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少年呪術師  作者: 森新児
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第7話 呪いを祝福に変える、それが呪術師

「お父さんの実家は岩手なんだ。お父さんは一人で岩手に帰って農業をはじめた。仕事がようやく軌道に乗ってぼくとお母さんを呼び寄せようとしたとき東北大震災が起きた。お父さん津波に飲まれて死んじゃった。昨日お母さん車の中でずっと泣いてたよ。わたしたち家族は自然に呪われてるって」


「……その本はなに? あ」


 ケンタが黄色いブックカバーをはずして表紙を見せてくれた。

 青いスーツを着た男がコウモリのように逆さまになってこっちを見ている。

 その絵を見て思わず歓声をあげた。


「『魔人探偵脳噛(のうがみ)ネウロ』じゃん!」


「好き?」


「好き好き大好き!」


「ぼく松井優征先生の大ファンなんだ。松井先生今ジャンプで『暗殺教室』連載してるよね」


「好き好き大好き!」


「この本お父さんの形見なんだ」


 ケンタは笑顔でそういったが、形見と聞いてぼくはたちまちシュンとなった。


「岩手と熊本に別れて暮らすようになった最初のクリスマスにプレゼントとして全巻贈ってくれた。この漫画おもしろいぞって手紙が添えてあった。地震でこわれたアパートから逃げるときネウロの本だけ持って逃げた。全二十四巻をバッグに放り込んだんだ。そんなの置いていきなさいってお母さんに叱られたけどなんとか運べた。ひさしぶりに読み返そうと思ってこうして一巻だけ持ち歩いてる」


「……今夜宮沢の家にぼくが行くよ」


「ほんと?」


 ぼくの発言を聞いてケンタの顔がはじめて明るくなった。


「ほんと。もちろんぼく一人じゃない。ちゃんとした大人といっしょに行く。さっき宮沢竜にいわれたことはお母さんに話さなくていい。泉田公園の避難者の件はぼくが解決する。だれもあそこから出ていかなくていいようにするよ」


「ありがとう! あの公園を追い出されたらぼくたち本当に行くところがないんだ。助かるよ」


「その代わりきみのママはきみが守るんだ。ママさん余震が続いて不安がってるからそばにいて励ましてあげなよ。男なんだからそこんとこビシッと頼むぜ」


「わかった!」


 とケンタが元気に応じたときだ。

 足もとの地面がまたしてもゴゴゴゴとぶきみなうなり声をあげた。

 頭上に張り出した街路樹の枝々が、ぼくらを脅すようにガサガサ揺れる。

 余震だ。


「……どうしてそんなに親切なの?」


 ふたたび不安そうな態度にもどって尋ねるケンタにぼくはいった。 


「ネウロや暗殺教室が好きな家族にふさわしいのは(のろ)いではなく祝福(しゅくふく)だから。

 呪いを祝福に変える。

 それがぼくたち呪術師の仕事なんだ。行こう。もう電車動いてるよ」


 ぼくはケンタをうながし、勢いよくベンチから立ちあがった。





 本城小学校のとなりに白い外壁の三階建てビルがある。

 名前を半藤ビルという。

 一階と二階が宗教関係書籍の出版で知られる半藤出版のオフィスで、三階が同社の若き女社長半藤美津子さんの自宅だ。

 ぼくはその一室のソファに座っていた。

 ソファ正面の壁に赤い袈裟を着たダライ・ラマと、深いスリットが入った真っ赤なドレスを着たマリリン・モンローのポスターが飾られている。

 ぼくのうしろの壁にはノースリーブの白いドレスを着て右手を上げ、大胆に腋毛をさらすソフィア・ローレンのポスターがあった。

 美津子さんは部屋の中央にいた。

 こっちに右半身をみせて椅子にあぐらをかき、黒いテーブルに置いたパソコンと向き合っている。

 なにか文章を入力しているのだ。

 部屋にいるときはいつもタンクトップにショートパンツなのに今日はやぼったい黒いジャージの上下を着ている。

 テーブルにはパソコンのほかに一脚にすえられたビデオカメラがあった。


「Aはどうしたの?」


 キーボードを軽やかにたたきながら美津子さんがぼくに尋ねた。


「泉田公園にいるよ」


 ケンタ母子にちょっかいを出す者がいないか、もしいたら母子をガードするようステルスモードのAに見張ってもらっているのだ。


「あそこで車中泊してる人多そうね」


「今日仕事は? オフィスに人いないけど」


「半藤出版は当分お休み」


 美津子さんはそういうとポニーテールに束ねた茶色い髪を撫であげ、赤いフレームのメガネを指で軽く突いた。

 美津子さんは日本きっての呪術の名門(さかき)家の長女だ。

 苗字がちがうのは幼いころ養子に出されたからで、美津子さんが榊家の長女である事実はごく一部の関係者しか知らない。

 養子に出されたとはいえ美津子さんは自分が榊の血を引く人間であることを誇りに思っている。

 ただ彼女には名家の血を引く人間らしからぬ点が一つあった。

 ぼくはダライ・ラマの横に吊るされた赤いボクシンググローブに目をやった。

 美津子さんが愛用しているのはウィニング製の八オンスだ。

 美津子さんはキックボクシングが趣味で週四日ジムに通っている。

 そのジムは下通(しもとお)りの雑居ビルの地下にあるが、そのビルのとなりがむかし大洋デパートがあった場所だ。

 昭和四十八年(一九七三)十一月二十九日大洋デパートで火災が起き、一〇三人もの人が亡くなった。

 これは熊本の歴史上屈指の悲劇で、火災が起きた場所のとなりのジムに美津子さんは週四日通っている。

 しかし美津子さんは


「あそこで霊的なものなんて見たことないわ」


 と平然という。

 呪術の名門の血を引くのに、美津子さんは霊感がまったくなかった。

 美津子さんはメガネをはずすとテーブルのカメラににっこりほほ笑みかけた。


「ここまで階段できたの? エレベーター止まってたでしょ」


「階段登ってきたよ。ねえ、テーブルのカメラでなに撮ってんの?」


「ユーチューブに投稿する動画」


 かわいらしく首をかしげ、美津子さんはまたカメラに向かってほほ笑んだ。


「三郎くんに笑われそうだけどわたしのファンクラブがあるの。こう見えても世界中にファンがいるんだから。みなさん半藤出版が出す本を必ず買ってくださる。素敵な読者さんにもっとサービスしようと思って動画投稿をはじめたの。あ、心配しないで。あとで編集して三郎くんの音声はカットするから」


「美津子さんが作業するようすを動画に?」


「そうよ」


「それだけ?」


「それだけ」


「みんなそれ見て喜んでるの?」


「そう。sexyってコメントくれる海外のファンもいるんだから」


「ふーん」


 でもファンサービスのわりに露出が少ないな、といらんことを考えていると


「それにわたしが元気に仕事してたら『地震があったけど熊本は無事だ』と世界中の人に知ってもらえるでしょ?」


 美津子さんは明るくいった。

 ぼくは自分のいらん考えを恥じた。


「依頼通り変質者をこらしめてくれたのね」


 美津子さんがマウスをクリックするとパソコンの画面に血まみれの土井飛雄馬の姿が写った。

 これはAが撮った画像だ。

 地震のどさくさにまぎれ土井は逃げたがAがその場の状況をすべて記録していた。

 美津子さんはテーブルのカメラをオフにした。


「この画像を見せれば被害者の親御さんもきっと納得するわ」


「犯人の顔と名前と住所はわかった。しばらくようすを見る。なにかやる気配を見せたら先手を打って捕まえるよ」


「またなにかやるかしら?」


「う~ん、ああいう人は反省しないで逆恨みするから……」


 本当は捕まえようと思えば捕まえられた。

 でも「どうしても自分を止められねえんだ!」と泣き叫ぶ姿がかわいそうでぼくはわざと土井を見逃したのだ。

 ただし更生のチャンスは一回だけだ。


(まだ明るい時間、空にうかぶ月を見てたら忘れたはずの悪い血がまた騒ぐようになったって土井がいってたな。月か……)


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