第4章-第25社 儀式の前準備
ギリギリ集合時間に間に合い、渡月橋にて小春と合流した秋葉たちは、通り沿いにある瓦建ての店へとやってきた。
軒先には『呉服屋・守咲』の看板が掲げられており、外からでも店の中が見えるようにと木目の壁には大きな窓ガラスがはめ込まれている。
ここは結奈の実家が営んでいる老舗呉服屋だ。本来は開店前なのだが、今日は特別にと既に店を開けて貰っている。
「お邪魔しまーす」
さっそくガラスでできた扉を潜って店の中に入る。店内には小袖の着物や振袖や浴衣などの服から、着物の材料となる織物に、着付けに伴う装飾品まで和服にかかわるさまざまな商品が並んでいた。
じっくり見ていきたい気持ちもあるがまずは目的を果たそうと、木でできた床を歩いて奥にあるカウンターまで向かう。
「お、来たな。頼まれたものできてるぜ」
「朝早くからわざわざありがとうね」
淡い黄色の着物にたすき掛けをした状態でカウンターに立っていた結奈に声をかけられ、秋葉は申し訳なさそうに頭を下げる。
と、奥の畳の部屋から、でこ上げスタイルの短い茶髪に眼鏡をかけた少女――堀部舞衣がひょこっと顔を出してきた。
「おやおや~? 熾蓮に秋葉じゃん。久しぶりだね」
「やっほ~! 久しぶり!」
「お~! 久しぶりやな!」
緑の瞳を細めて手を振ってくる舞衣に、秋葉と熾蓮は上機嫌に挨拶する。
「じゃなくて、なんで舞衣がここに⁉」
ふと我に返った秋葉は舞衣を見て驚愕の声を上げる。ここは結奈の実家兼呉服屋だ。到底、舞衣がいるはずがない。
我に返った秋葉が驚愕の声を上げると、舞衣は畳の部屋から出てきてカウンターに移動する。
「泊まりだよ泊まり。試験と任務終わったから遊ぼうってことになってさ」
「二人してゲームしてる最中に、秋葉から連絡があってアタシの祓式と舞衣の祓式を使って徹夜で織ったってわけだ」
「え、織ったって一から? 振袖ってそう簡単に織れるものじゃないよね?」
そう言った薫はもちろん、その場にいた熾蓮たちも首を傾げる。
「振袖の作成自体は結奈の織物生成の祓式を使ってるから、そこまで難しくはなかったよ」
「流石に時間までに仕上げられるか不安だったんだが、そこは舞衣の時間操作の祓式で部屋の中の時間を現実よりも遅くしてもらったから問題ないぜ」
だが、舞衣の祓式はあくまで自分自身と触れたものの時間の速度を加速させたり減速させたりすることしかできないらしく、使用している間はその対象にずっと触れていなければならないようだ。
加えて、祓力の消耗も激しいようなので、せいぜい使えても二分の一倍速から二倍速までらしい。
(でも、どうしてそうまでして一から仕立て上げたんだろう……)
秋葉は気になって結奈に訊いてみる。
「まぁ、うちにある振袖でそれに近いものを選んでも良かったんだが、小春にとっちゃもうあるかないかの晴れ着だろ? どうせなら要望通りのものを着せてやりたいと思ってな」
「そこまでしていただけるなんて……なんてお礼を言ったら良いか」
小春は自分のために申し訳ないと頭を下げるも、その表情はどこか嬉しそうだ。
「良いってことよ。ま、何やかんやで楽しかったしな」
「そうそう。祓式操作の鍛錬にもなったし。だから気にしなくて大丈夫」
結奈と舞衣は互いに笑みを浮かべながら小春に向けて話す。急遽、このような事態に巻き込んでしまったけれど、そう言ってもらえるとこっちも頼んだ甲斐があったものだ。頑張ってくれた二人にはそれ相応のお礼をしないとなと秋葉は思う。
「つーわけで、ささっと着付けしちまうから小春は奥に来てくれ」
「はい。よろしくお願いします」
小春は明るい声で返事をした。奥の部屋に入っていく小春と結奈を見送ったところで、舞衣がカウンターに頬杖をついて、秋葉たちの方へと顔を向ける。
「その間私は暇だからね。せっかくだし、ゆっくり話でもしようよ。学園の子たちと話す機会なんてあんまないしさ」
「そうだね」
待っている間、暇なのは自分たちも変わりないと秋葉が頷き、さっそく自己紹介タイムに突入する。
「私は堀部舞衣。で、さっき小春を奥につれてったのが……」
そう言って舞衣が斜め後ろの畳の部屋へと視線を移せば、ちょうどそこから結奈が出てきた。
「――守咲結奈だ。綺麗に仕上げる分時間が掛かるから、その間店ん中見たり、舞衣の話し相手になってやってくれると助かるぜ」
「暇人言うな!」と冗談交じりに舞衣が突っかかる。対して結奈は「事実だろ~」と軽くあしらい、カウンターの中にあったクリップを持って部屋へと戻っていく。
その様子に秋葉は変わらないなと感じつつ、薫と樹、織部が順番に名乗るのを耳にする。
そうして着付け開始から三十分ほどが経過した。話は大神学園の内情から専門の話へと移っており、みんな舞衣の話を興味津々な顔で聞いている。
「へぇ~、じゃあ専門ってコースごとに分かれてるんだ」
「そうそう。高校みたいな教養科目の授業がない代わりにそれぞれ所属しているコースごとの専門科目を学んでて。あ、もちろん代報者課程の授業もあるよ」
薫の返しに舞衣は頷きながら答える。自分のことを話すのが楽しいようで、秋葉と同類のオタクである舞衣の話す速度が徐々に早くなる。
「数学とか英語の授業がないんはええなぁ」
「熾蓮の場合は勉強したくないだけだろ」
「バレたか」
舞衣の話を聞いて羨望の眼差しを向ける熾蓮に、すかさず樹がツッコむ。
運動は人一倍できるが勉強ができないというザ・体育会系なところがある熾蓮にとっては、専門の環境が羨ましいのだろう。熾蓮と樹とやり取りを眺めていた秋葉の中にも、できることなら専門の方が良かったかもな~という思いが湧いてくる。
話がひと段落したところで、舞衣が何かを思い出したような声を上げる。
「そういえば、小春の着付けが終わったら法輪寺で十三参りなんだよね? だったらこれが役に立つかも」
そうやって差し出されたのは一台の小型カメラだった。受け取った秋葉は、ぐるっと手の中にあるそれを見回す。一見何の変哲もなさそうに見えるカメラだが、何かあるのだろうか。
「舞衣、これは?」
「祟魔でも写真に映ることができるカメラだよ。うちの製品なんだ」
そう言われ、祟魔は普通のカメラに写らないことを思い出す。確かにこれならば晴れ着姿の小春も撮ることができるだろう。
(というか今なんて言った? うちの製品って聞こえた気がするんだけど……)
「ちょお待ち。さっきから思ってたんやけど、堀部言う苗字にこのカメラ……君、もしかして『鍵』んとこの?」
織部が目を丸くして尋ねる。
「あ、そうです。うちの父がそこの所長やってて、このカメラも何かに使えるかもって譲ってくれて」
「え、そうなの⁉」
舞衣の話に秋葉たちは揃って声を上げる。
「舞衣の実家が『鍵』だってこと秋葉と熾蓮も知らなかったのか?」
「家が科学技術研究所ってことは知ってたんだけど、まさか祟魔に関する研究所だとは思わなくて……」
「俺もや……」
樹の投げかけに秋葉と熾蓮は揃って首を横に振る。前々から異常なほど理系に強く、神社や身内用サイトの作成に管理まで行っている舞衣を凄いなとは思っていたが、鍵の所長の娘だったとは。それは数字や機械に強いわけだと秋葉は今更ながら納得する。
「おーい、できたぜ」
「みなさん、お待たせしました」
そうこうしているうちに着付けが完了したようで奥の部屋から結奈と小春が出てきた。要望通りの淡い水色の生地に薄い桃色の撫子の模様があしらわれている。黄色の衿元と帯も振袖とマッチしており、清楚で綺麗な印象が感じられた。
また、きちんと化粧も振袖に合うように施されており、長い黒髪は後ろで華やかに纏め上げられている。
「うわぁ! めっちゃ可愛い!」
「おぉ、綺麗だな」
「よう似合っとるで」
薫、樹、熾蓮が振袖を身に纏った小春を褒める。小春が照れたように顔を赤くする傍で、着付けを担当した結奈も誇らしげな笑みを浮かべている。
「美少女の晴れ着姿は目の保養……」
「おーい秋葉ぁ、しっかりしろー」
「まだこれからなんだから耐えろ~」
元が良いからか更に可愛くなっており、間近で見るとお人形のようだと秋葉はその尊さに悶える。すると、結奈と舞衣は手慣れたように天に召されそうになっている秋葉の肩を揺する。
「みなさんありがとうございます」
にこやかな笑顔を向ける小春に追い打ちをかけられた秋葉は親指を立てながら呻き声を上げた。「駄目だこりゃ……」と結奈と舞衣が瀕死状態の秋葉を叩き起こす中、オタク全開な彼女を他所に織部は小春に声をかける。
「ほな、準備もできたことやしそろそろ行こか」
「はい!」
小春は満面の笑みで返事をする。最後に結奈と舞衣に別れを告げた秋葉たちは、十三参りの舞台となる法輪寺へと向かうのだった。




