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僕の就職先は戦士、それも悪の。  作者: 伊邪耶ゼロ
城塞都市編
20/214

アングラデスの迷宮

「明日はいよいよ『アングラデスの迷宮』に挑戦しようかと思うのヨ」

 アンナの口から出たその言葉に、僕とサラは同時に唾を飲み込んだ。


『アングラデスの迷宮』。

 現在攻略中の冒険者たちによって確認されているのは第四層まで。

 まだ誰もその最深部まで辿り着き帰った者のない未攻略迷宮だ。

 最深部にはもしかしたら魔王がもう呼び寄せられて、愚かな冒険者がその命を捧げにやって来るのを待ち受けているかも知れない。

 あの世界三大冒険者のコジローですら道半ばで引き返したという噂すらある。

 この日本という国で最高難易度の迷宮である。

 アンナとヤンはかつてその第三層まで進んだ熟練冒険者だ。


 というか冒険者としてデビューしてわずか数日しか経っていないのに、もう日本で最高難易度の迷宮に潜るの僕!?

 僕は不安と緊張の入り混じった目で思わず隣のサラの美しい横顔を見た。

 綺麗だ。

 いや、そうじゃなくて、彼女も僕と同じ境遇だ。

 きっと内心不安に違いない。

 ましてや女の子だもんな。

 思わず僕はサラに声をかけた。

「サラ、大丈夫? 昨日の今日でいきなりだもんね。『アングラデスの迷宮』はやっぱり僕らにはまだ早いかな」

 するとサラは気丈にも笑って見せた。

「私なら大丈夫よアキラ。元々この国に来たのだって、『アングラデスの迷宮』に潜るのが目的だったから、いつでもその心構えはできているわ。ただ……兄とあんな別れ方をした後だし、もし迷宮で鉢合わせたらどうしようと思っちゃって」

 そうか、サラは兄のジェラルドに絶縁宣言されちゃったんだっけ。

 こんなカワイイ美人の妹を見知らぬ国にたった一人ほっぽり出すなんてとんでもないヤツだ。

「その時はこのヤンさんに任せるアルねサラ。どんな大喧嘩も、話し合いでその仲を取り持ってきたこの"交渉請負人"と呼ばれたヤンさんなら万事解決、いいケツよ。ウシャシャシャ!」

 そう言ってサラの尻を撫でて大爆笑するヤン。

 う、うらやまけしからん……。

 僕が何か気の利いたセリフのひとつでもサラに言おうと思った矢先から、これである。

「もうエッチ! 嫌いよヤン」

 怒ったサラは頬を膨らませてそっぽを向くとフンと鼻を鳴らす。

 するとアンナが手をパンパンと叩いて僕たちの注意を引いた。

「ハイハイ、人が真面目な話をしてる最中にふざけないのヨ。『アングラデスの迷宮』へ潜ることについては何か異論はあるかしら?」

「本当に今の僕たちの実力でも大丈夫なの?」

 僕がおずおずと質問するとアンナがウィンクを返す。

「アキラったらホント心配性なんだから。一層ぐらいなら今のアタシたちでも大丈夫ヨ。二層はどうかしらね……」

 視線を上にして思案顔になるアンナへさらに僕が尋ねた。

「ヤンから前に聞いていたんだ。アンナたちの前にいたパーティが三層で死人が出て解散になった話。かなり強いパーティだったんでしょ? それがやられるって……」

 それを聞いたアンナがヤンを見ると、二人ともバツが悪そうに両手を広げた。

「もうヤンったら、アキラに話しちゃったのネ。まあいいわ。別に隠していたワケでもないし。サラは知らないだろうから、この際ちゃんとアタシの口から話しておくわ」

 そう言って遠い目をするとアンナがテーブルに頬杖を突いた。

「戦士のガイ、同じく戦士のマグア、魔術師のノウィス、バードのアルビア、それに僧侶のヤンと盗賊のアタシを加えたこの6人で以前は冒険していたのヨ。最初にパーティを組んだのはもう半年前になるかしらネ」

 興味深げな顔でサラがアンナの話に聞き入っている。

「自慢じゃないけどアタシたちのパーティはとても強かったのヨ。ガイはバトルアックスを手にして敵を切り崩す攻撃役、マグアはタワーシールドでひたすら敵の攻撃を食い止めて仲間を守るのに徹していたわ。その前衛二人の後ろから、ノウィスとアルビアが攻撃呪文で敵を仕留める。これがアタシたちの必勝パターンだったわネ。戦闘が終わればヤンが回復して、アタシが"迷宮王の贈り物"から罠を解除してお宝を根こそぎいただいちゃうのヨ。その繰り返しの毎日で、気が付けば『アングラデスの迷宮』の三層にまで降りていたわ」

 そこまで言うと、アンナはテーブルに爪をカリカリと音をさせて引っ掻いた。

「ところがある日、たった1匹のモンスターにガイとマグアが殺されて、危うく全滅しそうになっちゃったの。アタシの持ってた『転移罠の小箱』っていう魔法のアイテムでその場は無事切り抜けたんだけど。救出屋のトシさんに依頼して引き上げてもらったガイとマグアの遺体はそりゃあひどいものだったわね。すぐさま教会で蘇生を頼んだんだけど、失敗して二人は消滅。ノウィスとアルビアもすっかり落ち込んじゃってパーティも解散。それが今から一ヶ月前の話ヨ」

 その話に自然とシーンと静まり返る僕たち。

「つらい話をさせちゃってごめんなさい」

 目を伏せて悲しそうな顔をするサラに手を振ってアンナが笑う。

「いいのヨ。アタシもヤンもいい歳した大人だから、くだらない感傷は引きずってはいないわヨ。ただ、またあのモンスターが現れて、それがもしもアタシたちに倒せる状況だったなら……」

 自らの短刀を手に取り見つめて、普段荒事を好まないアンナが珍しく戦闘への意欲を見せた。

「いや、冷静になるよアンナ、らしくないアルね。あの白いヤツの強さはどう考えてもおかしかったよ。まず三層で出るような強さのモンスターじゃないし、とてもヤンさんたちの手に負える相手じゃないアルね」

 ヤンが熱くなったアンナに慌てて割り込む。

「どんなモンスターだったのか私、聞いてもいい?」

 少々控えめなそのサラの言葉に、ヤンが出番がきたとばかりに丸眼鏡を光らせる。

「ヤンさんの対象鑑定呪文で分かった種族名はアルビノデーモン。真っ白い姿の悪魔だったよ。レッサー種かグレーター種の突然変異か、はたまた完全な別種なのか知らないが、間違いなく今のサラたちが戦って勝てる相手じゃないアルね」

 アンナもヤンの説明で多少冷静さを取り戻したのか、ため息をついて静かにドライエールを一口飲んだ。

「そうネ……レベル15のあのガイとマグアがたったの一撃で即死したんだし。もし見かけることがあってもさっさと逃げましょう」

 はっ?

 レベル15だって?

 僕は耳を疑った。

 とても強い仲間だったとは聞いていたが、よもや軽々とマスタークラス超えのレベル15とは。

 それが一撃で即死なんて尋常な強さではない。

 一方、僕とサラの現在のレベルは4。

 まるで遠い話に思えたが、『アングラデスの迷宮』に足を踏み込む以上、僕たちにとってそんなに遠い未来の話でもないのかも知れない。

 ガイ、それにマグア。

 僕はいつかあなたたちに追い付いて見せるよ。

 だから、それまでは天国で僕たちのことを見守っていて下さい。

 僕は静かにアンナのかつての仲間たちへと黙祷を捧げた。


「明日は『アングラデスの迷宮』一層をメインに、余裕があればちょっとだけ二層にも降りてみましょう。それでいいわネ?」

 僕たちは揃ってアンナに頷いた。

「気が付けばもうこんな時間アルね」

 ヤンがポケットから錆びた懐中時計を取り出して時間を確認する。

 時計の針は深夜2時を回ろうとしていた。

「それじゃ今日はここまで。集合は朝7時に『みやび食堂』前ネ。さ、早く宿に行って休みましょう。夜更かしは乙女のお肌の大敵ヨ、サラ」

 アンナの言葉を受け、僕たちが席から立ち上がると頬に手を当てたママがドタバタとやって来た。

「あ~ら、今から宿屋に泊まるのも勿体無いわよ~。その辺のソファでゴロ寝で良かったら、このまま朝まで寝ていきなさいよ~。サラちゃんに大事なセクツーブーツも渡さないといけないから、ねッ!」

 僕たちは<バタフライナイト>のママの好意に素直に甘えることにして、その体を休めた。



 そこは朽ち果ててボロボロになったテーブルらしきものがあるだけの、四方にも全く出入り口の見当たらない、逃げ場なき不気味な閉鎖空間。

 とてもこの世の場所とは思えなかった。

 そんな場所に佇むのは一人の小柄な男。

 両腕をしっかりと組み、直立不動の姿勢を取っている。

 男は全身を黒づくめの装束で覆い、さらに鋼の面頬で素顔を隠しているのでその表情は全く窺い知ることはできない。

「ここは、またあの夢でゴザルか。そこにいるのであろう……姿を現せ、(あやかし)よ!」

 凛とした声で男が叫ぶ。

 すると、深淵を思わせるほどに濃い、闇のオーラをゆらゆらとその身に漂わせた邪悪な化物が音もなく現れ、男を挑発するかのごとくその尾を揺らした。

 男はいつからか何度も繰り返しこの同じ夢を見るようになっていた。

 グガァァァァァァァァ!

 地の底から響くような恐ろしい咆哮を上げると、その化物は男へと躍りかかる。

「クク……そのような速さで拙者に追い付けるとでも思ったでゴザルか。笑止!」

 まるで瞬間移動でもしたかのごとく、一瞬にして化物の攻撃を回避した男は天井の隅に張り付いていた。

 尋常な身のこなしではない。

 だが化物は天井の男目がけて、すぐさまその恐ろしい牙の立ち並んだ口を大きく広げると、化物の口内に闇の波動が急速に満たされ、より集まったその波動が大きなうねる一筋の光として一気に解き放たれる。

 攻撃を受けて男の姿がその場所から完全に消滅した。

 と思いきや、今度は地面スレスレにその身を低く屈めていた。

「見えたぞおヌシの死中線。御命、頂戴仕る!」

 男は背中からやや小振りの直刀を抜き放つと、瞬時に逆手に持ち替え、化物の胴体を狙い済まし下段から斜め上に電光石火の速さで勢い良くその刀を振り上げた。

 ザシュッ!

 確かな手応えを感じた男であったが、化物は恨みがましそうな瞳を向けたまま、ゆっくりとその姿をぼやけさせると空間から消えていく。

「不覚。また取り逃がしたでゴザルか。だが何度来ようと同じことよ」

 無念そうな声で刀を背中の鞘に納める男。

「……闇に生き、闇に死すが運命(さだめ)(しのび)。このライゾウ、(あやかし)ごときに遅れを取る(しのび)ではないでゴザル。あヤツが拙者の夢に現れ続けるならば、拙者は未来永劫あヤツを斬って捨てるまでの話」

 そう呟いてその忍者の男は両手で印を結んだ。


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