1. 超人気だった元アイドル声優と冴えない私が歌い手ユニット!?
『近衛美里・声優業廃業のお知らせ』
その報告はアニメ業界、アイドル業界を震撼させた。
17歳にして声優オーディションで最優秀賞を受賞した期待の新人声優。
事務所に所属してからはベテラン圧巻のその演技力で数々の作品でメイン役を担当し、8年経過した今となっては、一番脂の乗った旬の声優とまで持て囃されるほどの人気っぷりだった。
また、声優業だけならず、声優アイドルグループの一員としても人気を博しており、アリーナツアーを開催しても超満員で、チケットを入手することすら困難を極めた。
近年、SNSではある一定の時期に声優業を廃業するという報告の投稿がかなりの数投下される。
それもそのはず、光の部分ばかりクローズアップされる声優業界だが、そもそも実力が伴っていないと仕事は回してもらえない上に、所属するマネジメント会社によってその仕事量は大きく左右される。
加えて1クールもののアニメが終われば、収入ゼロの状態からオーディションを再度受けなければいけない点は、「安定」とは程遠い世界だ。
また、新人から若手に至っては「ルックス」でファンのつき方も目に見えるように変わる。
イベントでの集客にもつながるので、もちろん収入にも大きく影響する。
そのような状況に耐えることができなくなった者から業界を去っていく。
残酷な世界だ。
だが、今回の近衛美里の廃業にはそういった理由は一切見当たらない。
アニメで見ないクールは無いし、今はうなぎ上りに成果を積み上げている最中だった。
廃業理由は明かされず、ファンの間では体調不良説や結婚&出産説等の噂が囁かれていたが、どれも明確な根拠には欠けていた。
かなり世間を騒がせた話題だったが、2ヶ月も経つとその話題に触れる者はほとんどいなくなり、業界やファンの間では歴史や記憶の一部として形成されてしまった。
◇
──近衛美里卒業ライブ終演後
「マネージャ〜、あの件ちゃんと話進んでるよね〜ぇ?」
舞台上で見せたあの涙は真実だったのか偽りだったのか、楽屋に戻って挨拶回りや着替えを済ませた美里の顔はやけに整っていた。
「はい、もちろん。丁度1週間後の10時に顔合わせになっているので、当日はよろしくお願いしますね。」
マネージャーも悲しみに暮れている様子は一切無く、本当に今日で廃業したのか?という空気が、2人だけの空間を包み込む。
「りょ〜。」
流石にライブや取材で満身創痍だったのだろう。美里の弱々しい返事には表舞台のような覇気や明るさはなかった。
◇
卒業ライブから1週間後の「あの件」当日、快晴の空の下で美里は心を踊らせながら事務所に向かっていた。
(ふふっ、楽しみだなぁ。どんな顔してるんだろっ?)
自然と笑みが溢れる。ルンルンでスキップでもしたいような気分だ。
初対面の人と待ち合わせをして会う時はそれなりに緊張するが、今回は美里の希望で相手に事務所まで来てもらっている。
あえて何も伝えずに。
事務所に到着し、マネージャーと合流して相手が待機している部屋の前へと案内される。
「お相手さん、かなりシャイな方でとても緊張している様子なので、くれぐれもいつものテンションで行かないようにお願いしますね...... 」
「え、そうなの?」
普段からかなりハイテンションで声が無駄に大きい美里は、マネージャーにそう釘を刺されて軽く返事をするが、気にしている様子は一切感じられない。
(まぁ言うだけ言ってみたけど無駄だろうな …… )
マネージャーも美里との関係は長い。
デビューの頃から約5年間美里についており、美里が相手の話を大して聞いていないことはもう痛いほど理解している。
ふんふんと楽しそうに鼻を鳴らす美里は、期待感で少し震える手をドアのレバーに掛けた。
(よしっ!)
「こんちゃー!!!!」
普通にドアを開ければいいものの、大声で挨拶をしながら勢いよくドアをバァンっと開ける。
開けた瞬間に、部屋にパイプ椅子がガタンッと倒れる音が響いた。
「えっ」
椅子に座っている淡い青髪でロングウルフの女の子はよほど驚いたのか、両手を浮かせたまま目をまん丸にして固まっている。
腰も引けている。
「近衛……美里!?」
1週間前に芸能界から退いたはずの元超人気声優が目の前にいる。
とにかく自分が置かれている状況を説明してほしいという意味を込めた視線を、先程挨拶を済ませていたマネージャーに送るが、マネージャーは既に全てを諦めた顔をしている。
なぜなら隣にいたはずの美里はもうその場には居なかったのだから。
女の子は疑問を言葉で発しようとした瞬間、目の前にいる超美少女の元声優アイドルが全力で走ってきて両手を掴まれた。
「君がYurinaさんかぁ〜!え、めちゃくちゃ可愛いね!うわぁ〜髪さらっさらだぁ〜。本物めちゃくちゃ良い声してるぅ〜!」
近衛美里の髪の香りだろうか。
彼女が大きく動いて髪が靡く度に、石鹸のような清純な香りが鼻を優しく撫でるように美しく香る。
テレビやアニメで毎日のように聞いていたその声が、今自分の目の前で、マイクを通さずに同じ空間の空気を振動させて耳に届いている。
Yurinaはマネージャーからプロジェクトの顔合わせとだけしか知らされておらず、待機しながら緊張して体全体が小刻みに震えていた。
いや、緊張だけでなく自分が表舞台に立てるかもしれないという高揚感から来る武者震いだったかもしれない。
だが、今のこの震えはその震えとは全くの別物だ。
わざわざあの近衛美里が直々に出向いてくるということは、このプロジェクトに何かしらの形で彼女が関わるということだ。
今この瞬間に生まれた大きな期待感と、憧れの人が目の前で動いて喋っているという事実に、身震いが止まらない。
「どどど、どういうことですかマネージャーさん!?」
息をすることすら忘れて食い気味に尋ねる。声が少し上ずってしまった。
マネージャーは自分の話を一切聞いていなかった美里に呆れているのか、大きくため息をついた。
「近衛さん、ご自分の口から説明していただいた方がよろしいかと思います。」
全てを諦めた様子だ。
「りょー!あのねYurina、今日新規プロジェクトって聞いてきたでしょ?あれってあたしとYurinaの2人で音楽ユニットを結成するって話なんだー!それでね、コンセプトはね、」
「ちょちょちょちょちょっと待ってください!え、私と?近衛美里が?ユニット?はぁ!?」
Yurinaが美里と出会ってからのこの短時間で想像していたのは、1週間前に芸能界の表舞台から退いた美里が何か音楽プロジェクトのプロデューサーを担当するのだろうということだった。
(卒業したアイドルが新しいアイドルグループをプロデュースするってのもよくある話だしな)と勝手に自己完結していたが、まさかのあの近衛美里とユニットを組むという、オタクの妄想でもそこまではしないぞ!?という展開にさすがに脳の処理が追いつかない。
「うん!歌い手のYurinaと、元アイドル声優の近藤美里が、ユニット!アツくない!?」
「いやいやいやいや全然アツくない!ネットのウジ虫みたいな生活してる私と、あの『近衛美里』がユニット!?なぜ!?全く釣り合わない!」
「なんか想像通りすぎるくらいネガティブだねぇ〜!ダイジョーブだって!なんとかなる!」
Yurinaは美里のこの口癖も画面上で幾度となく聞いてきた。
「美里らしさ」みたいなのが感じられてYurinaは割と好きだったのだが、今この瞬間に嫌いになった。
「はぁぁぁぁぁあああああああ〜?」
気の抜けた虚しい叫びが部屋中にこだました。




