↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年呪術師  作者: 森新児
PR
57/85

第57話 牛深ハイヤ節

 カラミルと瑞光寺で会った日の夜九時。

 夕方降った雨は夜にあがった。

 あしたはいよいよサーカスの開幕だ。

 団員たちはテント小屋の丸盆(円型の演舞場)にゴザを敷き、そこで前祝いの宴会をひらいた。

 男の団員はぼくが買ってきた熊本の銘酒『美少年』を飲み、女の団員はやはりぼくが買ってきた熊本のお菓子陣太鼓や朝鮮飴をつまんではしゃいだ。

 幽霊はお米のような日常食は食べられないが、酒やお菓子のような非日常食は口にできる。

 淡島団長の姿はない。

 用があるといってさっきどこかに出かけた。

 アルビノの淡島さんは、昼より日差しを浴びずにすむ夜のほうが活動的だ。



 ぼくは南側観客席の真ん中に座り、水筒の麦茶をちびちびやりながら眼下の宴会をながめた。

 銘酒美少年のラベルには美少年のロゴが描かれていて、そのモデルは天草四郎だそうだ。

 四郎の肖像画は一枚も残ってないから現代の画家が想像で描いたのだろうが、天草島原の乱に参加し、天草四郎本人を間近に見た団員たちはロゴを見てブーブー文句をいった。

「ジェロニモさまはもっときれいだ」というのだ。

 ぼくは家から持ってきた山田風太郎の『魔界転生』をランドセルの底にそっとかくした。

 この文庫の表紙に天草四郎が描かれている。

 伝説にのっとって美少年として描かれているが、四郎を崇拝する団員たちはこれを見ても「本人はもっときれいだ」というだろう。

 それより恐ろしいのは「この本でジェロニモさまはどんな活躍を?」と質問をされることだ。


「乱に敗れて大勢の仲間を失った天草四郎は魔術によって魔人としてよみがえる。魔人四郎は徳川幕府をほろぼそうと全編にわたって悪逆非道のかぎりを尽くし、最後幕府を守護する柳生十兵衛にたたっ斬られる」


 なんてバカ正直に答えたら袋叩きにされるのは確実だ。


「ジェロニモさまはもっと色気のあんなはったばい」


 丸盆で美少年を飲みながら不満を口にしたのは、落城寸前の原城で孤軍奮闘した百姓の大矢野(おおやの)床介(しょうすけ)だ。

 端正な顔立ちの床介は百姓のリーダーで、才蔵たち天草傀儡衆は寛永の飢饉に苦しむ流れ者の自分たちをこころよく受け入れてくれた床介を尊敬していた。


「そげんたい。あん人は見たらマラんおっ立つほど武者んよかったもんなあ」


 とあきれるほど下品なことをいったのはやはり百姓の本田(ほんだ)市松(いちまつ)だ。

 市松は真夜中の原城からこっそり抜け出したところを幕府軍の兵士に見つかって斬り殺されたのだが、逃げようとしたのではなく、遊廓に遊びに行こうとして敵に捕まったらしい。

 敵の兵士と市松とのあいだにこんな会話があったそうだ。


「おまえ天草四郎の弟子じゃろ?」


「いやちがう。おるは出入りの商人たい」


「商人? うそつけ。天草四郎の命令で偵察にきたっじゃろ?」


「いやちがう。商談すんだけん帰っとたい」


「商談てなんや? 天草四郎の魔法には処女の生き血がいるそうだけん、島原のおなごばさらうてはずば決めたか?」


「ちがうちがうそげんことはしとらん……」


 と市松が三回目の否定をしていると、まだ夜中なのに、城で飼っていたニワトリがとつぜんコケコッコーと鳴いた。


「あ、こやつの市松模様の着物見覚えある。やっぱこやつ城の百姓ばい!」


「ひええ」


 ニワトリの声を聞いて気力が抜けた市松はその場にしゃがみこみ、まわりをかこんだ雑兵にいっせいに斬りつけられ絶命した。享年十七。


(まるでペトロ三度の否認だ)


 ペトロは十二使徒の一人でイエスの最初の弟子だ。

 有名な最後の晩餐でイエスはペトロに


「あなたはニワトリが鳴く前に三度わたしを知らないというだろう」


 と予言する。

 翌日イエスがローマ軍に捕まるのを見ていたペトロを人々が


「おまえはイエスの弟子だろう?」


 と問いつめる。


「ちがう」


 とペトロは三度いう。

 その三度目にどこかでニワトリが鳴く。

 その声を聞いたペトロは師の予言を思い出し泣く……

 ちなみに市松の洗礼名はペトロだ。

 天草四郎は弟子の最期が見えていたのだろうか?



 ロゴに文句をいったが味は気に入ったようで、団員たちは楽しそうに美少年を飲んではしゃいだ。


「おいマゴ!」


 酒に酔って顔を赤く染めた才蔵が上機嫌で奥さんにいった。


「一曲頼ま」


 才蔵は三味線をかかえた。


「あいよ」


 孫君が大きな胸を揺すって立ちあがると、ほかの傀儡衆の女も四人立った。

 自分を見あげる男たちに孫君は告げた。


「極道亭主の望みに答えてドスケベ女房が歌います。どちらさんも手拍子よろしくお願い申しあげます。ではお聞きください。

 牛深(うしぶか)ハイヤ節。

 ハ ヨイサヨイサ ハ ヨイサヨイサ

 サーサヨイヨイ サーサヨイヨイ」

 

 孫君は着物の前で軽く手を組み、道祖神のようにまっすぐ背筋を伸ばして歌った。

 地声はしゃがれてハスキーだが、歌声は可憐に透き通ってキーが高い。


「ハイヤエーハイヤ ハイヤで今朝出た船はエー

 どこの港に サーマ 入れたやらエー」


 歌声に合わせ、孫君の左右で四人の女性が踊り、才蔵が三味線を弾き、佐助が(かね)を、薩摩の氏長が太鼓をたたいた。


「ハイヤエー 来た(北)かと 思えばまだ南風(はえ)の風 ヨー 風さえ恋路の サーマ 邪魔をするエー」


 四人の踊り子も紹介しておこう。

 孫君の向かって右となりで踊る妖艶な美女は小三(こさん)

 孫君と並ぶ天草傀儡衆の歌姫で、二人はなにかと張り合う間柄だそうだ。

 そのとなりで踊るのは小三の妹分日百(ひもも)

 小三の踊りは孫君を食ってやるという気迫を感じるが、日百はとなりの姉さんの邪魔にならないよう控えめに踊っている。

 孫君の左となりで踊るのは孫君の妹分小君(こぎみ)

 彼女は控えめというよりややはにかんでいるように見える。

 そして小君のとなりで踊るのは二笑の女房でお笑い芸人の万歳だ。


「ハイヤエーハイヤ ハンヤで半年ゃ暮らすエー

 後の半年ゃ サーマ 寝て暮らすエー」


 牛深ハイヤ節は九州各地から天草の港を訪れた漁師をもてなすため、地元の女性が歌ったのが発祥といわれている。

 ハイヤは南風という意味がある。


「ハイヤエー 忘れていたのに また顔見せてヨー

 思い出させて サーマ 泣かす気かエー」


 踊り子の姿勢が低いのは船上で重心低く動く漁師をまねしているからだ。

 ときおり網を投げるように、また櫓を漕ぐように手が動く。


「ハイヤエー 船は出ていく 帆掛けて走るエー

 茶屋の娘が サーマ 出て招く エー」


 団員たちは酔いと歓喜で顔を真っ赤にして手をたたいた。

 神風連の海人彦や善鬼、ボクサーのケンイチやコウヘイも楽しそうに手をたたいている。


「ハイヤエー 仇な情けに ついひかされて

 一夜泊まりが サーマ 浮き(憂き?)ものかエー」


 そのとき丸盆に白いセーラー服が見えた。

 軍服姿の康成のとなりでカオルが手をたたいていた。

 耳たぶまで真っ赤なのは酒の香に酔ったからだろう。

 ときおり弟と顔を見合わせ、カオルは楽しそうに笑った。


「みんなやってるわね。あら、眠いの?」


 目をこすりながら「うん」というとAは「寝ていいわよ」といった。


「部屋まで運んであげる」


「ありがとう」


 ぼくはAのひざを枕にしてすぐコテン、と横になった。


「ほんとに寝るよ」


「おやすみ三郎」


 目をつむると闇の中に、孫君の歌声が潮騒のようにやさしく聞こえてきた。


「ハイヤエー ハイヤ いやそれ 枕はいらぬエー

 互いちがいの サーマ お手枕 エー」


「ハイヤエー 底も知れない 千尋(ちひろ)の海にエー 仇な(いかり)が 降ろさりょかエー……」


(底も知れない深い海に、へたな錨はおろせない、か。呪いは錨に似てる。それは人のこころをしばり虚無の海にひきずりこむ。でも大丈夫)


 牛深ハイヤを子守唄に聞きながらこころにちかった。


(サーカスのみんなにかけられた呪いの錨を、ぼくがかならずといてみせる。といてみんなを自由の大海原へ解放する。呪術師の仕事は呪いをかけることじゃない。呪いを祝福に変えることだから……)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。