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◆第50話「土の匂いと、王女の髪飾り」

 バブル崩壊後、銀行の管理下(事実上の国有化)となった「不良債権」である土地を、蓮とマルクスが視察する。そこで彼らが見たものは、借金のカタに取られた荒れ地ではなく、投機マネーによって劇的なスピードで完成されていた「広大な農地」だった。


 王都から北へ馬車で半日。かつては「帰らずの沼」と呼ばれ、見向きもされなかった湿地帯があった場所だ。視察に訪れた蓮とマルクス、そしてエリシアは、眼前に広がる光景に息を呑んだ。


「……信じられません」

 エリシアが呟いた。そこには、地平線の彼方まで続く、見事な「黒土の平原」が広がっていたからだ。


 かつての湿地は完全に干拓され、規則正しい水路が網の目のように張り巡らされている。巨大な魔道式排水ポンプが設置され、岩山だった場所は綺麗に整地され、段々畑へと変貌していた。


「これらは全て、あの『ドリーム開墾ローン』の成れの果てです」

 マルクスが、没収した土地台帳を見ながら淡々と言った。

「投機家たちは、『来年のイモ価格は10倍になる』と信じ込んでいた。だから、採算度外視で金をつぎ込んだのですよ。本来なら国が数十年かけて行う規模の土木工事を、彼らは欲に駆られて、たった半年で完了させてしまった」


 蓮は、乾いたばかりの土を踏みしめた。ふかふかで、栄養分に富んでいる。

「……皮肉な話ですね。彼らは破産し、この土地を奪われた。でも、彼らが残したこの『農地』は、本物だ」


 そこへ、かつて「タキシード」を着て浮かれていた農夫、トーマスが通りかかった。彼は今、ボロボロの作業着を着て、借金返済のためにこの国営農場で小作人として働いている。

「よう、工場長さんよ。……笑ってくれよ。俺たちが全財産はたいて作った畑だ。結局、俺たちのものにはならなかったがな」


 トーマスは自嘲気味に笑い、くわを振るった。

「でもよ……土はいいぞ。最高のジャガイモが育つはずだ。皮肉なもんだな。俺たちが馬鹿みたいに金を注ぎ込んだおかげで、この国の耕作面積は倍になっちまった」


 蓮は、整備された水路を流れる清らかな水を見た。


「バブルは多くの人を不幸にしました。でも……」

蓮はトーマスに向き直った。

「あなたがたの欲望が、この国の形を変えたんです。この広大な農地があれば、もう二度と、この国は飢えることはないでしょう」


 マルクスが眼鏡を光らせた。

「その通り。投機家は破滅しましたが、インフラは残った。これら不良債権化した土地を国が安値で買い上げ、再分配すれば……ソラニア王国の農業生産力は、飛躍的に向上します。それこそ、周辺国へ食料を輸出できるほどに」


 蓮は、地平線を見つめた。

「『あだ花』だと思っていたバブルが、実は一番大きな『実り』を用意していたなんてね」


 バブルは悪だった。だが、その狂乱のエネルギーだけが成し遂げられる「偉業」もあったのだ。蓮たちは、投機家たちの墓標とも言えるこの広大な農地に、新品種「希望」と「アイギス」を植えることを決意する。それは、過去の欲望を、未来の糧へと変えるための種蒔きだった。



 バブル崩壊によって税収が激減したため、王室が使うことのできる予算も大幅に削減されることとなっている。ロザリンド王女は、以前のような華やかなドレスも宝石も身につけられず、質素な服で過ごしていた。


 もともと、きらびやかなものを苦手としていた彼女にとって、それは特に苦痛ではなかった。しかし、庶民の生活が困窮しているであろうことを想像すると胸が痛んだ。


 彼女は、お忍びで城下の教会にある炊き出し現場を訪れる。そこで彼女が目にしたのは、かつて自分が「宝石より美しい」と称えた花が、今はゴミのように扱われ、一方、そのイモがスープとなって、飢えた人々を救っている光景だった。


 ロザリンドは、炊き出しの列に並ぶ子供に声をかける。

「……そのスープ、美味しい?」

「うん! お姉ちゃんも食べる? 土臭いイモだけど、美味しいよ」


 ロザリンドは、差し出されたスプーンで一口スープを飲む。それは、宮廷料理のような洗練された味ではない。土の香りがする、野暮ったい味だ。しかし、彼女の体に、温かい命の灯火がともる。


「……ええ。美味しいわ」

 ロザリンドは涙を流す。

「ごめんなさい。わたくし、花のことばかり見ていて……この根っこの本当の豊かさと大切さを、知らなかったのね」


 彼女は、以前髪に飾っていた宝石細工の造花を、そっと炊き出しの寄付箱に入れる。

「これはもういらないわ。今のソラニアには、飾る花よりも、食べるイモを育てることが必要ですもの」

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