら! もうこの通り治ってるし! だから安心しなって! ね?」

「うん……」


 悠の肩に手を置いて距離を取り、ぐるっとその場で一周する。未だに不安そうに目に涙を溜める悠を元気づけるかのように明るい声で言うと、彼女は指で涙をぬぐい始める。


「ほらほらお昼から学校だし、早く準備するよ~」


 そう言って秋葉は悠の背中を押して、部屋まで誘導するのだった。

 

 ◇◆◇◆

 

「あ、来た来た! あたしんとこ合格したよ!」

「おめでとう~! 良かったじゃん!」


 任務結果の評定を受けるために織部の待つ演習場内の談話室へと入った秋葉は、笑顔で報告書を指差して言ってきた悠に声をかける。


(ついさっきまで大泣きしてたのにもう立ち直ってる……)


 悠の立ち直りの速さに呆気にとられながらも、秋葉は熾蓮、薫、樹の三人と共に談話室に設置された椅子へと腰かける。


 個室には、秋葉たち四人に織部と悠の他にこの班の治療を担当したということで白澪も同席している。織部は任務結果の書かれた黒いファイルを手にして入って来た四人へ顔を向ける。


「ほな、今回の任務結果の発表すんで」


 任務の評定結果は全部で高い順からS、A、B、C、Dの五段階で構成される。それに応じて報酬の金額が増減しする仕組みになっている。S評価は任務達成度九十%以上され、なかなかもらえるものではない。


 こちらとしては、生活費並びに神社の運営費がかかっているので基準となるB以上を取りたいところだ。目を瞑った秋葉は祈るように両手を組んで結果を待つ。


「――結果は文句なしのAや。お前らほんまよう頑張ったな」

「うおおおおお~!」


 織部が告げた瞬間、談話室に秋葉たち四人の歓声が響き渡った。嬉しさのあまりガッツポーズをした秋葉は、隣に座っていた薫と抱きしめ合う。


(これで当分は生きていける……!)


 秋葉は、A評価を取れたことにこれでもかと拳を握りしめた。


「正直、ここ数年見てきた中でもこの肆(よん)班の任務は一番過酷なもんやった。けど、取り憑いてたやつを祓って、全員生還。その上で最後にはあの子の願いも叶えて弔ってやることができた。こら凄いことやで」


 織部に褒められたことで更に感極まったのか、これでもかとみんなの口角が上がる。班長になった時は本当に無事に成し遂げられるのだろうかと不安だったが、頑張って良かった。


 そう幸福感で胸が満たされていると、織部は釘を刺すようにしてこう言った。


「やけど、公共のもん壊しすぎとちゃうかいうことで、Sはあげられんかったようや。祓うのに集中するんはええけど、もう少し周り見て行動しいや」

「はーい」


 織部が注意すれば、秋葉たちは任務結果に満足したのか、気の抜けたように間延びした返事をする。


 ふと織部も公共物破壊に加担していたのではないかと頭によぎるが、突っ込むのは止めておこう。何事もやりすぎには注意だ。そう胸に刻んでおく。


「報酬となる金銭は、もう各々の口座に振り込んどいてあるからまた確認しといてな」


 報酬の話が出た途端、秋葉の目が輝く。どのぐらい振り込まれているのだろうかと早くATMまで走りたい欲に駆られるが、まだ授業が終わったわけではないので我慢我慢と必死に自制する。


「最後になんか質問あるか?」


 織部が投げかければ、少しの沈黙の後、樹がすっと手を挙げた。


「はい、樹」


 一体、何を話すのだろうと興味津々な目で樹の方を見る。班長としての出来が悪かったとか言われたら凹むな……などと思っていると、樹が口を開く。


「……織部先生。今回の戦いで秋葉ばかりが狙われていたのは何故です?」


 彼の言葉に場の空気が一変した。さっきまで賑やかだった空気一気にピリつき、秋葉と熾蓮の顔が強張る。織部もそれとなく悟られないように平常心を保っているが、その表情は硬い。


「学園襲撃の時も秋葉たちが閉鎖空間で烈級祟魔二体と戦ってたし、合流した時も織部先生、真っ先に秋葉の身を案じてた」

「言われて見れば確かに」


 薫は樹の話に同意するとともにこう続けた。


「それに今回だって追撃の数はもちろん、隠札の効力はまだ切れてないのにもかからわず秋葉が負傷してたし、川に引きずり込む際も秋葉だけを狙ってた。普通の祟魔なら見境なくわたしたち全員を狙うはずだよね?」

「治療していたけど、腹部貫通、背骨の損傷だけじゃなくて引っ張られた跡と傷まで残ってた。それに比べて、他の三人は中傷止まり。いくら秋葉がどんくさかったとしてもおかしいわ」


(どんくさいは余計じゃないかなぁ……)


 思わぬところで白澪からのダメージを喰らい、秋葉は眉を下げる。だが、薄々狙われているなと感じていたし、終始、祟魔からヒリヒリした視線を向けられていたのでもしかしたらとは思っていた。


 樹から指摘された以上、逃げることはできない。織部はどう答えるのだろうか。秋葉はもちろん熾蓮や悠も固唾を飲んで見守る。と、織部はどこか諦めたように息をついた。


「しゃーない、この際や。三人にも話通しといた方がええやろう」


 織部はそう口にすると、熾蓮へと視線を向ける。


「熾蓮、ええか?」

「衆の方から既に許可は下りてるさかい大丈夫ですよ」


 いつでもその言葉を待っていたかのように熾蓮は言った。


「秋葉と悠もそれでええな?」

「はい」

「お願いします」


 悠に続いて秋葉も強く頷く。三人の同意を得たところで、織部は去年のクリスマスから今日までに起こったことを話し始めた。


『数年の後、この国は災厄に見舞われる。その災厄を防ぐ鍵となるのは北桜家の少女』という予言のこと、秋葉を排除しようと祟魔が動いていることを伝え、三人がしっかり飲み込んだことを確認した織部は話を続ける。


「ほんで、これまでに秋葉はこっちで確認できただけでも計五回祟魔から命を狙われとる」

「噓でしょ……」

「そんなにかよ……」

「五回って、まだ入学してから一か月も経ってないじゃない」


 織部の言葉に薫、樹、白澪が唖然とする。一つ目はクリスマスイブに嵐山の山中で、二つ目はその翌日に学校の校舎で、三つ目は入学式前日の寮の中、四つ目は一昨日の試験中の襲撃、そして今回の任務というわけだ。


 一月から三月にかけて入学前の稽古と称して愛宕衆の庇護下にいなければもっと狙われていたことだろう。


「それにしても忍びだっていうのは知ってたが、秋葉の護衛だったとはな」

「今まで黙っててすまんな」


 呆然とした口調で話す樹に熾蓮は苦笑しながら謝る。


「なるほどね。だからやけに秋葉に過保護だったんだ」

「それは言わんでええ!」


 薫が納得したように人差し指を立てて呟くと、恥ずかしそうに頬を赤く染めた熾蓮がツッコむ。学園に入学してからはもちろん、中学の頃も何かあるたびに傍にいたことを思い出す。


 事情を明かされるまではどうしてだろうと疑問に思っていたし、元から距離は近く、そこまで気にするものでもなかったのでスルーしていた。だがそう言われて見れば、確かに過保護で心配性だなと今更ながらに思う。


「せやけど、今回みたいなことがまた起こらんとも限らへん」

「今回、みたいなこと……」


 織部の話を耳にした秋葉はゆっくりと顔を下に向ける。祟魔に腹部を貫かれた時のことが脳裏にチラつき、徐々に顔が強張っていく。


「秋葉……?」


 異変に気付いた熾蓮が眉を寄せて呟く。と、ゾッとするような悪寒が秋葉の身を襲い、言い知れぬモヤモヤとした違和感がぐるぐると胸の奥底で渦巻く。


 これと似たようなものを昨日祟魔に殺されかけた時、試験での襲撃で致命傷を負いそうになった時、寮室で呪物を発見した時、あるいはもっと前からずっと感じていたのかもしれない。今までこれが何か分からなかった。けれど、今やっとその正体が分かった。


「あぁ、そっか……自分、死ぬのが怖かったんだ……」


 声を震わせて口にするとともに目の奥がツンと熱くなって視界がボヤけていく。秋葉の目尻から一筋の涙が零れた瞬間、歯をギリッと噛み締めた熾蓮が彼女を強く抱きしめる。それを皮切りに涙腺が決壊し、一気に涙が溢れ出した。


「う゛あああああ……! 死ぬの怖いぃぃ……! 死にたくな゛いっ……!」


 今まで抱えていたものが全部大粒の涙となってとめどなく流れていく。嗚咽を漏らしながら泣く秋葉の頭を薫がポンポンと優しく撫で、寄ってきた悠が彼女の背中を擦った。それに安心してか秋葉の目から更に雫が溢れる。


 部屋中に響き渡る慟哭に傍で見ていた樹や白澪、織部も何故この子なのだろうと悔しさをにじませていた。

 

 そうしてみんなに囲まれながら涙を流すこと数分。泣き止んだのを見計らった織部が、そっと口を開いた。


「代報者としてやってく以上、死とは常に隣りあわせや。これは秋葉だけの問題とちゃう。誰にでも死は降りかかるもんや。ほんの数秒前まで笑っとったやつが、次の瞬間死んでる可能性やって十分ある。それは全員よう覚えとき」


 織部が真剣な表情で言うと、秋葉を含めたみんなは強く頷いた。


「その上で訊く。今回の任務を通してお前らはこれから先、どうする?」


 そう織部からの質問に、秋葉たちは意表を突かれたように口を閉ざす。どうするか問われ、秋葉は視線を下ろして考える。


 今回の任務は成功に終わったものの、それは熾蓮や薫、樹、織部の手助けがあったからできたことであり、エルと白澪が来てくれなければ自分はこうしてここにいることはなかっただろう。


 また次に同じようなことが起こっても、確実に助かるなんて保証はないし、狙われているのが秋葉だけとは限らない。


 それに今回の依頼の行方不明者だって全員を救うことはできなかった。もっと早くに気づいていれば、より多くの人を助けることができたかもしれない。次にそうならないようにするにはどうするか。


 少しでも全員生還できる確率を上げて、任務を成功させて犠牲者を無くすようにする方法は何か。みんなが各々思案していたその時――。


「……強くなりたいです」


 俯いていた秋葉が拳を握りしめながら言えば、周りにいたみんなが彼女へ視線を移す。と、秋葉は思い切ったように顔を上げてこう口にした。


「生きるために、仲間を、みんなを守るために今まで以上にもっと強くなりたいですっ!」


 秋葉は強い眼差しで織部を見ながら言い切った。彼女の言葉に続くように熾蓮、悠、薫、樹、白澪の五人も賛同する。


「ほうか。やったら、次やるべきことはもう分かるな?」

「……はいっ!」


 織部が口元を緩めて問うた直後、秋葉たち六人は一斉にやる気に満ち溢れた返事をし、談話室を出て行った。

 

 ◇◆◇◆


 秋葉たちは織部へ一礼した後、真っ先に模擬演習ルームへと向かった。


「って、もうみんな集まってるし……」


 秋葉は目の前に広がる光景を見て、思わず呆然とする。模擬演習ルームには既に評定結果を聞き終えたクラスメイトたちがおり、皆それぞれ次に向けての稽古をしていた。


「みんな考えることは同じってわけか」


 腰に手を当てた樹はやれやれといった風に小さく溜息を吐くと、前へ歩みを進める。


「よーし! やるぞー!」

「やるのは良いけど、まだ完全復帰って訳じゃないんだからほどほどにね~」


 薫と白澪も樹に続いて駆け出した。その様子を傍から見ていると、後ろから来た悠に肩を叩かれる。


「ほら、あたしらも行くよ~!」

「昨日で祟魔の強さがどんぐらいか分かったから、試すにはちょうどええ機会やしな」

「うん、そうだね」


 悠と熾蓮の話に秋葉は笑みを浮かべて応じる。


『早くしねぇと一匹残らず狩られるぜ?』

「はいはい、分かったから急かさないの」


 霊体として顕現した朱華(しゅか)を宥めた秋葉は、彼女をその身に宿すと、先を行く熾蓮と悠を追って歩き出した。

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