ビューティフル・ドリーム
夜も更けて、僕たちは<トーキョーイン>へ引き上げた。
面子が一人増えたのでもう一部屋借りることにして、結果サラが一人部屋になり、アンナとヒョウマが同室となった。
「私だけ一人ぼっちで何だか寂しくなるわ」
サラがしょんぼりするとアンナが勇気づけるようにその手を握る。
「いくら心は乙女と言ってもアタシは体は男ですもの、やっぱり同室というのは良くないわ。お金に余裕もできたし、これからは一人部屋で頑張るのヨ、サラ。さあっ、ヒョウマ行きましょう。アタシたちの愛の巣へ!」
「お、おう……」
強張るヒョウマと強引に腕を組み、ルンルン気分でアンナは自分たちの部屋へ行ってしまった。
本当に大丈夫かなあの二人を一緒にしても……。
「やれやれ、何が愛の巣よ。ヤンさんたちもさっさと男の城に帰るよアキラ。明日も早いアルね。さっさと寝ないと迷宮に乗り遅れるね」
ヤンが大あくびをしながらフラフラと歩き出す。
こっちはこっちで男の城か。
まあいいけど。
「それじゃサラ、今日は色々あったけどおやすみ」
そう告げて立ち去ろうとすると、サラが突然僕の目の前に顔を近づけた。
「おやすみなさい」
チュッ。
サラは僕の頬にそっと自らの唇を触れさせた。
「今日のアキラ、カッコよかったわよ」
そう言って天使のような微笑を浮かべると、サラは両手を後ろに回して組み、楽しげな足取りで自分の部屋へと去っていく。
えっ?
えー!!
僕とチューするの絶対イヤとか言ってなかったっけ!?
どういう心境の変化なのか、僕に実は好意があるのか、それともイタリアではただの挨拶程度の意味なのか……サラの意図がさっぱり分からない。
呆然とサラの背を見送りながら、今の出来事は夢でないのかと、僕は自らの頬の感触をいつまでも確かめていた。
†
僕の傍らにクロがいる。
これは夢の中だ。
だがこの場所は、いつものあのテーブルの置かれた殺風景な部屋ではない。
僕の手の中にあるはずの、あの輝くダイスも無かった。
目の前ではヒラヒラと花びらが舞い散っている。
これは、確か『桜』という木の花びらだ。
大昔に日本では野生の桜はとっくに絶滅して、今や国が管理する保護区域に僅かしかない貴重な樹木。
記録映像や本では何度も見たことがあるが、生で見たのは僕も生まれて初めてである。
「キレイだね、クロ。桜ってこんなに美しかったんだ……。夢の中だけどいいものが見れたよ」
僕の感想にクロがクーンと可愛い返事をする。
桜並木の立ち並ぶ小川のほとりを、クロと目的もなくただ歩く。
いつもの夢のようにダイスを振るリミットに焦らされることもなく、のんびりと夢の時間を楽しむ僕たち。
小川もとても澄んでいて、信じられないことに川の底が見えて魚も泳いでいる。
あの薄汚れたネオトーキョーのドブ川とは全然違う。
今まで見たこともない、まるで天国のようなとても美しい風景だった。
僕とクロの他には辺りに誰もいない。
こうしているとなんだか昔に帰ったみたいだ。
しばらく歩いていると『政し寿』と書かれた小さな屋台が目に入った。
『まさしことぶき』とは一体なんだろうと僕は訝しむ。
あっそうか、おそらく逆から『寿し政』と読むのだろう。
立ち食いのお寿司屋さんか何かだろうか。
そんなものはネオトーキョーではついぞ見たことはなかったが、何しろここは夢の中だ。
何があっても不思議じゃない。
「そこの兄さん。ちょいと寿司でもつまんでかないかい?」
屋台の前を通ると、鉢巻を締め髷を結った古風な小男に呼び止められた。
僕は懐を探るが、愛用の財布はそこにはない。
これが現実世界ならたっぷりと大金の詰まった財布を持ってたはずなんだけど……。
「そうしたいのは山々だけど、あいにく今持ち合わせがなくって」
僕が残念がると、髷の男は鼻を掌でいなせに擦る。
「おっと、野暮はいいっこなしよ。兄さんあんたここのお人じゃねえだろ? なんで分かるっておめえさん、その出で立ちを見りゃあ一目瞭然よ。こちとら花の江戸っ子、久々のお客人を素通りさせたとあっちゃあこの寿司政、末代までの名折れとくらあ。お代はいらねえから、食いねえ食いねえ」
流れるような口上に促されるまま、僕は目の前に出された結構大きめのサイズの玉子焼きを恐る恐るつまむ。
「これはっ!? 甘くて口の中でとろける……極上のうまさだ! こんなうまい玉子焼き、生まれて初めて食べた!」
僕は玉子なんて寿司ネタでもさして好物でもなかったが、その今まで味わったことのないうまさに衝撃を受けた。
これはそう……寿司革命だ!
「兄さん嬉しいこと言ってくれるねえ。この煮穴子もどうでえ? そっちに連れてるチビっこいのも遠慮せずに食いねえ」
そう言って男はクロにも寿司を振る舞ってくれた。
「ご馳走様でした。とても美味しかったです」
出された熱いお茶を飲み干すと、僕はキチンと合掌して男にお礼を言う。
ご馳走にありついたクロもぱたぱたと尻尾を振り『ありがとう』とでも言いたげに喜んでいるようだ。
「いいってことよ。時にその腰に下げた得物を見るに、兄さんは侍かい?」
男が僕の堀田印の剣に視線をやる。
言われて夢の中でもいつもの装備はあったんだと今頃気付いた。
買ったばかりの鎖帷子+1もちゃんと着込んでいる。
「いや、侍みたいな上級職になりたかったんだけど、色々あってそれは無理になっちゃって。僕は戦士なんだ」
僕の言葉に男は腕組みをして大いに頷いた。
「そうかいそうかい。戦士ねえ。上等じゃねえか、何も侍だけがえれえわけじゃねえからな。おいらもその昔は町人だてらに、自慢の包丁を刀に打ち直して江戸に現れた化け物と戦ったもんよ」
江戸に現れた化物と戦った、町人……寿司屋……?
僕は男の語るその話をいつかどこかで聞いたような気がした。
「兄さんはそいつで『操手狩必刀』は使えるのかい?」
「クリティカルヒット? ううん。忍者なら素手、侍なら刀を使って華麗に繰り出せるんだろうけど、ただの戦士である僕には無理な芸当さ」
諦めの表情で僕がそう返すと男は、バンとその両手を屋台の木の板に思いっきり打ちつけた。
目がマジだ。
「馬鹿言っちゃいけねえよ兄さん。いいかい、ただの寿司屋のおいらでも『操手狩必刀』をちゃあんと使えたんだ。ここで会ったのも稲荷大明神のお導きよ。『無心のままに剣を動かせ』、こいつをしっかりと肝に銘じて覚えておくんだぜ、兄さん」
その男の声を耳にしながら僕の意識はゆっくりと薄れていった。




