第一話:宿屋にて
剣と魔法の国ナロード王国。
僻地の村。
俺がベッドで横になっていると、扉をノックする音が聞こえてきた。
「ちぇっ、またか」
そう言いながら俺は右足をかばいつつ、立ち上がった。
右足首をねんざしているので添え木を付けたままだ。
ゆっくりと宿泊している部屋の出入口に向かう。
ケガした箇所はだいぶ治ってきたがまだ時々ひどく痛むときがある。
扉を開くと予想通り宿屋の主人が立っていた。
さえない顔をした気の弱そうな老人だ。
「あの~お客さん、すみませんが滞納している宿泊代はいつ支払ってくださるんですかのう」
「いやあ、悪いけどあと少しだけ待ってくれませんか。もうすぐお金が入る予定があるんですよ」
「本当ですかのう。失礼ながらあなたはケガをしているようで、冒険者では稼げないんじゃ……」と俺の添え木を当てた右足首を見ながら主人が疑わしそうな顔をする。
「今、妹が冒険者ギルドの仕事を請け負っているんで、それが終われば報酬が入るから大丈夫です。別に宿代を踏み倒して逃げたりはしませんよ、心配しないでください。こんなケガしてるしね」
「そうですか、まあなるべく早くお願いしますよ」
なんとなくいぶかしげな表情で俺を見つつも扉を閉めて、老人は戻っていった。
「リーダー、金が入るあてなんてあるんですか」と俺の背後から声をかけてきたのはずんぐりとした体格で、いつも無表情な男、名前はダンカン。
無駄に背が高い。
こいつは窓際に置いてある長椅子に座って、外を眺めていることが多い。
この窓からは広々とした田んぼが見えてなかなか景色がよい。
ダンカンの奴、一日中、のんびりと田園風景を見てのんきにしてやがる。
「全然ねーよ。もう、俺のポケットには小銭くらいしかないぞ。だいたいなんで足のケガをしている俺に対応させるんだよ、お前が出ろよ」
「そんなこと言ったって、リーダーが寝ているベッドの方が扉に近いし、お金の管理はリーダーの役目だし、それにやっぱり交渉とかするのもリーダーの役割でしょ」
こいつはウォリアー、闘士だが、そのくせ全然やる気がない。
モンスター退治のときも剣士の俺が戦っているとき、ボーッと突っ立ってることが多い。
いつもさぼってやがる。
装備は一流なんだがな。
中身は三流だ。
頑丈な防具を着こみ、デカい斧を持って、他にも高価そうな剣を腰にさして右腕には似合わない金の腕輪を付けてやがる。
こいつが持っている斧や剣が活躍することはほとんどないけどな。
俺はベッドに座り、ダンカンに文句を言った。
「ダンカン、お前さあ、もうちょっとやる気を出せよ」
「宿屋でやる気出してもしょうがないじゃないですか」
「そうじゃなくて、お前には冒険者としての心構えってのが感じられないんだけど」
「はあ、けどスライム退治のため洞窟に一歩入ったところで転倒して足をケガして、結局何もしないで帰るはめになったリーダーも冒険者としての心構えがないような気がしますねえ」
そう言って、珍しくニヤリと笑うダンカン。
「くそ!」
嫌味を言いやがって、ダンカンの野郎。
そう、俺は前回、冒険者ギルドから依頼されてモンスター退治のために入った洞窟で、濡れた床に足をとられて滑って転んだ際に右足首をねんざしてしまったのだ。
我ながら冒険者としては情けないな。
「その前にも冒険者ギルドで仕事を引き受けた後、リーダーが建物を出たとたんに階段で転んで腕をケガして仕事を台無しにしたことがありましたねえ」
「よく覚えてんな、そんなこと」
「僕は記憶力がいいんですよ」
こいつの唯一の長所かね。
「そんなことはさっさと忘れろ。それより、とにかく宿代を工面しなきゃいけないんだけどさ。このままじゃ、あの大人しい宿屋の爺さんもいつかは怒りだすぞ。なんかいい考えはないのかよ、ダンカン」
「うーん、いっそ傭兵にでもなったらどうですか。結構儲かるって話ですよ。今、隣国と戦争の真っ最中だし」
「俺の実力じゃあ、戦争なんかにいったら瞬殺されてかえって味方の足を引っ張りそうだよ」
現在、この国は俺たちがいるこのド田舎な村とはかなり遠く離れた場所で戦争をやっている。
「なんで戦争なんかやってるんですか」とダンカンが聞いてきたので、
「知らんよ、領土争いじゃないの」と俺は適当に答えた。
「いろんな国同士でしょっちゅう戦争やってるようですけど」
「民族の違いやら宗教の違いやら、とにかく戦争やりたい奴らが大勢いるんだから仕方がないんじゃないの。まあ、俺たち自由な冒険者たちとは全然関係ないけどな」
「今度の戦争、苦戦中って聞いてますけど負けたらやばくないですか、敵国の軍隊がやって来たら」
「こんなド田舎までは来ないと思うけど、そんな時はさっさと他の国でも逃げるよ。そういう時は冒険者ってのは身軽でいいよな」
「愛国心はないんですか、リーダーは」
「ないわけじゃないけど、軍に入る気はしないな。軍隊っていろいろ規則とかあって窮屈そうだ。上官の命令には絶対服従だし。そういう七面倒くさいことが嫌だから冒険者をやってるんだよ、俺は。お前こそ志願兵の募集に応じたらどうだ。村役場の掲示板に兵士募集の通知が貼ってあったぞ」
「嫌ですよ、僕は。モンスターが相手ならともかく人と殺し合いなんかしたくないですよ。平和が一番」
そもそもこいつは何もしたくないんじゃないか。
のほほんと遊んでばかりだ。
「まあ、そうだよな。平和、平和と」
生返事をしながら俺がベッドに横になろうとすると、右足首に痛みが走った。
「痛い!」と思わず口に出す。
「まだ痛むんですか」
「うん、治るまでもう少しかかりそうだな」
「まあ、人生焦るとろくなことないですよ。今はゆっくりと休むのが先決ですよ」
そう言って、ダンカンは長椅子に寝転ぶ。
「ケガしてないお前がゆっくりと休むなよ」
「しょうがないじゃないですか、今は仕事もないし」
「お前、少しは働けよ。この宿屋の掃除でも請け負ったらどうだ、多少金になるぞ」
「いやあ、人間は生きることがとりあえず仕事ですよ」
なにふざけたことぬかしてんだとダンカンに言おうと思った時、部屋の扉がドカン! と開いた。




