アングラデスの迷宮第一層 True
翌朝、僕たち『バタフライ・ナイツ』一行は、『みやび食堂』で簡単に朝食を済ませて『アングラデスの迷宮』へと向かった。
いつもの迷宮判定員の人に挨拶してチェックを受けた後、ピリッとした空気の漂う迷宮の中へといよいよ降り立つ。
だが、僕はもう初めての時のような緊張は全くしていない。
これが当たり前の、まるでいつもの通い慣れた職場や学校にでも通うような、そんな感覚だった。
トリプルGとの死闘を潜り抜けたレベル6という今の実力がそうさせるのだろうか?
何しろ推奨討伐レベル11以上のとんでもない強敵だったからね。
「いい感じでアキラも肩の力が抜けてきたわネ」
アンナがまるで我が子を見守るお母さんのような目で僕を見て喜んでいる。
「ほいたら一気に三層まで行くぜよ」
ヒョウマが腕をグルグルと回してやる気を見せたが、僕はみんなにずっと考えていたことを打ち明けた。
「実はその前に、ちょっと立ち寄って確認しておきたい場所があるんだ」
「立ち寄りたい場所ってここアルか?」
「うん、僕はここが絶対臭いと思うんだ。何か感じないか?」
そこは以前2匹のチワワ頭のコボルドたちが現れた、あの行き止まりの場所であった。
「隠し扉を疑ってるのアキラ? アタシも実はちょっと気になってたのよネ。あのコボルドたちがどこから現れたのか」
アンナがそう言ってさっそく辺りの壁を調べ出すと、仲間たちも壁を叩いてみたり、回転扉の仕掛けでもないかと調査の輪に加わる。
「何か壁に書いちょるぞ。なになに『この場所、サラ専用トイレにつき立ち入り禁止』」
げえっ!?
余計なことにヒョウマがわざわざ読み上げてくれたそれに当然サラも気付いたようで、顔を真っ赤にさせて涙目でプルプルと肩を震わせている。
「ふうん、臭いってそういう意味ね……こんな落書きまでして、アキラの意地悪っ! もう大っキライ!」
そう言うと、サラは剣を抜いて僕に向けて振りかぶった!
ヤバイこれは洒落にならない、本気で逃げないと殺られる!!
僕は全神経を集中させて、その剣を寸前で回避することに成功した。
「ち、違う! それを書いたのはヤンだし、僕が言いたいのは」
だが僕の言い訳など、逆上したサラはもう完全に聞いてはいないようである。
「問答無用よっ!」
再びサラの剣が今度は鋭い突きを放ってくるも、僕は何とか身をよじってそれを躱す。
だから、それ当たったら死ぬって!
「かっかっか、痴話喧嘩はコボルドも食わんちゅうぜアキラよ!」
愉快そうにヒョウマは笑っているがこっちはマジである。
「ちょっと静かにしなさいヨ。こっちはかすかな音も聞き逃さないように真面目に調べているんだから」
アンナに怒られてようやくサラが剣を収めた。
僕の話には全然聞く耳持たなかったのに、アンナの言うことだと素直に聞くんだ……。
「やれやれ、アキラは少しデリカシーについて学んだ方がいいアルね。女子が用を足した後を臭いなんて言うのは、男として最低よ」
丸眼鏡を光らせてしたり顔で僕に説教をするヤン。
こ、この男はマジか……。
一体どの口がそんなことを言うのだろう、元を正せば全部ヤンのせいなのに!
思わず抗議しようとするとアンナが僕らに告げた。
「ビンゴだわ。アキラの睨んだ通り、隠し扉ヨ。それもかなり精巧に作られていて、アタシでもこれは本気で探さないと分からなかったわ」
僕たちはアンナの発見した隠し扉を通って未知の領域を進む。
それは引くのでも押すのでもなく、何と上にスライドするという大掛かりな仕掛けであった。
一番下の溝に指を引っかけて持ち上げると、大した力を込めずとも大きく重そうな壁が、ガラガラと上に簡単にスライドする。
しかも壁には継ぎ目が全然見当たらないので、これはパッと見ただけでは本当に分からない。
まさかダンジョンの壁を持ち上げてみようなんて、誰も考えやしないだろう。
さすがレベル13、凄腕盗賊の本領発揮といったところか。
道すがらサラにはさっきの件の事情を説明したけど、いまだその怒りの矛先は何故かヤンではなく僕に向けられ、ぷりぷりと機嫌が悪かった。
「ヤンのせいだからね」
僕が声を潜めてヤンを責めるが、当の本人は口笛を吹いて知らない振りを決め込んでいる。
しばらく狭い通路が続いた後、目の前に扉が現れた。
「開けたらモンスターが待ち構えちょって、いきなり戦闘ちゅうこともありうるぜよ。おまんら、準備はええか?」
僕らが頷き合図を送ると、ヒョウマは豪快に扉を蹴り先陣を切って中に乗り込んだ。
扉を開けた先は結構な大広間で、そこには数え切れないぐらいのコボルドたちがひしめいていた。
チワワのコボルド、土佐犬のレッサーコボルド、それに見たことのない大きな体格の大剣を持ったグレートデン頭のコボルドもいる。
そいつらは全員手に武器を構え臨戦態勢で、今にも襲いかかってきそうな気配である。
やられた。
覚悟を決めて乗り込んだにも関わらず、僕たちはまんまと大量の敵の待ち伏せという罠にハマったのだ。
不利な形成のまま戦闘に突入しようとしたその時、奥からいきなり人の声が聞こえてきた。
「ワフフフ、冒険者め。あれだけ精巧に改装させたものをまさか気付くとはな。ホメてやろう! だがキサマらの行動は全て筒抜けよ!」
最奥でふんぞり返り、豪華な王笏を手にした立派な長い毛のアフガンハウンド頭のコボルドが、何と僕たちに向かって言葉を話したのだ。
「おんしは言葉を話せるんか? コボルド、いやモンスターちゅう連中はてっきり話せんもんとばかり思うとったがよ」
ヒョウマの問いにアフガンハウンド頭が笑う。
「ワフフフ、ワシは特別よ。何故ならば、ワシこそがコボルド族を率いる王にしてこの層の支配者、コボルドキングだからだ!」
そう言ってコボルドキングが尊大そうにその両手を大きく広げると、一斉に周りのコボルドたちが一匹残らずその場にひれ伏した。
この層の支配者だって!?
そういや一層はコボルドたちが支配しているとか言ってた割に全然姿を見かけないと思ったら、こんな所に大ボスが隠れていたとは。
いや、それよりもだ。
あの大量のコボルドたちが全員ひれ伏している。
もしかして今が奇襲をかける絶好の機会なんじゃないだろうか?
こんなこと、善の属性の冒険者だったなら絶対思い付かないし、やらないだろうな。
僕は多分根っからの『悪』なんだろう。
今なら冒険者デビューした日に判定球が下したあの結果も、十分に分かる。
「みんな、今だ!」
僕は号令と共に、ひれ伏していた手近なコボルドにいきなり斬りかかった。
「ギャワン!」
ひれ伏したまま血しぶきと断末魔を上げて横たわるコボルド。
ヒョウマ、サラ、アンナも僕の意図に気付いてそれに続く。
「ワフウッ!? ひ、卑怯だぞキサマら! ワシの忠実なる下僕たちよ、速やかにこの侵入者どもを殺せ!」
コボルドキングがそう命令すると、手下たちが慌てて立ち上がり再び臨戦態勢に入るがもう遅い。
戦闘の流れは完全にこちら側にあった。
ヒョウマの見事な剣技は次々とグレートデン頭たちを一刀で葬り、サラとアンナもコンビネーションでレッサーコボルドたちを仕留めていく。
その間、ヤンはいつでも回復呪文を唱えられるように後方で油断なくスタンバイしていた。
まさに完璧な動きだ。
戦闘開始から数十分経った頃には、ついに敵は大ボスであるコボルドキングを残すのみとなった。
「おのれ、憎き冒険者どもよ。口惜しいがコボルドの王たるワシは生まれてこの方戦闘など下賤で野蛮な行為はしたことがない。だが、ワシには特別な力がある。聞いたことがあるだろう? 強き存在は、より強き存在をこの地に召喚する力を持つというのを!」
「させるかっ!」
「はあっ!」
王笏を掲げていかにも何かしでかしそうな感じのコボルドキングに、すかさず僕とサラが左右から強烈な斬撃を浴びせる。
ズバシュッ!
二人の交差する剣はコボルドキングの胸元を華麗に切り裂いた。
今の攻撃なら間違いなく致命傷のはずだ。
予想通り血を吐いて倒れるコボルドキングだったが、その顔には凄絶な笑みを浮かべている。
「ワグフッ、ワシの死を持ってそれは今ここに叶うのだ。キサマらはこれで終わりだ、いまいましい冒険者どもめ……いでよ、ワシらの……」
そう言い残して力尽きると、突然目の前の空間がぐにゃりと不気味にねじれて歪んだ。
「しまった! 一体何が始まるというんだ?」
僕はゴクリと唾を飲み込む。
そして空間の歪みの渦の中からゆっくりと姿を現したそいつは、僕たちに向かってこう告げた。
「我が名はシバ」




