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第4章-第26社 成人の儀

 呉服屋を出て法輪寺(ほうりんじ)への道を歩くこと十分。寺の境内へと続く階段を上がった秋葉たちは、本堂の前で待っていた山木(やまぎ)を見つける。


「よういらっしゃいましたな。どうも住職の山木言います」

「小春です。今日はよろしくお願いします」


 互いに挨拶を終えたところで、一旦みんなでお参りすることに。手を合わせて参拝をした小春は寺の僧侶に受付まで案内される。その間、秋葉は山木の元へ駆け寄る。


「朝早くから引き受けてくださってありがとうございます」

「ええんですよ。私としてもあの子の願いを叶えてやりたい思てましたからね。こちらこそおおきにですわ」


 急なお願いで申し訳ないと感じていたが、微笑みながら話す山木に自然と笑みが零れる。軽くやり取りを交わしているうちに受付が終わったようで、一同は様子を見守ろうと小春のいるテントへ向かう。


「そしたら、さっそく始めましょか」


 山木はそう言うと、テントの中に設置された長机へ視線を移す。折り畳み机の上には、小さい紙の入った箱と筆、墨汁(ぼくじゅ)の入った硯(すずり)が置かれていた。


 十三参りではまず始めに自分の好きな漢字を一文字筆で書くことになっている。昔は写経(しゃきょう)をしてそれを奉納していたのだが、今では一文字だけに省略されているのだ。


「何にする?」

「そうですね……」


 秋葉が訊くと、小春は顎に手をやりながら白紙の紙に視線を落とす。幸いにもこの時間帯はまだ参拝者がいないため、ゆっくり考えられるだろう。


 どんな漢字を選ぶのだろうかと小春の様子を見守っていると、彼女が筆を手にした。筆先を墨汁につけて、丁寧な字で紙に漢字を書いていく。


「では、これでお願いします」


 必要事項を記入した小春は、紙を山木に渡して判を貰う。


「なるほど。『救』か」


 完成した一文字写経を見た樹が感心したように呟く。流石は江戸生まれ。筆の扱いには慣れているようで、書道の先生の如く達筆な字で書かれていた。


「えぇ。みなさんには色々と救けていただきましたから」

「小春ちゃん……」

「本当、いい子だね」


 漢字を選んだ理由を聞いて感極まった秋葉と薫は、崩れない程度に彼女の頭を優しく撫でる。その後、境内で売られている十三智菓(じゅうさんちか)と呼ばれる菓子箱を購入して小春に渡した。


 十三智菓(じゅうさんちか)とは、十三参りの日に菩薩へお供えした後に食べる十三種類のお菓子のことで、秋葉も帰宅後にエルとともに食べた覚えがある。


「ほな、お堂の方で祈願(きがん)しますさかい、こちらにいらしてください」

「分かりました」


 山木に促され、小春はお堂の入口へと移動し始める。と、先導していた山木が秋葉たちの方を振り返った。


「どうせやったら、秋葉ちゃんたちもどないですか?」

「いやそんな。邪魔しちゃ悪いですし……」


 秋葉を筆頭にみんなは遠慮の姿勢を見せる。これはあくまで小春のための儀式だ。自分たちが入るわけにはいかないだろう。


「祟気がまだ微かに残ってるんで、お祓いして差し上げよう思たんですがね……」

「えっ……」

「あ、よう視たらついとるな」


 赤い瞳を淡く光らせた熾蓮が呟き、秋葉も視てみる。と、目を凝らさないと分からない程度に微量の祟気が纏わりついていた。


「それにこの子一人でやるよりみんなでやった方がその分思い出に残る思いますよ」


 山木がそう口にすると、傍にいた小春はブンブンと首を縦に振る。彼女本人が参加してほしいというのなら行く他あるまい。


「そういうことなら……お願いします」


 みんなと顔を見合わせた後、代表して秋葉が発する。こうして小春を始めとした全員で本堂に移動する。


 それぞれ履物を脱いで山木の後についていくと、お堂の奥の内陣(ないじん)には虚空蔵(こくうぞう)菩薩像(ぼさつぞう)があった。参拝者の座る外陣(げじん)の中でも秋葉たちは木製の仕切りで区切られた手前側、一方の小春は仕切りの奥の座布団へ腰を下ろす。


 内陣にはお香や供物(くもつ)、経机(きょうづくえ)が置かれており、山木を含めた僧侶たちはその傍に座る。


「それでは始めさせていただきます」


 山木はそう告げると、お経を唱える際に使用する大きな器のような鐘である磬子(けいす)を前にして、磬子(けいす)を叩く棒状の倍(ばい)を持った。その場にいる一同は手を合わせて合掌する。


「無常(むじょう)甚深(じんじん)微妙法(みみょうほう) 百千萬劫(ひゃくせんまんごう)難遭遇(なんそうぐう)――」


 山木は磬子(けいす)を数度叩いてよどみなくお経を唱え始める。お経がお堂全体に響く中、空気が冷え切ってこの場が祓力で満ち始めた。


 次第に秋葉たちに纏わりついていた祟気が消えていき、お経の力って凄いなと秋葉は感じる。十三智菓(じゅうさんちか)を供えて祈願を終えた一同は外に出るべく、立ち上がろうと腰を上げる。


「あ、足が痺れる……」


 長時間正座していたおかげで足の感覚がなくなり、ひりひりとした痛みに秋葉は顔を歪める。みんなして四つん這いになりながら何とか立ち上がろうとするがなかなか上手くいかない。


「お前らそれでも神職か」

「そういう先生だって足震えてるじゃないですか」

「そうだそうだ!」


 秋葉は織部を睨みつけながら言い返せば、周囲にいたみんなも揃って声を上げる。


 少しして痺れが治まり、秋葉たちは外へ出た。雲一つない快晴の中、新緑の木々が風に揺られているのを目にした秋葉は、舞衣からもらったカメラがあるので記念に写真を撮ろうと提案する。それには小春も嬉しそうに頷いた。


 ちょうどお寺の境内に十三参りの看板があったのでそこに移動する。


「それじゃあ撮るよ~!」


 声をかけた秋葉は、晴れ着姿で笑う小春をカメラで捉えてシャッターを切る。さっそく撮った写真を本人に見せてこれでいいか確認してもらう。


 無事にオッケーが出て秋葉がホッとしたのも束の間、カメラに目を向けていた小春がそわそわしだす。


「あの、良ければみなさんとも一緒に撮りたいなと思うのですが」

「よし! 撮ろう! 今すぐ撮ろう!」

「決断早いな」


 頬を赤く染めながらお願いされ、胸を打たれた秋葉は間髪入れずに声を上げる。と、秋葉の返答の速さに熾蓮は苦笑交じりに溢す。


「だってこんなに優しくて可愛い子と写真撮れるんだよ⁉」

「はいはい分かったから並ぶよ~」


 秋葉が意気揚々と話していると、薫が急かすようにして背中を押す。すると、本堂から出てきた山木が小春に十三智菓(じゅうさんちか)を返すついでに全員で撮るなら良い場所があると言ってきた。だったらそこで撮ろうということになり、境内にある広くて見晴らしのいい舞台へと移動する。

 

 京都タワーや大文字(だいもんじ)など京都市が一望できる空間にみんなが歓声を上げる中、秋葉は山木へカメラを渡す。全員が位置に着いたところで、写真を撮ってもらう。撮れた写真を見せてもらうと主役の小春はもちろん、みんないい笑顔で写っていた。


「今日は本当にありがとうございました」

「どういたしまして。私としてもいい経験させてもらいましたわ」


 最後に朝早くから協力してもらった山木へお礼を言った秋葉たちは、三門に続く階段を降りる。法輪寺での十三参りでは、昔から渡月橋を渡り終えるまでは振り返ってはいけないという言い伝えがある。


 ちょうど渡月橋を挟んだところに位置する呉服屋まで向かう間、小春は何があろうとも後ろを振り返ってはならない。秋葉たちが後ろから見守る中、小春は渡月橋を慎重に渡っていく。もし振り返ってしまえば、虚空蔵(こくうぞう)菩薩(ぼさつ)から授かった知恵がなくなってしまう。


 自分もこうして渡ったなと思いながら橋を渡ること数分。無事に振り返ることなく渡り終えた小春は、緊張から解放されて長い息を吐く。その後、呉服屋についた小春は結奈や彼女の母に手伝ってもらいながら着替えを済ませて、秋葉たちと外に出る。


「これで一通り終わったわけだけど、どこで弔ってあげよっか……」


 ふと前を歩いていた薫が口にして、みんな思わず立ち止まる。十三参りを無事に終わらせることに必死で、すっかりそのことを忘れていた。ここから近い寺社仏閣だとさっき行った法輪寺に世界遺産でもある天龍寺(てんりゅうじ)、そして――。


「――あのそれでしたら私、北桜(ほくおう)神社が良いです」

「え、うち? なんで?」


 小春の申し出に秋葉はきょとんとした顔で尋ねる。まさか自分の神社で弔ってほしいと言われるとは思わなかったので、内心びっくりする。


「その……実は生前に家族とよく参らせてもらっていて。祟魔になってからもちょくちょく足を運んでいたんです。だから北桜神社がいいなって……駄目でしょうか」


 気恥ずかしそうに話す小春の声がだんだん消え入りそうなぐらい小さくなっていく。最後には上目遣いで見つめられ、可愛さのあまり頭がパンクしそうになる。


 そこまでされたら神職としてもオタクとしても断るわけにはいかない。


「いいに決まってるでしょ! その代わりだいぶ簡易的なものになるけど……」

「はい、それでもかまいません」


 秋葉がそう言うと、小春はパァっと表情を明るくして言った。そうと決まれば実行あるのみ。というわけで、一行は北桜神社へと向かうのだった。


 ◇◆◇◆

 

 小春が社務所の応接室で貰った十三智菓(じゅうさんちか)を食べている間、社務所の更衣室で白の袍(ほう)に鈍色(にびいろ)の奴袴(ぬばかま)と葬儀用の斎服(さいふく)に着替えた秋葉は、会場となる神社の霊園に向かう。


「お墓と神饌(しんせん)の用意できたで~」


 準備を手伝っていた熾蓮が声をかけてくる。霊園の空きスペースに設置された祭壇(さいだん)には神棚(かみだな)はもちろん、儀式で使用する榊(さかき)や神饌(しんせん)が置かれていた。


「ありがとう三人とも。先生もありがとうございます」

「ええんよ。たまにはこういうんも悪うないしな」


 秋葉にお礼を言われた織部は、すっきりした笑みを浮かべる。と、少し離れたところで霊園の浄化にあたっていた薫と樹が戻って来た。


「お、流石は宮司様。様になってるね」

「俺ら四級神職とは格が違うな」

「いやいや別にそんな変わらないって」


 秋葉の斎服(さいふく)姿を見て茶化すように言ってくる二人に、彼女は謙遜するかのように片手を仰ぐ。


 しかし、実のところ宮司である秋葉は二級神職にあたり、見習いである出仕を経て四級神職になった樹たちよりも上の立場にある。

 

 しばらく話していると、食べ終えたのか白装束姿の小春がやってきた。


「私だけでなく、家族の分までありがとうございます」

「良いんだよ。この機会にみんなあの世へちゃんと送り届けないとだしね」


 今回は通常の葬儀とは異なり、祟魔を浄化して弔うので、会場の中心には場を区切るようにして注蓮縄(しめなわ)が置かれている。囲いの中に小春を案内して準備が整ったところで葬祭(そうさい)が開始された。


「掛(か)けまくも畏(かしこ)き 伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)――」


 祭壇を前にした秋葉は祓詞(はらえことば)を唱えて場を清浄にし終わると、懐から祭詞(さいし)の書かれた紙を取り出して読み始める。


 祭詞(さいし)というのは、故人が生前にどんな人生を歩んで来たかを祝詞(のりと)として筆で記したものだ。 即席のものではあるが、小春本人から聞いたことを基にしているので十分に効果はあるだろう。

 

 と、記された祝詞(のりと)を読み上げていくうちに小春の身体が透けていく。彼女を中心として結界の役割を果たしている注連縄(しめなわ)の内側が白く光り出す。秋葉が祝詞(のりと)を読むうちにその光は強くなる。


「……恐(かしこ)み恐(かしこ)みも白(もう)す」


 最後まで読み上げると同時に小春の姿が消え、天に向かって光が昇っていった。


(……向こうでも元気でね)


 小春を無事に送り届けた秋葉は、慈しむような笑みを浮かべて空を眺めるのだった。

 

 ◇◆◇◆

 

「そういえばエル。小春ちゃんはこの後どうなるの?」


 神葬祭(しんそうさい)を終えて後片付けをしている最中、ふと気になってエルに問いかける。


「それなら四十九日間の審査の後、ボクの庇護下(ひごか)へ入ることになるだろうから天界で過ごすことになるよ。そうなったらまず祟魔になることはないから安心し給え」

「そっか。それは良かった」


 エルが優しい声色で答えるのを聞いて秋葉は安堵する。天界の事情についてはほとんど何も知らないに等しいが、神であるエルが言うならそうなのだろう。


 正直、神職としてはまるで信用していないが、神としてならそれなりに頼れる存在だ。あぁ見えて面倒見は良い方だと思っているので、そういうことなら安心して任せられる。


「さて、無事に小春ちゃんを弔えたことだし、学園に帰りますか~」

「そうだな」


 社務所から家に繋がる廊下を歩きながら秋葉が言うと、隣を歩いていた樹が頷く。


「帰ったら授業とか嫌すぎる……」

「正直バックレたいわ」


 後ろからげんなりとしたような声で薫と熾蓮が言うのを聞いて、ふと昼から授業が待ち構えていることを思い出す。


 任務が終わって達成感に満ち溢れているのでこのまま家でゆっくりしたかったのだが、真後ろに織部がいる手前それはできそうない。


「お前ら何を文句言うてんねん。はよ準備して帰るで」

「はーい」


 織部の言葉に秋葉たちはそろってやる気のない返事をするのだった。

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