第三話:中庭で新魔法を披露
この宿屋はちょっと変な造りの建物だ。
全体はほぼ正方形。
平屋建てで一階しかない。
玄関から入ると正面に受付があって、例のさえない顔した爺さんが一人で応対している。
それで、中に入ると回廊があってその外周に沿って宿泊する部屋が連なって設置してある。
この回廊、妙に天井が高く幅も広い。
幅は部屋の奥行より広いんじゃないかってくらいだ。
回廊の内側の壁と床が石材で、天井と宿泊部屋に木材を使っていて妙な感じがする。
なんだかあんまり儲かってないみたいで壁のあちこちにひび割れがあったり、回廊の床材もところどころがはがれていたりと全体的にぼろい印象を受ける。高い天井にはいくつかランプがあって、中を照らしているが消えているのもあり薄暗くなんとなく気味が悪い。
この回廊の外側には宿泊部屋などがあるわけだが、じゃあ回廊の内側はどうなっているのか?
これがよくわからない。
なにやら頑丈そうな黒い壁が続いているだけだ。
内側に倉庫でもあるのだろうか。
さて、俺の泊っている部屋のちょうど反対側に共同便所がある。
そのため回廊を半周しなくちゃいけない。
右足首をねんざしている俺にはけっこうつらい。
おまけにあのいかれた妹にぶん殴られた左足の痛みが引いてない。
それにしても、洞窟に入った途端にすっ転ぶとは、自由な冒険者にあこがれていたがやっぱり俺には向いてないのかねえ。
転職しようかなあ。
しかし、他の仕事をしたことがない。
お金はもう底をつきそうだ。
もしものためのちょっとしたヘソクリは残してはいるけど。
足を引きずりながらのそのそと歩いていく。
この四角い回廊の四隅には、この貧乏くさい宿屋に似合わないブロンズ像がそれぞれ一体ずつ置いてある。剣士みたいなのと他には、闘士、魔法使い、弓使いのようだ。
まあ冒険者がよく使う宿だから置いたのかね。
どのブロンズ像もカッコつけてポーズを取っているが、古い作品なのか見てくれはあまりよくない。
まあ、剣士はなかなかハンサムだし、魔法使いの女性も美形だ。
しかし、他の二体は適当に作った感じ。
金が足りなくなったのか。
あと、せっかくのブロンズ像もホコリをかぶっていて掃除とかしてない。
それぞれの像の台座にはなんだか文字のようなものが刻んである。
俺にはなんの意味か理解できない。
途中で受付の前を通ると、なにやら体のデカいこわもての冒険者が受付台に置いてある呼び鈴をガンガン鳴らしている。
宿屋の主人があわてて出てきた。
どうやらトラブルになっているようだ。
「おい、部屋に雨漏りがしてたぞ。宿泊代まけろよ、爺さん」
怖そうな冒険者に苦情を言われて主人が平身低頭している。
「すみません、だいぶ建物が老朽化してまして……あの、すぐに他の部屋をご用意いたしますから」
「もういい、野宿の方がましだよ」
さっさと宿屋の玄関から出ていくこわもて冒険者。
確か、俺たちのパーティー以外でこの宿屋に泊っていた客はあの人だけだな。
こんなしけた宿屋に泊る冒険者は俺たちみたいにしけた奴だけだなとそう自嘲する。
痛みをこらえながら、やっと共同便所に着いた。
この便所の窓の向こうには墓場が見える。
すぐ隣が墓場とは縁起が悪いな。
無縁墓地らしい。
用を足したあと、また回廊をゆっくりと歩いて自分の部屋の前まで戻るとふとしたことに気が付いた。
俺たちが泊っている部屋の前の壁。
廊下の内側の壁だが、よく見ると小さい穴が空いている。
どうもドアノブなんかを外したあとのようだ。
ここに扉があるんじゃないだろうか?
壁をよく見ると板一枚分くらいまわりと色が少し違う。
必要な時だけドアノブかなにかを付けて開けているようだ。
俺はズボンから取り出した針金を突っ込んで開けてみようとこころみた。
剣士を名乗っているがパーティーの人数が少ないんで、こんなシーフまがいの作業も少しはできるようになってしまった。
別に泥棒しようってわけじゃないぞ。
もしかしたら、中が倉庫で反対側にも同じようなドアがあれば、一直線に突っ切ることができるので便所に行くとき回廊を半周する必要がないじゃないか。
とは言え、ちょっとした好奇心がわいたのも事実ではある。
意外にも簡単に開いた。
やはり扉だったな。
石材なんで重くて分厚い扉だ。
開けて中を見ると、おお、広々とした中庭があるじゃないか。
太陽の光が入ってきた。
もう夕方なんで、夕焼け空が見える。
しかし、さえない中庭だね、雑草が生え放題だ。
全く手入れしてないな。
端っこにはなんだかいろいろ廃材やらゴミが放置されている。
経営がうまくいってないのか整備する金も無いようだ。
変わっているのは、中央にはなんだかバカでかいヘンテコなブロンズ像がひとつだけポツンと置いてある。
台座も大きい。
大人二人分の大きさくらいの巨大なナマズが寝そべっているように見える像だが、太い手足が生えている。
けったいな作品だな。
これが芸術というものか。
まあ、俺は芸術には興味が無いからどうでもいい。
他にも中庭を囲んでいる壁には等間隔でなにやらいろんな記号みたいな紋章が描いてある。
開けた扉にも描いてあるな。
けっこう独特な紋章だ。
これも芸術かね。
誰も見ないのはもったいないんじゃないかな。
壁に窓でも付ければ日中は陽の光を廊下に入れることができるし、中庭を眺めることもできるのにと思ったが、こんな汚い中庭を見せたくないのでそのまま放置状態かね。
金がないから改修もできんのか。
まあ、どうでもいいや。
中庭を見回すが、反対側の壁には扉らしきものはない。
出入口はここだけか。
やはり便所に行くには回廊を半周歩く必要があるわけだ。
落胆して、俺は自分の部屋に戻った。
部屋に戻ると、スカーレットに声をかけられた。
「ちょっとボンクラ兄貴、あたし新しい必殺技の魔法を開発したのよ」
「いつの間にそんなもん開発したんだよ」
「兄貴がケガして暇だったんでね。披露したいんでダンカンと一緒に近くの山までついてきて。あたしが秘かに練習していた場所があるのよ」
「なんで山まで行かなきゃならないんだ」
「そりゃ、必殺技なんだから秘密にしなきゃいけないじゃん」
「もう夕方だぞ」
「だからいいんじゃない。山に到着する頃には夜になって、誰もいないところで仲間だけに見せたいの」
こいつは俺が足をケガしているのを理解しているのか?
「俺はケガ人だから無理。ダンカンだけ連れていけ」
「ダメよ、今回はかなり危険な魔法だからちゃんと見てくれないと」
困ったな、妹は一度言い出すとなかなかあきらめてくれない。
またヒステリーを起こされるのも嫌だな。
と、ここで俺は思いついた。
この宿の中庭で披露してもらえばいい。
ほんの数歩で行ける。
壁で囲まれているから誰にも見られないし。
「よし、わかった。じゃあその必殺技とやらを中庭でやってくれ」
「なによ、中庭って」
俺はさっき見た中庭までスカーレットとダンカンを連れて行った。
もうだいぶ薄暗くなってきている。
スカーレットが中庭を見まわして言った。
「へ~こんな中庭があったのね。しかし、汚いね。ゴミだらけ。あと、中央に飾ってあるあのヘンテコな像はなんなの」
「知らないよ、前衛芸術じゃないの。とにかく、あの片隅に放りっぱなしの廃材めがけて、その新開発の魔法とやらをぶつけて見たらどうだ」と俺が提案すると、そこにさっきから黙っていたダンカンが口を開いた。
「宿屋の主人に言っておいたほうがいいんじゃないですか」
「そんなことしたら必殺技がばれちゃうじゃない。いいじゃん、どうせゴミなんだから」とスカーレットがダンカンに言い返した。
どうせたいした魔法じゃないだろう。
俺もスカーレットに賛成した。
「じゃあ、いくわよ。二人は地面に伏せて」とスカーレットに命令される。
「そんな大げさだな」と俺はあきれたが、
「本当に強力なのよ、ケガしても知らないよ」とスカーレットがまた怖い顔をする。
魔法が怖いとい言うよりもこのいかれた妹が暴れるのが怖いので、俺とダンカンは地面に這いつくばった。さっさと終わらせて部屋に戻ってベッドで横になりたい俺は、「さあ、早くやってくれ」と妹をせかす。
なにやらスカーレットがカッコつけて左手を腰に当て右手を廃材へ指さした後、怒鳴った。
「アゴラフォビックノーズブリード!」




