ヘルキャット
『皆様、遂にやってまいりました。決勝戦です!―――先ずは、九州地方代表の化け猫。墨江選手!!』
黒衣の美女、墨江が、黒い猫耳と二股の尻尾を生やして、万全の戦闘体勢でロープをまたいでリングに上がった。女の穏やかで切れ長の瞳は、怒りに満ちていたのだ。
『続きまして、中部地方代表の口裂け女。妙子選手!!』
妙子は、先程の試合だけでなく控え室でも邪魔されてしまったものだから、もうマスクは外していて咬み付く気満々だ。同じく、多少の事情は違うが、怒りにより万全の戦闘体勢。
紹介を終えた少女座敷童が“そそくさ”とリングから降りて離れて行った、その途端、ロープから弾かれるかのごとく全力疾走していく、墨江と妙子。そして、真正面から躰をぶつけ合って踏ん張り、背中に腕を巻きつけて互いの肩甲骨を締めてゆく。墨江と妙子とともに、筋力は“そうとう”ある筈であるから、一歩も譲ろうともしない。妙子が片腕を脇の下から滑り込ませて、胸の隙間から出してきた手で女の顎を押し上げた。これから離脱した墨江は、妙子の顔面へと拳を二発浴びせてゆく。そうして出来た間合いから、さらに躰を捻り、その長い脚を鞭の如く振り上げて女の横っ面へと撃ち当てた。軸足を使い、今度は踵で反対側の顔を蹴り上げた。打撃の勢いで、妙子の体勢が崩れたのを見逃さず、マットを蹴ってゆく。
全力疾走からの肘鉄。
胸倉を掴んで肘鉄。
もうひとつ肘鉄。
四度目に繰り出した肘鉄を流されたときに妙子から背中側に回り込まれて、胸の下へと腕を巻かれて肋骨を締め上げられて、足がリングから浮いていく。まるで、万力のような力に、墨江が苦痛の喘ぎを漏らした。これに堪えながら、墨江は背後の顔へと肘を三発撃ち込んですぐに、片足を相手の脚に絡めたのちに手を後ろにやると、妙子の眼を親指で押しやっていく。これにたまらず妙子が力を緩めた瞬間、頭と首に腕を巻きつけた墨江は、躰を折り曲げて女をリングに叩きつけた。次に腕を捕って、己の腕を絡めた直後にへし折った。続いて首をとろうとしたら、妙子から襟足を掴まれて前方に力強く投げられる。飛び起きた妙子が、折られた腕をもとに戻ってしまったのちに、墨江の髪の毛と腕を捕まえて投げ飛ばして、コーナーポストに胸を叩きつける。そしてロープに上ってゆき、仰向けの墨江の腹をめがけて、背面から飛び降りて肘を叩き込んだ。