第46話 カエルとサソリ
「わたしはXに滅ぼされたある星の最後の生き残りです」
花子の声が脳内にひびく。
「わたしはXにとらえられ、彼らの霊的手術を受けて幽体離脱し、純粋精神体になりました。
奴隷となったわたしはやつらの目としていろんな星に送り込まれました。
やつらはわたしの目を通してその星を観察し、つごうがよさそうならやってきて星の住民をすべて食い殺すことを繰り返しました。
わたしがXの目となって地球の時間ですでに三千年の時がすぎています。
わたしの肉体はとっくに死んでいますが、精神は死にません。この地獄は永遠に続くと思い、わたしは絶望しました。でもそうではありませんでした。
地獄は今日終わります」
花子の口調は落ちついている。
「わたしのふるさとの星はブラックホールに飲み込まれました。
旅の途中でそれを見ました。
ブラックホールが星を飲み込む瞬間は宇宙最大規模のビッグイベントです。
やつらは自分たちがその星の文明を滅ぼしたのを忘れて観光に行きました。
星を飲み込んだブラックホールがどうなるか、あなたは知っていますか?
光を放つのです。
数光年もの長さになる銀色の光の槍を。
三郎くん、今夜あなたがそのジェットを放つのです」
「ぼくが?」
「はい。わたしが星の最期を見たのは今から二千年前。正直そのときの光景がどんなものだったか、うっすらとしか覚えていません。だからあなたが想像してください。
とてつもない光の輝きを。
途方もないその長さを。
そしてXに食い殺された人々の悲しみを。
あなたが想像できればわたしが触媒となってジェットを実体化します。
物質に影響をあたえず、不可視なもののみ影響をあたえる光を」
「不可視なもの?」
「はい。たとえばこの光は不可視の身体といわれる不滅のティグレを消滅させます」
「やるよ」
「ではこれからあなたの左目に移動します」
そういわれてもとくにぼくの体に変化はない。
「想像してください」
花子の声がこんどは左目の義眼から脳にひびいた。
花子はいった。
「ジェットを」
想像した。
「みごとなイメージです。共有しました。
いつでもジェットを放てます」
よし! と思ったとき顔に風を感じた。
サンジの巨大なこぶしが眼前にせまっている。
(蚊のようにすりつぶされるのはぼくだった)
呪文を唱えるひまがない!
と、そのとき風がやんだ。
「グオ!」
耳を押さえてサンジは悶えた。
なんだ? と手足がないイモ虫状態でうろたえていると、いきなりサンジの髪が燃えあがった。
「オオ!」
炎を消そうと手をあげ、サンジの胸もとががら空きになった。
「聖なる火薬の味はどうだい?」
(フランチェスコ)
野球のボールサイズの黒い玉をかかげ、金髪を朱に染めたエクソシストは不敵に笑った。
あの玉の中にギリシャ火薬が入っている。
でも燃料は? ギリシャ火薬は水に反応して燃えるのに……とふしぎに思っていたら、フランチェスコが口からビタビタと黒い血を吐いた。
それを見てわかった。
(自分の血を燃料にしたんだ)
「今です」
花子の叱咤にこたえ呪文を唱えた。
「この盃を受けてくれ
どうぞなみなみ注がしておくれ
花に嵐のたとえもあるぞ……」
そのときサンジがぼくを見た。
「きさま!」
ぼくは手足がないイモ虫状態のまま首をもたげ、最後の呪文を唱えた。
「さよならだけが
人生だ」
呪文が終わると左目の義眼から銀色のジェットが放たれた。
ジェットは巨人のがら空きの胸もとを槍のようにまっすぐつらぬいた。
光が巨人をつらぬいた瞬間、波のように胸に押し寄せるものがあった。
それはXに食い殺された数億、いや数十億の人々が人生の最期に味わった悲しみや怒りの怒涛だった。
人々の悲しみに胸を押されながら、ぼくは生者と死者両方のために戦うんだ、とこころに誓った。
巨人は倒れると元の人間サイズにもどった。
意識はないがサンジの呼吸と脈拍は正常だ。
術がとけぼくの手足がもどるとすぐカラミルが自分の血を飲ませてくれた。
吸血鬼の血は最強の経口ワクチンだ。
手足が外れているときもし切断面から体内になんらかの細菌やウィルスが入っても、吸血鬼の血が極小の侵入者を完璧に抹殺してくれる。
ぼくは裸のサンジに自分の上着をかけた。
Aの右腕はここでは無理だが大学の研究室で修理してもらえる。
「エコエコアザラク
エコエコザメラク
エコエコケルノノス
エコエコアラディーア……」
呪文を唱えながら傷口を撫でると、カラミルの右腕はかんたんにくっついた。
吸血鬼の再生能力はすごい。
しかし、フランチェスコは。
「……」
フランチェスコのようすを見ていたAは振り返ると、黙って首を振った。
「血を飲ませたからもう痛みはないわ。でもわたしにできるのはそれだけ」
カラミルはそういって目を伏せた。
「……Xは?」
フランチェスコが睫毛をあげた。
顔も声もいつもと同じようにきれいだ。
「全滅したよ」
ぼくは地面に横たわるフランチェスコをそっと抱いた。
さっき人々の悲しみを受けた胸が、こんどは自分と年の変わらない少年の血に染まった。
ちぎれてサイズが半分になったフランチェスコの体はとても軽くて、その軽さが悲しかった。
「きみがヒーローだ」
と彼にいった。
「きみが地球を救った」
白々しいかなと思っていると、フランチェスコが無言で手を伸ばした。
さしだされたのは民族楽器アサラトだ。
「これできみにかけられた呪いを、祓ってくれ」
「ありがとう」
「ヒーローはぼくじゃない。きみだ、早川三郎」
「なぜ助けたの?」
横からカラミルがいった。
「あなたは吸血鬼を憎んでいると思ったのに」
「……殉死はぼくたちエクソシストのつとめなのさ」
フランチェスコは笑った。
カラミルはぼくに代わってフランチェスコを抱いた。
「バカな子。わたしはあなたのお姉さんじゃないのに……フランチェスコ?」
「死ぬのがこわい」
フランチェスコは急にガタガタふるえ出した。
カラミルは途方に暮れた顔でぼくを見た。すると、
「ユイ?」
ぼくのとなりにいたユイが、そのとき急に呪文を唱えた。
彼女が唱えたのは有名な童謡の歌詞だが、ユイがくちずさんだのは広く知られた一番ではなく二番の歌詞だった。
こんな歌詞だ。
「シャボン玉消えた
飛ばずに消えた
産まれてすぐに
こわれて消えた」
そのときカラミルの胸に抱かれたフランチェスコの青い瞳がきらきら輝いた。
夜空に流星が一筋尾を引いた。
ユイは最後の歌詞を口ずさんだ。
「風 風 吹くな
シャボン玉飛ばそ」
「……おお」
フランチェスコがあげたのは感嘆の声だ。見よ、
夜空を流星群が埋め尽くしている。
流星のパレードがもたらす光を浴び、暗かった山頂はにわかに明るくなった。
(これはユイが呼んだ流星群だ)
驚いた。彼女にこれほどの力があるなんて。
「美しい……これはきみが?」
フランチェスコに尋ねられると、ユイは目もとをぬぐいながら無言でうなずいた。
「ありがとう。きみにお願いがある。
早川三郎を頼んだよ」
「は、はい」
「カラミル、キスしよう」
「吸血鬼とエクソシストの接吻は教皇がゆるさないわ。
でもタブーを破るのが吸血鬼のつとめね」
カラミルはフランチェスコの唇にキスした
長い時間がたってからカラミルは唇を離した。
彼女の唇のはじにフランチェスコの血がついてる。
カラミルは細長い指で愛しげにフランチェスコの頬を撫でた。
「大丈夫」
フランチェスコは笑った。
「もうこわく……」
ないという前にバチカンが派遣したエクソシストは青い目を閉じた。
彼が息をひきとったとき、夜空の星がいっせいに瞬いた。
すべての星が泣いているようだった。
遺体やこわれた神社のあとしまつはすべて榊家の人がやった。
Aの手は大学の先生がすぐくっつけてくれた。
サンジもいたって健康。
ただしXに憑依されていたときの記憶はない。
サンジが巨大化したとき、彼の足に刀によってつけられたらしい傷あとがあるのを見た。
いつそんなものをつけられたのか尋ねたが
「覚えていません」
とサンジは悲しげに首を振った。
ローマ教皇からぼく宛てに手紙がきた。
Xは全滅した、人類の脅威は去った、あなたの働きに感謝するとラテン語で書かれていた。
手紙は花子が翻訳して読んでくれた。
花子は今ぼくの義眼に住んでいる。
フランチェスコのお姉さんからも手紙がきた。
その手紙は英語で書かれていて、やはり花子が読んでくれた。
「日本ではじめて友だちになれそうな男の子と会ったよ。早川三郎っていうんだ」
弟がうれしそうにそんなメールをくれたと書いてあった。
自分の部屋で手紙を読みながら、はじめてフランチェスコに会ったとき彼が語った昔話を思い出した。
「川をわたろうとするカエルに向こうまでのせてくれとサソリが頼むんだ。刺すなよとカエルはいって背中にサソリをのせ泳ぎだす。川の真ん中でサソリはとつぜんカエルを刺す。溺れながら、なぜ? とカエルは問う。自分はサソリだからと返事が返ってくる。二匹は溺れて死ぬ。カエルはきみの故郷でありきみの父親でもある。サソリがきみだ」
「わたしはまだ弟が生きているような気がします」
お姉さんの手紙の最後に、そう書かれていた。
その手紙をたたみ、書棚に置いたフランチェスコの形見のアサラトをとりだした。
軽く木の実を振ると中の小豆がゆれてシャッシャッとすずしげな音がした。
「フランチェスコ、
きみもサソリだったんだね」
そう独り言をつぶやいたら鼻の奥がツンと熱くなった。
さようならフランチェスコ
ぼくの友だち




