◆第12話「孫を売る『無限責任』」
ジャガイモをめぐる狂乱は、留まるところを知らなかったが、王都の取引所が開設されてから一ヶ月も経つと、市場にはある種の「閉塞感」が漂い始めていた。それは景気が悪くなったからではない。逆だ。あまりにも金が余りすぎて、既存の商品――「今年の秋の収穫権」や「来年の春の予約権」だけでは、投資家たちの貪欲な食欲を満たせなくなってしまったのだ。
「買うものがない! もっとだ! もっと刺激的な『商品』はないのか!」
「私の金貨が唸っているんだ! このまま金庫に眠らせておくのは罪だぞ!」
投資家たちの悲鳴にも似た要望に応えるべく、王都の金融街「兜通り」の天才たち――あるいは詐欺師すれすれの錬金術師たちが、徹夜で知恵を絞っていた。そしてある夜、一人の若い金融商人が、酒場でジョッキを片手に叫んだ。
「……そうだ! 閃いたぞ! 我々は今まで『土地』や『収穫』という物理的な制約に縛られすぎていたんだ!」
彼の周りに、同業者たちが集まる。
「どういうことだ、メルカトル?」
「物理的な制約を外すだと?」
メルカトルは、興奮で紅潮した顔で、テーブルにワインをこぼしながら力説した。
「いいか、よく聞け。投資家が恐れているのは『農家が破産してイモが届かないこと』だ。だから、担保が必要になる。だが、農家の土地には限りがある。……しかしだ。農家の『時間』はどうだ?」
「時間?」
「そうだ! 農家の子は農家になり、その孫もまた農家になるのが普通だ。ならば、この『未来の労働力』を担保にすればいい! 人間の家系が続く限り、担保は無限だ!」
その場の全員が息を呑み、そして次の瞬間、雷に打たれたような顔をして立ち上がった。
「……天才か! お前は天才か!」
「それだ! それなら担保不足は一気に解消する!」
翌日、取引所の中央掲示板に、金色の文字で新たな銘柄が張り出された。
【新商品:無限責任ボーナス付き・プレミアム証券】
会場がどよめいた。「無限責任? なんだそれは?」壇上に立ったメルカトルは、まるで新大陸を発見した英雄のように胸を張って説明した。
「諸君! これは金融史を塗り替える発明です! この証券には画期的な特約が付いています。もし、天候不順などで収穫量が予想を下回った場合……契約した農家が、『子々孫々に至るまで労働を提供して損失を補填する』という条項です!」
会場から「おおぉ……!」という感嘆の声が漏れる。
「つまり、絶対に損をしないということか?」
「その通り! 親が返せなければ子が、子が返せなければ孫が返す。血脈が続く限り保証される、鉄壁の『絶対安全資産』なのです!」
それは人権を無視した悪魔の契約だった。だが、この熱狂の中で、それを「非人道的だ」と指弾する者はいなかった。むしろ、彼らはそれを「誠実さの証」だと受け取ったのだ。
「素晴らしい! これぞ農民の鏡だ!」
「そこまでの覚悟があるなら、安心して投資できる!」
一方、農村では。農民たちは、その契約書の意味など理解していなかった。彼らは難しい法律用語で書かれた「無限責任条項」を読み飛ばし、一番下の「契約金」の数字だけを見ていた。
「へえ、ここにサインするだけで、いつもの倍の金がもらえるのか?」
「ええ。ただし、もしイモができなかったら、お孫さんにも手伝ってもらいますが」
「なんだ、そんなことか。どうせ俺の孫だ、百姓やるに決まってる。孫の就職先が決まったようなもんだろ? ガハハ、ありがてえ!」
農民は笑いながらサインをした。自分の孫が、生まれる前から「借金のカタ」にされたとも知らずに。王都では、この「プレミアム証券」が、最も安全で、最も道徳的な金融商品として飛ぶように売れた。「未来への責任」という美しい包装紙に包まれた、奴隷契約書だった。




