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 質問の順番を考えながら、ゆっくりと口を開く。


「最初に、ジオさんが森で私にあの男が穢れだと言ったことについて聞きたい」

「ああ、アレのことか。アレこそ穢れを生む存在だ。だから君に見せたくなかった」

「え、あの男が穢れを生んでるの……? だったらあの男をどうにか浄化できれば、二度と聖女を喚ばずにすむ?」

「すまない。言い方が悪かった。アレだけではない。人間という存在そのものが穢れを生む存在なのだ」


 ジオさんの言葉に、私の右手は口元へいき眉間に眉が寄ってしまう。


 ……人間が、穢れ。


 それなら、聖女(わたしたち)はどうなんだろう。聖女(わたしたち)も人間だ。それなら穢れを生む存在が穢れを浄化しているということ。


「……」


 いや、もしかすると違うかもしれない。私は、私たちはこの世界に喚ばれたそのときから人間ではない何かに創り直されていて、既に人間ではない可能性もあるということじゃないか。それじゃあ……。


「ジオさん! 私は……! 私は人間ですか?」


 思い浮かんだ最悪の想像を消すようにジオさんに問いかける。するとジオさんは立ち上がって私のほうへ歩いてくる。その時間が長く感じる。そして嫌な想像はこびりついて離れてくれず、私はジオさんを見るのが怖くなって視線を下へ向ける。


 血液が沸騰するような、けれど身体中の体温は果てしなく下がっていくような感覚だ。いつもより近くからずっと自分の脈の音が聞こえる。


「手に触れても?」

「ど、うぞ……」

「緊張せずとも大丈夫。君は、人間だ。それに喚ばれる前と後に違いもない」

「っ、本当に? 私はここへ来る前の私と同じ?」

「ああ。同じだ」

「よかった……それじゃあ、穢れを生む存在が穢れを浄化してるってこと?」

「いいや。聖女は人間なのだが、この世界では神に近しい存在。故にこの世界に存在する穢れを浄化ができる」

「……」

「穢れとは、抑えられなくなり溢れ出た人間の負の感情だ。そして聖女の力の源は……心だ」

「心、なの……? でも、私はあの国でかなり負の感情たくさんで生活してたよ。だから私の負の感情が溢れててもおかしくない」

「そこが聖女とこの世界の人間との大きな違いだ。聖女自身の負の感情は自然と浄化されていく。けれどこの世界の人間はそれができず溢れさせ、穢れという異形を生み続ける。そして聖女がこの世界の人間を浄化をすると、その人間の負の感情は聖女の身に蓄積され侵していくんだ」


 私はジオさんの言葉に、あの国の人間が言っていたことを思い出していた。『 聖女は祈り、国に結界を張る。そして穢れを癒し浄化することで人々に安らぎを。その過程で聖女の身は穢れに侵されていく。故に清めの泉でその身を癒し、穢れを流すのだ』というあの話を。


「つまり、聖女とは負の感情を移す生きた器……」


 思わず零れ出てしまった言葉に、はっとして下がってしまっていた視線を上げジオさんを見る。


「あ……ごめん。嫌な気持ちにさせたよね。本当にごめ……」


 突然、綺麗な手が私の口を塞いだ。私はその手の持ち主を見つめ、あまりの居心地の悪さに目を逸らす。


 余計なことを言ってしまった。私の悪い癖がここで出てしまうとは。気をつけなきゃと思っていたのに。


 冷たく重すぎる空気に、冷や汗が出てくる。


 アメリアさんとグランさんの雰囲気もなんとなくぴりぴりとしている。ああ、本当に私の馬鹿。


 頭を抱えたい気持ちになっていると、すっとジオさんが離れた。そしてアメリアさんとグランがジオさんの少し後ろでそれぞれ左右に立った。私は意味がわからずただ三人を見る。


「この度のこと、お詫びの言葉もございません」

「え!? あの、そんなっ! 大丈夫ですから! 皆さん頭を上げてください!」


 あまりの驚きにジオさんたちに近づき、触れても大丈夫かわからなくなって行き場に悩む手が宙を泳いでいる。


「私は、ジオさんたちが頭を下げるようなことをされた覚えがありません! だから頭を上げてください!」


 どうしよう。言葉を聞いてもらえない。こうなったのは間違いなく私の失言のせいなんだけど。これは、勢いでいくしかない……。


「ジオさん! 失礼します!」


 私はジオさんの左腕に手を伸ばし掴む。そしてその腕を持ち上げて左手を握る。一連の流れに驚いているジオさんたちはそのままに、私は左手を自分の左胸側に押し当てる。手が離れないように上から両手で固定も忘れない。


「っ……!」

「ジオさん。私の心臓が動いてるのわかりますか? この心臓が今も動いているのはジオさんやアメリアさん、グランさんや他の魔族の人たちのおかげです。なんでジオさんたちが頭を下げるんですか? それこそ私が納得できません」

「だがな、ユヅキ。俺たちがちゃんとお前さんを見ていれば、もっと早くに助けられたのにそれをしなかった」

「だからなんですか? それを言ったらあの国の人間がちゃんと清めの泉で身を清めさせてくれれば問題なかった話なんですよ。それに人間と魔族の関係性を考えれば、無闇矢鱈に手を出すのは悪手です。だからジオさんたちは何も悪くないんですよ。あのとき、本当に私が死んでしまうだろうあの日に……私の手を握ってくれた。そして私が帰れるようにって帰り道を探してくれている。私は魔族のみんなに感謝しかないんですよ」

「……」

「私はここが好きです。そしてみんな、みーんな大好きです」


 私はとびっきりの笑顔で三人の顔をそれぞれ見ていく。するとアメリアさんとグランさんはぎこちなくだけど笑い返してくれた。問題はジオさんだ。


 私は恐る恐るジオさんに問いかける。


「ジオさん。それじゃあ納得できませんか?」

「……」

「ジオさん! 私は甘いものが好きで、お茶は少し苦いほうが好きです。それからここの庭園も好きですし、穏やかでゆっくりとした時間の流れが好き。あとはどのお料理も美味しくて好きですし、山菜とかの知識を丁寧に教えてくれる魔族のみんなも好き。アメリアさんと一緒に本を読むのも好きだし、グランさんと日向ぼっこするのも好き。私はここに来てから毎日が楽しくて幸せなんですよ」

「そうか。楽しいか」

「はい。だからジオさんが謝罪するのはやめてください。ジオさんたちみんな何も悪くないのにって、苦しくなるので」

「わかった。では、ユヅさんもすぐに謝るのはなしだ」

「わかった。約束する」

「ああ。約束だ」


 そこでようやくジオさんの表情が和らいだ。それに安心する。無意識に入っていたらしい肩から力が抜けた。



            ***



 聞きたかったこと全部教えてもらって少し他愛ない話をした。そしていい時間だからと解散になったので、部屋に戻ってきた私はベッドにダイブする。


「あー、頭がパンクしてる……」


 とりあえず自分でまとめてみようと体を起こし、紙とペンを用意して机に向かう。


「まずは……」


 王家の地下にある遺跡にさっきジオさんが説明してくれたことのもっと詳しい情報があるということ。そして魔族は負の感情の抑えかたが上手で、どうにもならないときはとっておきの発散方法があるらしい。ただ人間にはできない方法らしく、グランさん曰くぶっ飛んでいるやり方だから知らないほうがいいと言われた。


 聞かないほうがいいんだろうなと思ってきけなかったけど、そのせいで想像だけは広がるぶっ飛んでいるやり方。ただ私のこの想像を遥かに越えるんだろうな、なんて言ったってぶっ飛んでいるやり方だし。


「んー」


 ああ、そうだ。だから魔族は聖女を喚ぶ必要がないから、一度も喚んだことがない。それで人間は魔族が聖女を喚べないと勘違いした。ただそれも遺跡に書いてあるって言っていたけど。どのくらい長く確認してないんだろ。十年や二十年ではないだろう。もっと長い間、存在していても誰も遺跡を見に行かなかったんだなって思った。


 あと穢れに身を包まれる時間が長ければ長いほど、穢れそのものになり自我を失った黒い化け物になることについても聞いた。黒い化け物は負の感情に全ての感情を食い尽くされた人間の成れの果てらしい。魔族がそういう風になることはまだ確認されていないらしい。魔族の人がなったことがないと聞いてほっとしたのを思い出す。


「よし」


 とりあえず簡単にだけど書き記して紙をまとめる。それを机にある引き出しに丁寧にしまって、もう一度ベッドへと戻る。


 なんで……帰る方法だけは遺跡に書かれてないのかな。やっぱり聖女に帰られると困るからだろうか。それにしたって……。


 もやもやとどうしようもない感情が溢れてきて、仰向けになって息を吐き出す。


「後ろ向き厳禁」


 前向きに頑張れば、きっとどうにかなる。それにジオさんたちがいる。大丈夫だ。

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