15 スライム窓、爆誕
「これがこの世界の村!」
カラスとモンスター、それに『モンスター王』の一件で旅は一時中断していたが、俺たちは無事にググリ町へ到着した。
小さな農村だ。
かつては数百人が暮らしていたらしいが、年々規模は縮小しているという。
白く塗られた木造の家々。窓枠からは家の中が見え、閉じるときは木のパネルを被せる造りらしい。屋根には、モンスター避けの鋭い鉱石の破片が散りばめられている。
「結構小さな町なんだね」
「近年はモンスター被害が増えてのう。住民が怖がって引っ越してしまったんじゃよ」
しゃがれた声に振り向くと、巨大な体躯の老人が立っていた。
「ユーイ様、久しく」
「はははは、ゴガット! ググリ町にいたのか!」
「王都からちょうどいい離れ具合でのう」
ゴガットは大声で笑いながら、俺と手を重ねる。
「勇者様の護衛を任命されたと聞いたが」
「こちらが勇者のオグ様」
俺が正式に紹介すると、隣でシアンが笑いを堪えるように肩を震わせる。オグはぎこちない表情を浮かべている。
「オグ様、お会いできて光栄です。おい、勇者様がいらしたぞぉぉぉぉおお!」
予想していなかった速度と音量で、オグの正体が即座に周囲へばらされる。
あっという間に人だかりができる。
「どうしたんだ?」
俺の短い問いに、ゴガットは大きく肩を落とし、畑の連なる丘の方を指さす。
さっきまでの歓迎ムードが、一瞬で消える。
「昨夜もモンスターが数匹現れた。若い衆も負傷し、収穫前の果物も荒らされた」
――――勇者としての義務、か。どうする、オグ?
俺は横目で、無言のオグを盗み見る。彼は住民の叫び声に圧倒されていたようだが、すぐに気を持ち直す。
「……果物だった?」
「え?」
そして勇者は、こともあろうか、彼にとって一番大事な質問をゴガットにする。
「モンスターの目的。人を襲ったのはついでだったの? それとも、人の方が先?」
ゴガットが眉をひそめる。住民たちは静まり返ったまま、オグの質問の意図を測りかねているようだ。
「いや、だって。お腹が空いていて果物を漁りに来たのか、人間を食べに来たのかで、全然違うよね?」
俺は眉間を強く押さえる。気のせいか、頭痛がしてきた。
「……勇者様は、勇者様でございましょう? モンスターの目的など、関係ございますか?」
「うん、関係ある」
オグはそこで、ゴガットにとても柔らかく、けれど恐ろしい笑顔を向ける。
「……目的は、果物かと思います」
ゴガットのしゃがれた声が静かに答える。
ざわめきかけた住民たちをどうにか宥め、俺たちは言葉少なに畑と村の境へ向かう。先日までは木々に実っていたのだろう紫の果実が潰され、地面に大量に散らばっている。辺りには、潰れたイエロロ果実の爽やかな香りが濃く漂う。
「なんか、すごく美味しそうな匂い」
この状況でも、能天気にオグが呟く。
「あとで少し貰えるかもな」
「……おめぇは、モンスターをどうするつもりだ?」
「え? 倒すんでしょう?」
シアンの質問に、オグの躊躇のない返事が返ってくる。
「本当に討伐できんのかよ?」
「だって、しょうがないんでしょう?」
オグは足元の果実、折れた枝、荒れた土を順に見て、静かに笑う。
「うん。これ、多分また来るよね」
「……は?」
「しかも今日はもっと近くまで来るんじゃない?」
ぞわりと、冷たいものが背骨を駆け下る。
「なんでそう言い切れるんだよ。狩りはしたことないって言ってなかったか?」
「ないけど。絶対、野良猫と同じじゃん。ここがもう餌場だって覚えちゃったんでしょう?」
まだ早い午前の風が、潰れたイエロロ果実の甘い匂いを巻き上げる。
――――やっぱりこいつは、勇者の立場で、勇者じゃないことを考える。
その笑顔が、ひどく楽しそうに見える。
「……おめぇは、怖ぇよ」
シアンが、オグの突っついていた潰れた果実を見下ろしたまま呟く。
「納得できる理由がありゃ、あっさり殺せちまう。王になるって言ったすぐ後でも」
オグがぴたりと動きを止める。
「……どうかしたのか?」
俺が声をかけると、オグは懐をまさぐりながら、ぼそぼそと何かを話している。
「いや、お前は今は食べないって」
不穏なことを呟いている。
「ユーイ、こいつ、自分も殺されるんじゃないかって震えてる」
「は?」
オグは周囲に俺たち以外いないのを確認すると、雑に懐の中から小さなモンスターを引っ張り出す。
そいつは長い手をギシギシと動かしながら、必死に隠れようとしている。だがオグの容赦ない手が、その短い胴体と足をしっかり掴んでいる。
ギュゥゥウウイ
「うぅん、やっぱりヌルヌルが気持ち悪い! なんでこの世界に石鹸がないのさ。石鹸……作れるかな?」
――――やめろ。これ以上、何を発明するつもりなんだよ
「あ、ねぇ。そういえばさ、こっちって窓ないの?」
「窓ぉ? 大概の家にゃ窓あるぜ?」
「さっきも窓枠はあったけど、窓はないよね?」
「窓枠と窓は違うのか?」
シアンの不思議そうな返事に、オグが確認するように聞き、俺もつい口を挟む。
「ガラスがなかった気がする」
「ああ、ガラスは高価だからな。一般の村民じゃ買えない」
オグは、何かを考えるように空を見上げる。
モンスターを掴んでいることを忘れているのか、そいつは苦しそうにオグの指を小さな手でぺちぺち叩いて抗議している。
相変わらず不気味な生き物だが、こうして大人しくしていると、いるのを忘れてしまいそうになる。少しだけ、オグに雑に扱われているのが気の毒に思えた。
「よし! モンスターが現れるまで、みんなに窓を作ってあげようか」
「え、……は?」
「はぁぁぁ!?」
本当に、オグは何かを始めるとき、まったく俺に相談しない。
彼はそのまま回れ右をして村の中央へ戻っていく。
さすがにイエロロ畑のところでモンスターを懐に押し込むのは忘れなかったらしい。村人に、勇者がモンスターを連れていると知れたら、大暴動が起きかねない。
一軒の家の前で、冷凍庫からあの透明なスライム板を取り出す。そしてすぐに窓枠の寸法を糸で測り始める。
オグが引いた線に沿って、俺は長剣で素早く切っていく。打撃を加えたときと違って吹き飛ばされない。だが自分の愛用の、命を預ける相棒が、スライムの板なんぞを斬っているのを見ると少しだけ寂しい。
適切な大きさに切られた透明な板は、ゆっくりと窓枠へはめ込まれていく。
オグはそのスライムガラスを少しカタカタ揺らしながら首を傾げる。
「なんか、こう……粘土とか、くっつく媒体ってないかな?」
「この村はイエロロを煮詰めた液体を糊として使っておるが、そんな感じのものでよろしいのでしょうか?」
ゴガットはスライムを興味深そうに覗き込みながら、感心したように溜息をつく。
「うん、多分。ちょっと見せてみて」
ゴガットが椀に入った茶黄色のものを差し出すと、オグはすぐに木の棒でそれを伸ばしたりして調べている。
「あ、これ、すごく良さそう! え、結構すごくない⁉」
「ぁあああ、勇者様! 素手で触っては……いけません!」
ゴガットの焦った叫び声は遅く、オグはすでに指でそのねっちょりとした液体を確かめていた。
「指がくっ付いて、数か月取れなくなってしまいます!」
「ぇええ⁉ おい、オグ、だからもう少し警戒心を持て!」
「ぅおぉい、どうすんだよ、これ! おっわ、ちょ、少しくっつき始めてねぇか⁉」
ゴガットは猛烈な速さで何かを取りに走っていく。
オグが絶望的な顔色で固まり、俺たちが焦って彼の指についている糊を木の棒などで削り取ろうと奮闘し始める。だが、どんなに枝ですくおうとしても、しっかりと指にくっついている。
ギュイ
小さな声が聞こえてくる。ベビーモンスターはオグの服から這い出し、するするとオグの腕を駆け下りる。そして指先に鼻をくっつけて、匂いを嗅いでいる。
ぴちゃ ぺろぺろぺろ
小さな黒い口を目いっぱい開け、モンスターはそのイエロロ糊を舐め始める。
「うぇぇえええ、なんか舌が……気持ち悪い……。しかも顔が……キモい」
オグは青ざめて、吐きそうな顔になる。だが、モンスターが悦に入った表情で無心にそれを舐めているうちに、少しずつ糊が溶けて消えていく。モンスターの鼻穴がひくひくと動く。
げふっ
小さなげっぷが聞こえてきて、例の白い球体が数粒吐き出される。
――――……恐るべし、モンスターの黒唾。
「おい、ゴガットが戻ってきちまう! さっさとそいつを仕舞え!」
シアンの焦った小さな声に、モンスターは慌ててオグの胸元まで駆け上がって潜り込んでいく。
本当に言葉が理解できているのが目に見えて、寒気がする。オグは逆に嬉しそうに頷き、球体をポケットに突っ込んでいる。
「やっぱ、モンスターと言葉通じる方がいいよね」
「怖ぇよ! 何一つ安心できねぇ!」
俺が叫ぶ。
油を持って戻ってきたゴガットは、オグの綺麗になった指先を見て、混乱したように俺を見る。
俺はそっと視線を彼から逸らした。
糊で綺麗に固定されたスライムは、とても優秀な窓として仕上がった。俺の目から見ても、王城より高級感のあるその透明度に感嘆の声が漏れる。だが同時に、これは逆に問題になるんじゃないのかと不安にもなる。
「ねぇ、これだったら、もしモンスターが窓を叩いたりしても、防衛にもなるんじゃない?」
「防衛ですか?」
巨大な老人は、こともあろうか、そのスライム窓をコンコンと叩いてしまう。
ボォオン!
吹き飛ばされる友人を見て、俺は自分の尻の痛みに首を竦める。
「これは……素晴らしい! モンスターの攻撃にもびくともしなさそうではないか!」
俺たちを囲みながら遠巻きに見ていた村人たちは、その透明度と強度を口々に絶賛する。すぐに火がつくように広まった噂を聞きつけた他の者たちにも頼まれ、俺たちはその日、村中の窓にスライム板をはめて回る羽目になった。
そして、その日の夜。
オグの予想は、嫌になるほど正しかった。
モンスターは畑ではなく、村に入ってきた。




