みんなで短編ホラーを観よう
翌日。
「ッーーーー! ゥーーーーーーーー!! ァーーーーーーー!!!」
まあ、案の定……と言いますか。
この日の映画研究部の活動は『Utubeに上がっている短編ホラーを鑑賞する』ことになった。
スズの脚本が完成するまで、短編ホラーに対する各々の解像度を上げるのが目的だ。
狭い映研部室で、由比先輩が持ってきたタブレットを6人で覗き込む。
残念ながらすぐ隣の視聴覚室の設備は使わせてもらえないらしい。それはそうか。もしそんな贅沢なことが出来るなら映研に人が集まらないはずないもんね。
そして、この期に及んで『自主制作だし、そこまで怖いことないでしょ』とタカを括っていたボクは、無事死亡した。
自主制作だというのにーーいや、自主制作だからこそ、というべきか。
いやまじで怖すぎて意味わからん。もう無理。
完全敗北でございます。
『校内で大きな悲鳴を上げるわけにはいかない』という理性だけがギリギリ残ったボクは、とにかくスズにしがみ付いて悲鳴を抑えるので必死だった。
あまりに必死だったので途中2、3回スズを絞め落としかけた。ごめん。
「フッ……ネコセン、ビビりすぎでしょ」
鑑賞後も震えが止まらず、涙目のままスズにしがみつき、頭をヨシヨシされてるボクを見ながら真魚ちゃんが鼻を鳴らして笑う。
ムカつく。けどボクはそれどころじゃない。
「真魚も怖がってたでしょ。机の下で私の裾掴んできて」
「つ、つつつかんでねーし!」
マリちゃんの指摘に、顔を真っ赤にして反論する真魚ちゃん。
勘弁してくれ、君がつかんでねーとしたらリアル心霊現象だよそれは。
っていうかマリちゃんがすごく平気そうなのはなんなんだ。ボクらはホラー苦手同盟の同志だったはずでは?
「マリちゃん、怖くなかったん……?」
「怖かったですけど、私より怖がってる人が二人もいたのでなんか大丈夫でした」
そ、そうかぁ……。というかマリちゃんはホラー映画をスズと一緒によく見ているし、怖がりといえどある程度耐性はあったんだ。
そういえば特に苦手だと言ってたのはスプラッター系だった。今回は心霊系ばかりだったこともあって、大丈夫だったんだろう。
仲間だと思っていたのに……くそう。
「それでは、感想戦を始めましょうか。みんな、どれが印象に残った?」
由比先輩は席を立つと、部屋の一番奥にあるホワイトボードの前でペンを手に取る。
「私、ライトを消した時だけ追いかけてくる幽霊のやつが怖かったです。最後自分で消しにくるの反則すぎました」
「海外の方の作品だけど、セリフなしで進行するので問題なく見れたわね」
マリちゃんが真っ先に手を挙げた。
由比先輩は動画のタイトル、特徴をスラスラとホワイトボードに記入していく。
確かにあれはめちゃめちゃ怖かった。スズによると、海外でも人気を博して長編ホラーの原作になったらしい。
あれを見たせいでボクはもう今日電気を消して眠れないことが確定した。
「わ、私は、その……山奥で遭難する日本兵の作品が良かったです。怪異をあえて見せないシーンでのカメラワークがとっても良くて」
「気が合うじゃんアキラ先輩。オレもそれ好きだわ〜。最後に生き残った日本兵の演技がすげー良かった」
「ふふ、最近上がったばかりの動画だけど良かったわね。20分と今日見た中で一番長かったけれど、演出面でも色々と参考になる出来だったわ」
桂樹さんと真魚ちゃんが挙げた短編映画も本当に怖かった。
日本ホラー特有のジメッとした感じと、ジワジワ怖がらせてくる演出。
ラストシーンで俳優の顔を大写しにして、その表情の変化で何が起きているのかを観客に想像させる手法、
ボクはしばらく登山にはいけない……そんな趣味ないけど。
「私はスプーンの殺人鬼かなぁ。終盤まではギャグで笑ってたんだけど、ラストが不穏すぎたわ」
「ふふ、雨垂れ石を穿つ……よね。執着こそが何よりの恐怖かもしれないわ」
スズの挙げた短編……。
ボクがあんまり怖がるものだから、先輩が気を利かせて流してくれたと思われるホラー風コメディだ。
不死身の殺人鬼がひたすらスプーンで叩いてくるシュールな絵面に、ボク含めてみんな笑っていた。
が、由比先輩の言う通り、剥き出しの執着心ほど怖いものはない。ラストは本当にスプーンでペチペチ叩くだけで人を殺し切るところまでいくとは思わなかった。ボクはしばらくスプーンが使えない……なんてことはないけど。流石に。
「それじゃ桜木さん……は、無理そうね?」
ボクはセミのごとくスズにしがみついたままコクコクと頷いた。
どれが一番って言われても、全部怖かったからなんにもわからない。
どうしよう。ボクはすでにこの場に参加したことを、それはもう後悔しているぞ。
「ちなみにわたしのイチオシは、廃墟で取りついてきた幽霊が何をやっても消えない話ね。ギャグとホラーが見事に融合して秀逸だったわ」
それもめっちゃ怖かったよボクは。あの幽霊、何もしてこないしちょっと愛嬌ある感じだったけど、意味の分からないものがずっとついてくるのはそれだけで怖い。
由比先輩は自分のイチオシの短編のタイトルと、その特徴もホワイトボードに書き加えた。
「それじゃあ、ここに挙がった映画についてちょっと考えてみましょう。如月さん、あなたが挙げた短編と、ほか3つではある大きな違いがあるのだけど、なんだと思う?」
「えーっと……時間、ですか?」
「正解。如月さんのは3分弱だったけど、他のものは10分か、それ以上あったわね。つまり、時間が短いものほど、ジャンプスケアのように驚かせることに特化した作品が多く、逆に時間をかければストーリ性を出して、ジワジワと怖がらせる作品を作れるということ」
先輩の声は、怖がってそれどころではないはずのボクの耳にもスッと入ってくる。
なるほど10分あれば、起承転結を作るのに十分なんだな。ボクは恐怖心を少しでも誤魔化そうと、由比先輩の話に集中してあれこれ考えてみる。
先輩は、『あくまで私の個人的な考察であることを念頭においてね』と前置きしつつ、ホワイトボードに書かれた短編映画たちをタブレットでもう一度流し、一時停止を駆使しながら解説を続けた。
先輩の語り口には、まるで映像そのものにメスを入れ、バラバラに解体していくような痛快さがあった。
俳優さんの演技や、撮り方や、細かい演出。映像に込められた人を怖がらせるアイデアを、まるで先生のように事細かに説明してくれている。
そのおかげが、ボクの中の恐怖もなんとなく解きほぐれていくような感じがして、少しずつ冷静になってきた。
そっか、作品を見て、ただ怖いとだけ思っていたけれど、どれも人を怖がらせるために撮られた映像なのだから、怖くて当たり前なんだ。
今日見たのはどれも、理不尽で怖いだけの映像なんかじゃなくて、人の恐怖心を煽るために、制作者が思いつく限りの創意工夫を込めたもの。
いつの間にかボクは――相変わらずスズの腕の中ではあったけど――由比先輩の話にすっかり聞き入っていた。
こんな怖いものを娯楽と割り切ってしまえるスズたちの心境は、正直わからない。
でも、恐怖を求める人に、手を尽くして恐怖を与えようとするって、それは、ある意味愛なのでは?
ボクは何かの核心に触れたような気がして、『怖い』という感情が別のものへと塗り替わっていくように感じていた。
―――
「ネコ、今日泊まってくでしょ?」
その日の夜。
いつものように2人で晩御飯を食べて、片付けも終わった時、スズの方から久しぶりにそんな言葉が飛び出した。
「え? 今日はマリちゃんいないよ?」
「いや、違う違う」
スズはふるふると首を振った。
『今日泊まる』はセフレ時代の合言葉だったけど、セックスのお誘いではなかったらしい。
「ほら、アンタ今日めっちゃ怖がってたでしょ。一人じゃ寝れないかなって思ったの」
「あー、正直言うと多分寝れない」
たとえ今大丈夫だと思っても、寝るときとかお風呂に入るときなんかには必ずぶり返してくるものだ。
今のボクは、怖がらせるための作り手の創意工夫だとか、そういうのをほんのちょっと理解したような気になっているだけ。
それだけで恐怖という感情を完全に抑え込めるなら苦労はしない。
「でしょ? 一緒に寝るだけなら茉莉也も許してくれるわよ」
「あー、じゃあまあ……泊まるよ」
ボクがそう言うと、スズはにこっ、といい笑顔を浮かべる。
はぁ可愛い。それだけでなんかもう大丈夫な気がするわ。今だけかもしれないけど。
「じゃ、先にお風呂入っちゃって」
言われた通り速攻でお風呂に入ったあと、久しぶりに2人きりでソファに並んでテレビを見て、その日はスズと同じベッドで横になった。
スズは電気は消さず、シーリングライトを最小にしてくれた。
オレンジ色の暖かい光がスズの部屋を照らす。
静かな部屋に、エアコンの音。
耳元には恋しい彼女の息遣い。
「……ごめんね」
不意に、スズがボクの体を、後ろから抱きしめた。
「アンタが怖いの苦手なのわかってたはずなのに……私、自分が脚本を任されて舞い上がってたかも。もし嫌だったら、辞めてもいいから」
スズの体温と優しさが、ボクの背中をいい感じに温めてくれる。
「……辞めないよ」
ボクはスズの手を取って、軽く握った。
「帰る時、先輩にも似たようなこと言われた。『暫くは今日みたいな鑑賞と分析を続けるから、手伝うのは撮影が始まってからでもいい』って」
「……アンタは何て?」
「『明日も来ます』って言ったよ。怖いのは嫌だけど……でも、何ていうか、こういうのを作るのは楽しそうだって思ったから」
ぐるり、と、体を回転させてスズの方を向く。
彼女は両眉を上げて、意外そうな表情でボクのことを見ていた。
そんな彼女を見て、笑みがこぼれる。
「やってみたくなったんだ。スズと一緒に、スズの好きなものを作りたい」
「……そっか」
スズはそれ以上何も言わずに、今度は正面からボクのことをギュッと抱きしめた。
ああ、いい匂いだな。今日はボクと同じ石鹸を使ってるはずなのに、スズの体温が乗ると芳しくなるのは何でだろう。
恐怖心はぶり返さなかった。
ボクはその日スズのぬくもりに包まれて、朝までぐっすりと熟睡した。
翌日。
「ゥヮーーーーーーーーッ! ヮァーーーーーーー!」
放課後の鑑賞会ふたたび。
ボクは相変わらずスズにしがみついて悲鳴を堪えていた。
いくら愛のこもった創作物だって理解できたからといって、それを楽しむ境地に至っていないボクは、初見のホラー映像に耐えられるようになるにはまだ早かったのだ。
結局その日もスズと同じベッドで泣きながら眠ることになるのだった。




