Good・Neutral・Evil
迷宮が存在する付近の街は冒険者に特化した迷宮攻略都市として発達し、冒険者たちが自ずと集まるようになる。
日本最大の迷宮攻略都市である『城塞都市ネオトーキョー』ではこの日、冒険者になるための登録をすべく訓練所へと訪れた一人の少年の姿があった。
「冒険者名アキラさん。2番窓口へとお越しください」
訓練所のアナウンスの声に促されて窓口へと向かう僕。
担当官は人の好さそうな中年のオジサンだった。
「はい、お待たせ。担当の服部です。えーと、事前に受けてもらった判定球の結果、アキラ君の属性は悪だね。次にボーナスポイントはと……ありゃりゃ、最低の5だって。うーん、残念。気を落とさないで。じゃあ続いてアキラ君のステータスに、ボーナスポイントを足した数値から条件に合う職を選ぼうか」
訓練所の担当官に何気ない口調でそう言われ、僕は愕然とした。
「ちょっと待ってくださいよ。属性が"悪"だって? この僕が? 何かの間違いじゃないですか」
生まれついてのクジ運の悪さから、ボーナスポイントの数値についてはハナから期待していなかったが、あまりにも予想外の悪という属性判定に僕は担当官に食い下がる。
「間違いないよ。この国際冒険者連合お墨付きの公式判定球にホラ、ちゃんと出てるでしょ? 『Evil』って」
確かにそこには善を意味するGoodでも、中立を意味するNeutralでもなく、はっきりと悪を意味するEvilという文字が水晶体の表面に浮かび上がっている。
各冒険者の持つ性格や個性を、属性として『善』『中立』『悪』の3種類に分けるその方式は、迷宮という常に死と隣り合わせの緊張を強いる隔離空間でパーティ内でのいざこざを極力なくそうと考えた国際冒険者連合(略して国連)により『国際冒険者法』として定められている。
冒険者として活動するために訓練所で初めて冒険者登録をする際には、国連が世界各地の各訓練所に設置している『判定球』と呼ぶ魔法と科学の粋を結集した水晶体に触れることで、必ずいずれかの属性に判定される仕組みだ。
ちなみにこの判定球は冒険者の持つ才能を力、知恵、信仰心、生命力、素早さ、運の6つのカテゴリに分類、数値に置き換えたステータスの可視化もできる上に冒険者登録証の個人データの読み込みと更新も行えるスグレモノだ。
次世代の冒険者を育成する目的で設立された冒険者訓練学校を先日卒業したばかりの僕のステータスは、一般的な人間という種族の男として見ても最低限の数値だった。
おまけに職選びの際有利になるボーナスポイントすらも最低の5だったのだが、それも重大な問題が発生した今となってはどうでもいい。
「だっておかしいじゃないですか。僕は訓練学校の授業でも一度も遅刻欠席はしたことないし、実技の評価だって『S』を取るぐらい真面目にコツコツ優等生としてやってきたんですよ? それがよりによって"悪"だなんて、そんなの……」
プルプルと肩を震わせる僕。
「そんなの……ロードにも侍にもなれないじゃないですか!」
そう、上級職のロードと侍は職業条件として属性が悪の者はどうあがいてもなることができないのだ。
「まあまあ、アキラ君落ち着いて。何も属性が悪だからイコールその人が極悪人ってわけじゃないし。ズズッ……おっ、茶柱」
ヒートアップした僕を担当官のオジサンは呑気に湯気の立ったお茶を啜りつつ諫める。
「それに悪だと確かにロードや侍は無理だけど、極めれば『殺戮マッスィーン』の忍者になれるじゃない。フフ……カッコイイよ、忍者は。何と言っても『殺戮マッスィーン』だからね」
『マッスィーン』の部分だけ妙に強調して発音した担当官がシュッと手刀で首を切り落とす真似をする。
その拍子に湯呑みが倒れてお茶がカウンターにこぼれた。
白けた目で僕が担当官を見ていると、照れ隠しかわざとらしくコホンとひとつ咳払いした。
「ま、まあ、属性を抜きにしたところでロードや侍なんて上級職は、私ら人間じゃあよっぽど長く経験を積んで頑張らないと転職は厳しいよ。それより今は将来の上級職よりも目の前の現実を見ようよ。ね?」
担当官の言う通り、上級職と呼ばれるそれらはよっぽど強運に恵まれた星の下にでも生まれていない限り、訓練所上がりの新米冒険者がおいそれと就ける職ではない。
だが判定球に"悪"の烙印を押された時点で、ロードや侍へいつの日か経験を積み転職し、日本が誇るあの侍の中の侍『コジロー』のような一流冒険者として活躍する未来を夢見ていた僕の冒険者プランがこれにて水の泡となったのは間違いのない事実だ。
「うう……せめて中立ぐらいにオマケしてもらえませんか?」
ダメモトで侍になれる中立へと変更してもらえないかと、両手を合わせて懇願し最後の泣きの一手を試みる僕。
しかし、担当官はこちらを見ないまま、
「無理無理。えーと、ボーナスポイント5をアキラ君の基礎ステータスに加算して現在なれる職はと、基本職の戦士、魔術師、僧侶、盗賊……おっ、レンジャーもいけるね」
と、慣れた手つきでテキパキと念導体の組み込まれた水晶体を操作しデータを入力していく。
最後の望みすら断たれた僕は担当官の事務的な作業をただ呆然と見つめるだけ。
「それじゃ、もうオジサンがアキラ君の職決めちゃっていいよね? レンジャーは一応中級職だけど矢を大量に持ち歩かないといけないから何かと大変だし、将来は非情の『殺戮マッスィーン』忍者になる予定のアキラ君ならやっぱり盗賊で、と……」
「わーっ、待った待った! 戦士、戦士でお願いします!!」
勝手に盗賊になんてされてはたまらないと慌てて担当官を静止する僕。
装備制限で長剣が規制される盗賊やレンジャーになり、訓練学校で必死に続けてきた剣の稽古が何もかも無駄になってしまうよりかは、前衛で長剣を持って戦える戦士の方がまだマシだ。
僕の必死の叫びに担当官はデータ入力の手を止めた。
「戦士かぁ。そっちから忍者を目指すより鍵開けや身のこなしのスキルをまず盗賊で修行した方がオジサンはいいと思うけど。それに盗賊なら例のナイフで転職って裏ワザもあるんだけどなぁ……う~ん。いや。アキラ君にはアキラ君なりの『忍道』があるってことか、うん。じゃあ戦士で決まりだ!」
忍者推しの担当官に危うく勝手に職を盗賊に決められそうになりつつも、そんなこんなで僕は冒険者登録証と給付金113Gを受け取った。
「アキラ君がまたここに、今度は忍者へ転職するために来る日をオジサンは待ってるからね」
そう言って笑顔で見送る担当官は最後の最後まで忍者推しだった。
なにはともあれ僕、葉山旭はこの日晴れて『レベル1・悪・戦士・アキラ』として正式に冒険者デビューしたのだ。