アングラデスの迷宮第一層 その1
陽だまりに包まれた木陰の側で、一人の男が暇そうに椅子に腰かけ座っていた。
僕たちの姿を認めると手を振りながら小走りでやって来て、その白い歯を見せる。
「はーいどうも。迷宮判定員です。皆さん、冒険者登録証の提示をお願いします」
その迷宮の入り口付近には、『マルホーンの迷宮』にはいなかった『迷宮判定員』と名乗る男がいた。
手にした小さな念導体の組み込まれた水晶体に、僕たちの冒険者登録証を読み込んでいく。
その原理は訓練所の判定球と同じ仕組みだ。
「えーとパーティ名は登録なし、属性制限オッケー。装備制限オッケー」
テキパキと手際よく作業を続ける迷宮判定員の男。
「人数制限オッケー。だけどアングラデスにたった4人のパーティで潜るって皆さん凄いですね! 普通、ここに潜る冒険者さんたちはみんなフルパーティですよ」
そういえば僕たちは初日からずっと少人数での冒険を繰り返している。
これって大丈夫なのだろうか?
「その方が危険も多い分、経験値も稼げるからしばらくはこのままで問題ないわヨ」
なるほど。
今までのスパルタ戦闘はそういう理由があったのかと僕は大いに納得した。
「あ、ちょっと待って下さい。盗賊さんと僧侶さんはパーティ名『ハイランダーズ』で登録になってるけど、戦士さんたちは違いますね。メンバーの入れ替えでもあったのかな?」
「『ハイランダーズ』なら先月とっくに解散したアルよ」
ヤンの言葉を聞いて迷宮判定員が困った顔になる。
「それならちゃんと申告して頂かないと困りますよ。記録上ではえーと……ネオトーキョーの攻略上位パーティで現時点3位のままですよ、『ハイランダーズ』は」
二人のいた『ハイランダーズ』はそんなに凄いパーティだったのかと、僕はたじろいだ。
待てよ、そういえば僕も何だか耳にした記憶があるぞ……。
思い出せないけど。
「今『ハイランダーズ』を解散して新たなパーティとしてアタシたちを登録できるかしら?」
「できますよ。パーティ名はどうしましょう?」
アンナが僕たちの顔を見回した。
「それはまだ保留でいいわヨ。今度、また改めてステキな名前をみんなで考えて付けることにするわ」
「分かりました。はい、何も問題ありません。それでは皆さんどうぞお気を付けて、良い冒険を!」
「びっくりした。何だろうかと最初思ったよ」
するとアンナが僕の方を振り返った。
「アキラは『国際冒険者法』で1パーティにつき最大6人と決められているのは知っているわよネ。それに善と悪が一緒にパーティを組めないことや、後衛の呪文職のほとんどが刃物や重鎧を装備制限されていることも」
「うん。あれって冒険者自身が守る暗黙の了解だと思ってたら、ちゃんとこうやって入り口でもチェックしてたんだ」
思わず感心しているとサラがにこっと可愛らしく微笑んだ。
「先人の知恵ってやつね。実際、国連がこの決まりを作る以前の最初期の冒険者たちは迷宮でかなり無駄死にしていたみたいだし」
……笑顔で言うセリフではない気がするぞ、サラ。
54年前に国連が作った『国際冒険者法』で、狭い迷宮において冒険者は最も効率的に行動するため
1パーティの人数は最大6人までと定められている。
これを超えた場合、たとえどんなに討伐対象モンスターを倒してもGは振り込まれない上に、経験値も一切加算されない。
それどころか最悪『国際冒険者法』違反として冒険者の資格を剥奪されることもある。
それぞれが気の向くままに迷宮に突撃していた最初期には、一個小隊を率いた自称"地獄の特殊部隊"や
"聖十字騎士団"を名乗る一団まで、今では考えられないような個性的な顔ぶれの者たちが迷宮に殺到した。
狭い迷宮内で彼らはその実力を発揮できず、混乱に次ぐ混乱をきたし、いいようにモンスターに蹂躙されてその命を散らした。
まあ彼らの犠牲の上で最適な職業や装備、パーティ構成が分かり、その後の国連発足から『はじまりの迷宮』攻略までの道のりに繋がったのだから、その犠牲は決して無駄ではなかったといえよう。
「『アングラデスの迷宮』はこの国最高難易度の未攻略迷宮よ。うっかり素人冒険者が制限破って犬死にしないよう、ああやって迷宮判定員が常に目を光らせているアルね」
「迷宮判定員か。あの人たちのおかげで僕ら冒険者が危険な目に遭う確率が少しでも減っていると考えると、頭が上がらないよ」
仲間たちとそんな雑談をしながら、僕たちは迷宮の中に足を踏み入れた。
『アングラデスの迷宮』第一層に降り立った僕がまず感じたのは、その独特の空気感だった。
見た目は石壁を組まれて構成されたゴシックスタイルで、どこにでもありそうなごく古典的な迷宮を思わせる。
だが、そこに『マルホーンの迷宮』で感じたようなじめじめした湿気やカビ臭さはまるでない。
例えるなら、人が住んでいる家に感じる『生活感』とでもいうのだろうか、そんなものがここには漂っているのだ。
今までのような生易しいモンスターではなく、何度も冒険者を返り討ちにしてきた強敵が、確かにここには潜んでいる……。
そんなピリッとした空気感を僕は肌で感じ、気を引き締めた。
「まずは一層。ここで全滅の危険はまずないわヨ。出現モンスターはコボルドとクーパーくんだったわネ、ヤン?」
「そうアルよ。特にコボルドはワンワンワンワン、数が多くてしつこい上にこの層を支配してる連中だから覚悟するよ、二人とも」
コボルドは犬の頭部を持った犬人間、いや犬モンスターだ。
狼の頭部を持った狼人間であるラウルフ族との違いは、……言葉を喋るかどうかと、知能の差だろうか?
正直僕もその辺はあまり理解していなかったりする。
訓練学校の1年時の授業でうっすらと学んだ覚えもあるのだが、僕はどちらかというと頭脳派ではなく肉体派なのだ。
妙なことに、一層はコボルドが支配する層だとヤンから聞いていたにも関わらず、今まで1匹たりともその姿を見ていない。
これまでに戦った敵はというと、扉で仕切られた小部屋に出現する、かつての時代において『ゆるキャラ』と呼ばれていた着ぐるみに霊が憑依した、クーパーくんだけである。
「とりゃあっ!」
「はっ!」
僕とサラの息の合ったコンビネーションの前にあっさりと崩れ落ちるクーパーくん。
だが、こいつらは倒しても倒しても、不思議なことに一度部屋を出てまた扉を開けると復活している。
今倒れたクーパーくんも、これで通算13回目。
哀れにも、現れてはやられるのをただ繰り返すだけのクーパーくんに、僕は若干同情を覚えた。
おかげで倒す敵に事欠きはしないが、同じ行動の繰り返しでいささか物足りないのも事実だ。
「一層からコボルドが一掃されたなんて話も聞かないし、おかしいわネ。前に来た時はあんなにウジャウジャいたのに」
アンナが不思議そうに首を傾げるとヤンが笑い出す。
「一層から一掃、おまけにあんなにウジャウジャとアンナが言ったアルね、ウシャシャシャ!」
「アンタはちょっと黙ってなさいヤン。人が真面目に話してる時にくだらない駄洒落を言うんじゃないわヨ」
小部屋でクーパーくんを手際よく倒す僕たちは、ひとしきりそこで稼ぐと歩を進めた。
だが、その間も噂のコボルドたちにはただの一度たりとも遭遇しなかったのだ。
そうこうしているうちに、やがて二層へ降りる階段へと僕らは到着した。
「やっぱりおかしいわ」
突然足を止めてアンナが階段付近を歩いてチェックする。
「どうしたのアンナ?」
サラがアンナの顔を覗き込む。
「二層へ降りる階段の位置が、何だか前来た時とこう……配置がズレている気がするんだけど」
アンナが小指を立ててトントンと自らのこめかみを軽く叩くと、ヤンが残念そうな顔でその背を叩いた。
「考えすぎよ。階段が動くはずがないアルよ。ズレているのはアンナの記憶の方じゃないか? 昨日あんまり寝てなかったから、きっとまだ脳が寝ぼけてるね」
「アラ、失礼しちゃうわネ。久々に来たとはいえ、このセクシー腕利き盗賊アンナちゃんの空間把握能力をナメないで欲しいものだわ」
アンナがムッとした顔でモデル立ちを決める。
「いよいよ第二層か。トントン拍子に進んで調子いいよねサラ」
僕がサラに語りかける。
だが返事はない。
様子がどうも変だ。
顔に汗を浮かべてもじもじと内股になって、キョロキョロ辺りを見回している。
「どうかしたのサラ?」
僕がそう尋ねると、サラは困った顔をして迷った挙句、何故かアンナの側へ行きごにょごにょと何事か耳打ちをした。
「ここで小休止しましょ。アキラとヤンはそこで待ってなさい」
アンナはそう言うと、サラを伴ってどこかへ行ってしまった。
「サラ、一体どうしたんだろう……」
心配そうに僕がそう呟くと、ヤンが丸眼鏡を光らせてニヤリとする。
「アキラは大と小、どっちだと思うね。ヤンさんは大に10G賭けるアルよ、サラは朝モリモリ食べてたからね。きっとヤンさんには幸運の女神が舞い降りるよ、コーウンの。ウシャシャシャ!」
……極めてデリカシーに欠けたその言葉で僕もようやく理解した。
なるほど、生理現象か。
僕はいつも迷宮に潜る前にはしっかり済ませているのと、緊張からか余分なものは汗として流れ出ているらしく今まで冒険中にトイレに行きたくなったことはない。
生来の食の細さも関係してるのかも。
小さい方ならその辺の隅でもできそうだが、大きい方となると確かにちょっと困りそうだ。
おとなしく二人が戻って来るのを待つことにして、僕は小さい方に10G賭けた。
「ありがとうアンナ。私、男の人の前で『トイレに行きたい』なんてとても言い出せなくて」
「いいのヨ。女の子同士だもの、こういうことは何でも恥ずかしがらずにまずアタシに相談するのヨ。そこの奥の扉を開けた場所がちょうど行き止まりの場所になっているわ。アタシがここで誰も来ないように見張っていてあげるから、気にせずゆっくり済ませてきなさい」
「やっぱりアンナは頼りになるお姉さんだわ。おかげで助かっちゃった」
一人呟きその場にしゃがみ込むと、サラは自らのスカートの内側にくいっと手をかけ、デフォルメされたドラゴンが描かれた可愛らしい下着を、するするとその太ももから這わせ足首まで下ろし、両足をわずかに突っ張る。
チョロ、チョロ……。
滴り落ちる液体が、見る間にダンジョンの床を濡らしていく。
「ンっ……ふぅー……」
サラはホッとしたのか、そっと切なげな吐息を漏らす。
「アタシも今のうちにメイクを直しておかないと」
そう言ってラメ入りのピンクのリボン付きポーチから手鏡を取り出すアンナ。
その時――。
「きゃああああーーーーっ!!!!」
突然サラの黄色い悲鳴が迷宮内に響き渡った。




