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午後の陽光が窓辺に柔らかく差し込み、セリーヌとジュリアが運営するサロンには、楽しげな談笑が満ちていた。
広間には華やかなドレスに身を包んだ令嬢たちが集まり、それぞれ紅茶を片手にくつろいでいる。銀のティーポットから注がれる香り高い茶が、優雅な雰囲気を一層引き立てた。
「もうすぐね、ジュリア」
セリーヌが微笑みながら言うと、ジュリアは少し照れくさそうに肩をすくめた。
「ええ、ヴィクトールったら、準備に妙に張り切っていて大変なのよ」
「彼らしいわね」
セリーヌはくすりと笑う。
ジュリアの婚約者、ヴィクトール・デュランは昔から陽気で賑やかだったが、彼女のこととなると真剣だった。
「でも、いざ自分の結婚式となると、なんだか実感が湧かなくて……セリーヌ、あなたもそうだった?」
「ええ、私も直前までは実感がなかったけれど、当日になれば自然と気持ちが落ち着いたわ」
「なら、私もそうなるといいんだけど……まあ、ヴィクトールのことだから、きっと派手な演出を考えているわよね」
「間違いなくね」
二人が笑い合っていると、近くの令嬢が興味深げに話に加わった。
「ジュリア様の結婚式、とても楽しみですわ。きっと素敵なものになるでしょうね」
「ありがとうございます。でも、期待しすぎるとヴィクトールが調子に乗りそうだからほどほどにね」
場の雰囲気が温かく和やかに包まれる中、ふと別の令嬢が、少し声を潜めながら話を振った。
「そういえば……ご存じかしら? モントレイユ公爵家が、ついにご子息の婚約を決めたそうですわ」
セリーヌはカップを持つ手を止め、ジュリアも驚いたように瞬いた。
「アラン様が?」
「ええ、かなり強引に決められたらしくて……どうやら公爵様が業を煮やして、ほぼ無理やり相手を決めたとか」
「まあ……」
セリーヌは自然と眉を寄せた。
アランの婚約話は長らく進まず、貴族社会でも彼の将来を案じる声が増えていた。だが、まさかここまで強引に進められるとは思っていなかった。
「公爵様にとっては、詩集の発表が決定打になったそうですわ」
「詩集?」
ジュリアが怪訝そうに首を傾げる。
「ええ、公爵様は激怒されたらしいですわよ。『公爵家の嫡男が、婚約もせずに詩作ばかりしているとは何事か!』と。それで、すぐに婚約を決めるよう命じたとか」
サロンにいた令嬢たちは、やや困惑しながらもどこか納得したように頷いている。
「でも、それだけで急に婚約者が見つかるものなの?」
セリーヌが疑問を口にすると、別の令嬢が少し声を潜めながら話を続けた。
「どうやら、お相手の方がとても豪胆な女性なのだとか……」
「豪胆?」
ジュリアが眉をひそめる。
「ええ、とても気が強くて、アラン様を尻に敷いているそうですわ」
その言葉に、セリーヌは思わず絶句した。
「まさか、アラン様が尻に敷かれるなんて……信じられないわ」
ジュリアも驚いたように目を丸くする。
「でも、実際にその方とお会いしたことのある方によれば、すでに彼女がアラン様を完全に掌握しているとか」
「掌握……」
「ええ、婚約が決まった日にはっきりこう仰ったらしいのです。『あなたの無駄な詩作は私が止めるわ。公爵家の当主としての自覚を持たせてあげる』って」
サロンの空気が一瞬静まり、次の瞬間、ジュリアが大きく笑い出した。
「それは……すごい方ね!」
「ええ、本当に……」
セリーヌも思わず苦笑する。
まさか、あのアランが、そんな女性に出会うとは――。
「まあ、アラン様もこれで少しは落ち着くかもしれませんね」
「落ち着くというよりは……抑え込まれる、という感じですわね」
誰かがそう言い、サロン内にくすくすと笑い声が広がった。
セリーヌはふとカップを持ち上げ、淡い紅茶の香りを楽しみながら、遠くを見るような気持ちで呟いた。
「……彼にとって、それが良い方向に進むといいのだけれど」
彼は変わるのだろうか。
詩を綴りながら、誰かの影に寄り添うように生きていた彼が――。
「まあ、どんな形であれ、前に進むことは大事ですわ」
ジュリアが肩をすくめながら言う。
「私たちは私たちの道を歩むだけよ。セリーヌ、あなたもそうでしょう?」
「ええ」
セリーヌはジュリアの方を向き、微笑んだ。サロンの中に満ちる笑い声とともに、二人はこれからの未来を思い描いていた。




