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「平和になったら用済み」と追放された聖女は、隣国騎士と幸せを見つける。~なお、あの国は平和になっていなかったようです~  作者: 莉沙子
3章

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幕間② 再びの災厄

「くそ……! なぜ返答がない!」


 エドウィンは、今日何度目かわからない悪態をつく。

 舌打ちは日に日に多くなり、苛立ちは募り続ける。 


(それもこれも、あの小娘のせいだ──! 異世界の平民のくせに、私を煩わせるなんて!)


 取るに足らない娘に、自分が振り回されていることが、耐えがたいほどの屈辱だった。 

 エドウィンは、窓の外へ視線をやった。

 王宮の見晴らしのいい場所にしつらえられた執務室からは、城下の様子が臨めた。

 エドウィンは、この眺めが好きだった。

 城下に広がる街に、王宮から見える位置に聳えるローズ教の総本山である教会、その後ろに静かに控える聖地。そして街の外に広がる国土。それらが全て、エドウィンのものになることは約束されていた。

 街を、国土を見下ろすたびに、実感できるのだ。

 だが、ここしばらくは、お気に入りの景色すらエドウィンの気分をなだめてくれなかった。

 聖女はランデル修道院から脱走し、テオパルド王国に逃れた。行方を追おうと再三テオパルド王国に問い合わせ、入国許可を求めても、返答は遅く、その内容は芳しくない。 

 未だに、エドウィンは聖女ニーナの行方を掴めずにいた。


「このままでは……」


 苛立ちはが最高潮に達すると焦りへと変わる。自分が焦っていることに気づき、再び苛立ちへ。

 その繰り返しだった。

 見下ろす街は安寧とした空気に包まれている。 

 この国の誰もが気づいていない。このままでは、この国が再び暗雲に包まれることを。

 エドウィンの秘めた企みだったが、知らないまま平和を謳歌する国民が腹立たしかった。


「エドウィン殿下!」


 扉をたたく音が響く。

 なんだ、と返答すると同時に、扉が開かれる。

 エドウィンは大きく吸った。入室の許可を皆まで聞かず、無礼を働いた官吏を叱責するつもりだった。


「霧が……魔獣が……!」 


 しかし、官吏の言葉を聞いて、言葉を飲み込まざるを得なくなった。


「黒い霧の魔獣が再び現れました!」   


 エドウィンは、息を呑んだ。

 聖女ニーナが隣国へ逃れた。数年前の聖モントローズ王国と同様、災いに襲われているであろうテオパルド王国へ。

 おそらく、そこで黒い霧を纏う魔獣を討伐したのだろう。


(何故……)


 エドウィンは、強く奥歯をかみしめた。

 くやしさ、怒り、苛立ち。すべてが一緒になって腹の底から頭へと突き上げていく。


(何故、私の望む方ように進まない!?)    


 望んで手に入らないものはなく、望まなくても全てが目の前に差し出される。

 王家と公爵家の姫である母の間に生まれ、高貴な血筋を引き継ぐ、王を継ぐべくして生まれた王子。

 エドウィンは、生まれながらの王太子だったのだ。

 だから、今回もエドウィンの望むままになる。その根拠のない自信が、エドウィンにはあった。

 今までそうだったから。

 

 



 エドウィンの記憶は、賞賛から始まる。

 父の威光、母の実家の後見、そして宮廷の華と謳われた美しい母によく似た美貌。

 誰もがうらやんでやまないものが、エドウィンには備わっていた。


「まぁ、エドウィン第一王子の美しいこと」

「まるで天使のよう。母君そっくりでいらっしゃる」

「溌溂として健やかで……。この国は安泰です」 


 銀の髪と紫の瞳。体もが健やかで、エドウィンは神の寵愛すらわが物だと思っていた。


「エドウィン。私の宝石。あなたが望むものは何でもあげる」


 母はエドウィンに甘かった。

 実家は聖モントローズ王国でも有数の資産を持つ公爵家だったから、望む前になんでも与えられた。

 絹の衣装。珍しい宝石。国一番の匠が手掛けた剣──聖モントローズ王国そのものさえも。


「気高くありなさい。誰にも屈することなく。頭を下げてはなりません。侮られてはいけません。相応しいものを身に着け、相応しい振る舞いをしなさい」


 その言葉の通り、エドウィンは気高く振舞った。

 自分には誰よりも優れたものが、佳いものが与えられるべきで、その場の最も素晴らしいものを選ぶ権利が、否、義務が自分にはあるのだと、そう思っていた。


──手に入らないものがあるのだと知ったのは、弟が生まれてからだった──


 アルバート。身分の低い男爵家の娘から生まれた弟。


「数にも入らない者から生まれたような者が、王子の身分を得ることでも図々しいというのに……」


 母の言葉でエドウィンは知った。


(そうか。アルバートは弟だけど、私よりもずっとずっと下の人間なんだ)


 エドウィンは弟への態度を決めた。

エドウィンにとって、アルバートは飼い犬のようなものだった。

 手なずけて甘やかせば、いい反応が返ってくる。従順で躾のされた態度は、気分を害する者でもなかったし、あにうえ、と舌ったらずで呼ぶのも、愚かな犬に芸を仕込むようで面白い気がする。

 

 その関係が変わったのは、アルバートが成長し、はっきりと父親似であることが分かったからだ。


「アルバート殿下は、父君そっくりでいらっしゃる」


 その声は、どこからともなく聞こえた。


「陛下が若返ったのかと思いましたの。ご気性もまたそっくり。穏やかで、こちらまで気分が安らぎます」


 赤みがかった金の髪に薄青の瞳。その身に備えた色で夏の王と称された父王。

 平和を愛し、慎ましくも穏やかに国を治めた。その父王にアルバートはよく似ていた。

 養子も気質も。生き写しと言われるほどに。


「母上は男爵と身分が低いようですが、聖学者、ローズ教の教典や歴史について陛下に教授されるほどなのだとか」

「知性と品性があるのも頷けますわ」  

「エドウィン殿下は──」


 苦笑。そして密やかな悪意の声。


「少しも陛下と似たところはございませんね」

「妃殿下は、宮廷の華でいらっしゃいましたしね」

「そういえば……前に噂のあった伯爵家のご長男の瞳の色とエドウィン殿下の瞳の色はよく似ていらっしゃる」

「出産も結婚されてすぐでしたしねぇ」  


 宮廷の華と呼ばれた母が身分と美貌を振りかざし、浮名を流していたことを、エドウィンは成長するにつれて知った。

 母の不貞を疑っているわけではない。伯爵家の長男の瞳の色も紫ではあるが、そもそも公爵家に引き継がれる色もそうなのだ。

 しかし、一度疑いを持てば、疑念を完全に拭い去ることはできなくなるし、陰でささやかれる噂が次々と耳に入るようになった。


 エドウィン殿下は、気性が荒い。

 品のいい振りをしていながら、粗が出る。

 家庭教師が、暴言に耐えかねてやめたらしい。

 派手好きで好き放題に買い物をしている。


 何も知らないものが好き勝手に、とエドウィンは憎々しく思っていた。

 上に立つものが鷹揚なばかりでどうする。厳しくしなければ下が従わない。

 家庭教師だろうと、第一王子に無礼を働いてはならない。当然の報いだ。

 第一王子ともあろう者が、他人に侮られるような質素な恰好をしてはいけない。

 すべては、上に立つものとしての尊厳と気品を纏うために必要なものなのだ。

 エドウィンは、努力した。努力して、王太子にふさわしい振る舞いをしたのだった。

 なのに、いつまで経っても、声は消えなかった。


「いっそ、エドウィン殿下より、アルバート殿下の方が……」  


 その声を聴いた瞬間、エドウィンは決意したのだ。


(負けるものか。弟にも、父にも負けない。弟の成せないことを成し遂げ、父が出来なかったことをする。この国を栄えさせ、父王を超える──!) 


 そうすれば、エドウィンこそが、王位を継承するにふさわしいと誰もが認めるはずだ、と。 


 全てがエドウィンの味方をした。


 突然、黒い霧と魔獣の被害に国土は消耗したけれど、聖女召喚は成功した。

 召喚された聖女は扱いやすく、エドウィンの意のままになった。

 しかし、異世界の平民はあまりにも礼儀作法に疎く、外に出しても恥ずかしくない程度の振る舞いを身に着けるのに時間がかかってしまった。その分、国土が疲弊することになったが、王家の威信を損なわないためには耐えることも必要だと思った。

 聖女が、異世界の子どもであるなんて、誰もががっかりするに違いない。

 何より、王家が掲げる旗印でもあるのだ。せめて、それなりの淑女でなければ見栄えがしない。

 出遅れはしたが、討伐はみるみるうちに成功した。

 限界まで疲弊した民衆は、聖女を召喚したエドウィンを手放しで讃えた。

 エドウィンへの民衆の支持は絶対で、その様子を見ると、時間がかかったことはむしろ良いことだったように思えた。

 宮廷舞踏会では貴族の賞賛が集まった。ローズ教の礼拝に聖女を行かせれば、寄付が集まると教会が喜んだ。

 聖女とアルバートが婚約するという生意気を言い出したが、修道院に行かせると宣言すれば、あきらめた。

 何もかも、エドウィンの思う通り。


 そして、これから──この先まだまだ聖女を使う必要がある。


 そう思っていた矢先の出来事だった。

 聖女の逃亡。

 今になっても聖女は見つからず、テオパルド王国からも連絡はない。捜索隊の入国も許されていない。

 エドウィンは、焦っていた。聖女は見つからないまま。平和になったはずなのに、執拗に聖女を追うエドウィンに官吏も不審に思い始めていた。

 そして、事態はエドウィンが恐れていた方へと発展し始めたのだった。 

 



 

「連れ戻せ……」


 エドウィンは地を這うような声で命じた。


「ニーナを連れ戻せ 力づくで……! どんな手を使っても構わない!」

「しかし……」


 官吏は戸惑ったまま立ちすくんでいる。


(使い物にならない奴め──!)


 エドウィンは、内心でそう官吏を罵った。

 書状の時と同じだ。どうすればいいのかわからない。考えもしないのだ。

 聖モントローズ王国が今、どれほど危ない状態であるかもわかっているはずなのに、まごつくばかり。

 テオパルド王国からの返答は曖昧ながらも、聖モントローズ王国からの調査隊の入国を拒んでいた。おまけに、修道女の身柄についての報告は何もない。

 正式な国交もない今、国としてこれ以上できることは無かった。


(ならば、ローズ教会)


 あちこちの国、市井に根を張るローズ教会からなら、手を伸ばすことができるかもしれない。


「枢機卿を呼べ。ヨハネス枢機卿だ」


 エドウィンは官吏に命じた。

 ただでさえ、母親が聖学者のアルバートに比べて、エドウィンは教会からの支持は弱い。

 だが、全く無いわけではないのだ。

 少ない手の内を使うしかない。

   

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