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国王陛下、勇者がまたモンスター食ってます  作者: 結城一
第四章 勇者の珍発明が妙に役立つのだが

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19/19

19 触るなって言っただろ!?

「綺麗だね。すっごい雰囲気出てる!」

 オグはまた俺を待たず、水面に向かって一直線に走っていく。

「おい、待て! 足場悪いぞ!」

 言っているそばからオグが滑る。だが膝がぬかるんだ地面に触れる前、手のひらで方向転換して隣の腐った木の上へ跳ねる。

「もっとゆっくり行け。滑るだろうが」

 呆れた声が出る。

 シアンは隣で少し笑いながら俺の肩を叩く。

「もう遅ぇよ。あいつの頭ん中、完全に遺跡とお宝でいっぱいだぜ」

 そう言うシアンの声も少し上ずっている。彼はすぐにオグの後を追う。

 俺は立ち止まったまま周りを見渡す。

 静かすぎる。

 鳥の鳴き声がまったく聞こえない。風以外、動くものがない。

 虫の気配すらない。遺跡だけが水面から半分露出して佇んでいる。

 すでに水に踏み入っているオグは、躊躇なく半分沈んだ階段へ向かっている。少しずつ水が彼の体を飲み込んでいく。シアンはオグで水の安全を確認すると、すぐに水面に入る。

「ああ、もう! お前ら、勝手に先に行くなって!」

 俺も水の中に踏み入る。泥がどんどん靴の中に入り込んで気持ち悪い。オグのインソールは相変わらず水を吸わず、足の下でギュッギュッと歩くたびに音を立てる。感触だけは素晴らしいままだ。だが靴も足も濡れると、とにかくうるさい。

 オグたちはもう階段を登って、巨大な門の向こうに広がる通路を覗き込んでいる。ギィはオグの首に小さな骨ばった腕を回してしがみつき、ぎりぎりと絞めている。苦しくないのだろうか。

 水中の階段を一段ずつ上がっていく。藻に覆われた石段は非常にツルツルとしている。手すりもない。

 滑りそうになって踏ん張ると、尾てい骨が悲鳴を上げる。

「……っ! 痛っ……っ」

「マジでボロボロだな、おめぇ」

 シアンが少し憐れむような目を向けてくる。


――やめてくれ。そんな目で見られると、余計に痛い


 オグが門に触れるとすぐに小石がパラパラと音を立てて少し崩れる。

「かなり年季入ってるね」

 やっと二人に追いつき、小さく呻く。

「おら、しっかりしろよ、護衛野郎」

 意地悪そうに口角を上げるシアンを、無言で睨む。

 通路は大きな石ブロックを重ねて造られていて、青い実の蔦で覆われている。

「これってアグアの実だよね?」

「違う。毒の方だ」

 オグはすでに集め始めていた実を絶望の顔で見つめ、大人しく地面に落とす。ちゃんと朝食を食べたのに、こいつの胃袋は本当にどうなっている。

「二人とも早くおいでよ!」

「だから先に行くんじゃねぇ!」

「マジでおめぇ、口悪くなってきたなぁ」

 シアンが横で爆笑しながら、暗い通路に入っていく。

 中は石が抜け落ちた所々の隙間から明かりが差し込む以外、ほとんど真っ暗だ。足元が見えづらく、余計に慎重に歩を進める。

 床には真っ黒な水が静かに溜まり、ぬかるんでいる。

 いや、これは……。

「スライムだ!」

 踏み込んだ瞬間、足がズブズブと沈んでいく。膝の深さからスライムが急速に太腿を這い上がってくる。ヌルッとした感覚に鳥肌がゾワッと立つ。

「オグ? オグ!?」

 オグの姿が見えない。

 声も聞こえない。

 俺は剣を引き、見えない足元を斬る。刃越しにスライムの嫌な弾力が手に伝わってくる。

「シアン、オグは!?」

「オレからも見えねぇ! おい、変人野郎、どこにいやがる!」

 シアンも足を取られ、その踊るような動きを封じられている。それでも両手の短剣を交差するように振るい、無理やり道を作る。

 

ズルルルルルルル


 何匹ものスライムが太腿に絡みつき、さらに俺を飲み込もうとする。剣を振っても、暗さとどろりとした軟体のせいで、どれだけ斬っても倒せない。水を斬るのと同じで増えるばかりだ。

「シアン、なんか持ってないか!?」

「ねぇよ! 塩も炭もあいつに渡しちまってる!」

 オグが初めてスライムを倒したときは、炭をかけさせた。塩や特殊鉱石も効く。体内の水分量を変化させるものや、火、あるいは凍らせるのも有効だ。

 剣は効かない。ただの時間稼ぎにしかならない。

 そのとき、頭上の影の中からオグのくぐもった声が落ちてくる。

「ちょっ、いい加減に……放せってばっ!」

「オグ!」

 急いで天井を見上げる。

 そこにオグの体が貼りつけられていた。

 天井一面が黒いスライムに覆われ、それが半分溶けたように垂れている。オグはそれに包まれ、かろうじて鼻と口だけが露出していた。

 ギィはオグの髪に必死にしがみつき、キシャァァァッとスライムを威嚇している。小さな爪が少しずつオグの髪から滑り、もう落ちそうだ。

「マジか、遺跡全体が巣みてぇなもんじゃねぇか! オレら完全にトラップに嵌まった餌だぞ!」

 オグが暴れ、片手が少しだけスライムの中から飛び出す。

「ユーイ……後ろ!」

 振り返るより先に、背後の水が大きく盛り上がる気配を感じる。

 歯を食いしばる。いつもの癖で、いつの間にか左腕に装着していたオグ製シールドを後ろ手に振り上げる。

 

ドォォォオオン!


 軽めだが、それなりに激しい衝撃が左腕を震わせる。反射で踏ん張ったせいで、尾てい骨が嫌な痛みを強烈に訴えてくる。


――痛ぇ! こんな時にまで主張すんな!


「スライムが吹き飛びやがったぞ! おめぇ、未確認のオグ品をいきなり実戦投入すんじゃねぇ! 危ねぇだろが!」

「こういう時以外、使う気にならないんだよ!」

 衝撃のせいか、スライム同士の摩擦で熱が生じたのか、ぶつかったスライムは熱を加えたときのように萎れている。

「ユーイ、行けるぜ! 全部ぶっ叩け! ぶっ叩きやがれ!」

 俺はシールドを低く持ち、水中のスライムを片っ端から叩き始める。

「くそ! くそぉ! 俺はぁ! この国一番の剣術を持つ、騎士だぁぁぁ!」

 

ゴン! ドォォォォン!

ゴン! ゴン! ゴン! ドォォォォン! ドォォォォン!


「ぎゃはははは! 最高の剣術だぜ、護衛騎士サマ!」

「うるさい!」

 シアンは笑いながらスライムを斬っていく。その横で俺は、また数匹のスライムを叩き潰していく。

 スライムが片っ端から萎れていく。

「うわぁぁぁぁ、服の中に入ってくる! ギィと同じくらい、すっごく気持ち悪い! ユーイィィイ!」

「黙っていろ! 今助けてやる!」

 オグの情けない悲鳴とギィの威嚇が、上から降ってくる。


キシャァァ キ…… ゲ……ゲフ! ゲホッ


 ギィが威嚇しすぎて咳き込み始める。

 猛烈に嫌な予感がする。

 その瞬間。


ゲッ、ゴォォォオオオ!


 頭上で激しく火が噴き出す音がし、熱が一気に降ってくる。

 オグを飲み込んでいたスライムの一匹に、ギィのゲップが直撃する。

 そいつはすぐに萎縮しながら乾燥し始める。

 解放されたオグの体が、暗闇の中から真っ逆さまに落ちる。

「ぎゃぁぁぁああ、ユゥゥウウイ!?」

「うおっ!?」

 避ける暇もなく、落ちてきたオグの膝が、見事に俺の背中から腰にかけて直撃する。二人ともぬめった水中に倒れ込み、尾てい骨に凄まじい衝撃が突き抜けた。

「いっだぁぁぁ!?」

「ぅはぁ! 綺麗に入りやがったぁ!」

「笑うなぁ!」

 笑っているシアンに怒鳴り返している俺の背中に乗ったまま、オグが叫ぶ。

「ユーイ、上! まだ生きてる!」

 急いで見上げると、スライムはまさに今、天井から垂れ落ちようとしている。

「ユーイ、シールドくれ!」

 シアンの怒鳴り声に、シールドを外して投げる。


ドォォォン!


 シアンの前のスライムが弾け飛ぶ。

「オグ! いい加減、背中から降りろ!」

「あっ、ごめんっ」

 激痛で冷や汗が出る。

 ギィがオグの頭の上で逆毛を立て、ゲフッと喉を鳴らす。

 すぐにシアンからシールドを受け取り、スライムを殴り倒す。

「なんで毎回こんな戦い方になるんだ⁉」

「超カッコいいぜ、鈍器騎士!」

「うるさい! 前、空いたぞ! 走れ!」

 利き手に持ち替えたシールドで腕を振り回す。

 俺が先頭、オグ、そしてシアン。

 大量のスライムは見るも無残な亡骸を残していく。

 剣よりも派手な音を立てて、黒い軟体が壁へ吹き飛ぶ。

「ぎゃはははは! もう完全に剣術じゃねぇ!」

「うるさい! お前も走れ!」

「走ってるだろが!」

 相変わらず、シアンから緊張感を感じられない。

 オグは前髪に半分ぶら下がったギィを、何故か手で頭に押し潰している。

「右! 水がない!」

 オグの叫びに顔を向ける。

 影の先。

 光を弾く黒いスライムと水が途切れ、古い石床が見える。

「最後、突っ切れ!」

「転ぶんじゃねぇぞ、ボロケツ!」

「その呼び方やめろ!」

 尾てい骨の痛みと熱を無視し、登りの数段を踏み越える。


ドォォォォォン!


 通路を塞いでいた巨大スライムを、渾身の一撃で叩く。萎縮した破片が飛び散り、目の前が開ける。

「うおおおおおっ!」

 三人まとめて、その乾いた床へ転がり込んだ。

 そして再び静寂が戻る。

 肩で息をしながら振り返る。

 通路いっぱいにひしめく黒いスライムの群れは、こちらへは入ってこない。

 俺たちは通路の行き止まりにいる。目の前には、巨大な石の扉がそびえ立つ。

 左右には風化した、ねじれた巨大な柱。その中央の扉には円形の模様がいくつも重なったものが刻み込まれている。

 扉の隙間からはひやりとした空気が少しずつ流れ出している。

 どう見ても。

「……絶対、ヤベぇ部屋だろ、これ」

「ああ」

「うん」

 全員の意見が綺麗に一致する。

 オグはきらきらした目で巨大な石の扉を見上げる。

「ねぇ、これ、絶対にお宝ありそう」

「おい、やめろ!」

「触るんじゃねぇ!」

 俺とシアンの声が綺麗に重なる。

 だが、もう遅い。

 オグの指先は中央の丸い紋様にしっかりと触れている。


ギィィィィ……


 そしてその重い扉が、少し開いた。

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