#3
「仕事熱心だった兄が無気力になって、気持ちが沈むことが増えて……不幸になりたいだとか、おかしなことも言うようになったんです。それは、恋人の話になると輪をかけて酷くなるんですよ。もう見てられないんです」
真っ暗な庭。赤い薔薇が両サイドに植えられている。昼間ならきっと素晴らしい景観だろうに、今はひたすら不気味だ。
「貴方のせいで兄は変わった。今までの人もそうだったし、どうせ兄の顔や経歴が目当てで近付いたんじゃありませんか?」
「そ……れは違います!」
大きな声で反論した。顔や経歴どころか、そもそも好意的に司に近付いたわけじゃない。むしろ痛い目を見せてやろうと、敵意剥き出しで近付いたのだから。……勿論、そっちの方が大問題だけど。
「不幸になりたいって思うのは、幸せな証拠ですよ。幸せな人しか不幸になれないんだから、司さんは今が絶好調なんじゃないですか?」
あれ、おかしいぞ。誤解をとこうと思ったのに論点がずれた。
「というか、変わったっていうなら俺だって……あの人に会ったことで全てが変わった」
拳を痛いほど握り締める。元恋人、稔の影が頭に過ぎった。
初めは彼らが関係を持ってると思った。だから多くを押し殺して司の恋人になった。そもそも怪しまれるような動きをしていた司が悪い。……そんな八つ当たりの感情が生まれてしまっている。
頓珍漢な怒りだ。本当は誰も悪くない。加害者なんていないのに、俺は被害者ぶっている。
「何してんの? 風邪ひくよ」
「いった!!」
まだ話の途中だったが、ドアが開いて司が顔を覗かせた。ドアの目の前に立っていた文人は背中を打撲したようだ。司がごめんごめんと謝っている。
胸が痛む。
自分はここにいちゃいけない。仲睦まじい二人を見て諭されるようだった。
「……すいませんでした。失礼します」
頭を軽く下げて踵を返す。
自分は部外者。平和に暮らしている彼らの家に土足で踏み込んだ。稔の件が完全にシロだとしたら、謝って済む問題じゃない。結果的にフラれたけど、……時間を奪ったことを考えたら、どう償っても足りないこと。
「こら、ちょっと待ちなさい」
「んぐあっ!」
後ろから襟を掴まれ呼吸困難に陥る。足早に歩いていたから首への衝撃は大きかった。激しくむせ込むと、追いかけてきた司に背中をさすられた。
「ここから最寄り駅まで、歩いたら三十分近くかかるよ。上がっていきな」
「げほっ……いやっ、大丈夫です」
「でも電車は間に合わないと思うよ?」




