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幼馴染でセフレのあの子はボクが先に好きだったのに!  作者: 星の内海
第二章 あるオタギャルの恋について
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先輩と猿夢 デジャヴ編

 私、法月鈴音にとって、映画館は「最高のエンタメ空間」だ。

 それは家で見る映画とは、全く異なる体験。家での鑑賞も嫌いじゃないけれど、やっぱりこの空間の生み出す空気感にはかなわない。

 なぜなら、映画館は「映画を観る」ためだけに作られた特別な場所だから。たとえ誰かと一緒に来たとしても、本編が始まった瞬間には、作品との一対一の真剣勝負が始まる。日常のあれこれをすべて忘れて、ただひたすらに物語の世界に没入していく。

 私にとってその場所は、何物にも代えがたい幸福な時間をもたらしてくれるのだ。


「こんにちは、スズちゃん。ご縁があったわね」

「…………えぇ……」


 二日後、私はまた『リーブルシネマ』のカフェを訪れていた。

 私は『猿ノ夢』を、オカ研ブログのレビュー記事を書くための題材にすることに決めていたのだが、前回の鑑賞時はミズキ先輩のせいで全く集中できず、とてもレビュー記事を書ける状態ではなかった。

 なので、再度鑑賞し、今度こそレビュー記事を完成させるために再び訪れたわけだが……。

 よりによってまた同じ場所でミズキ先輩に遭遇してしまった。


「先輩、私前回お別れしたとき、もう今生の別れかな、くらいのつもりでいたんですが……」

「えぇ~。そんなの寂しいよぉ」

「まあ、別にいいんですけど……」


 別に再会すること自体に問題はない。

 ……と思いたいが、今回はよりによってマリと一緒に来てしまった。


「あ、あの、スズ先輩。この方は……?」

 私たちのやり取りを不思議そうに見ていたマリが、遠慮がちに会話に参加してきた。

「ええと、マリ、この人は私の二つ上の幼馴染で、朝霞(あさか)瑞樹(みずき)先輩」

 私の言葉に、ミズキ先輩がにっこりとほほ笑む。

「それで先輩、この子が……その、私の彼女の如月茉莉也です」

「えっ、あっ、は、はじめまして。茉莉也です」

 私が()()として紹介したことに驚いたのか、マリは私とミズキ先輩を交互に見比べて戸惑っていたが、すぐに姿勢を正してお辞儀した。

「あぁ、この子が例の……」

 と、先輩は笑顔のままマリをじっくり眺めている。

 くそう、確かに前回の別れ際に『今度は彼女を紹介します』って言ったけど、あれは私的には『どちらか一人決まったら改めて紹介します(だからそれまでは先輩とは会いません)』くらいのニュアンスを込めていたのに。

「よろしくね、マリヤちゃん。フフ、思ってたよりとってもかわいい子」

「は、はい。よろしくお願いいたします」

 と、マリはもう一度頭を深々と下げる。

 その後で数歩下がって、私のほうを向いた。

「あの、スズ先輩。その……」

「大丈夫よマリ、この人は()()()()だから」

「あ、はい。なるほど……」

 マリは、自分のセクシャルを人に知られるのにかなり抵抗があるようだ。交際当初は結構大胆だったので学校の一部にはバレているが、心境の変化があったらしく、知らない人にはなるべく知られないようにする方針に変わった。

 先輩もまた同性愛者であるというのが今ので伝わったようで、彼女は納得したように頷き、改めてミズキ先輩をまじまじと見つめ始めた。

 マリの視線に気づいたのか、ミズキ先輩は彼女に視線を合わせてニコっと微笑む。

 目が合って照れたのか、マリは少し頬を赤らめて顔を伏せた。

 私は彼女に色目を使われたような気がしてちょっとムカついたので、一歩前に進んで先輩の視線を遮る。

「それで、私たちはまた映画を観に来たんですけど、先輩はここで何を?」

「フフ、私もデートよ」

「……はい?」


 私が怪訝な顔をしていると、背後から「おーい」と誰かが声をかけてきた。

 振り返ると、これまた見知った顔がそこにいた。


「あれ、鈴音くんに茉莉也くん? キミたちも映画デートかい?」

 そこに立っていたのは、オカルト研究部の部長、早瀬咲良(サクラ)先輩だった。

 白のジャージ素材のトラックジャケットをラフに羽織り、インナーには無地のドライTシャツを合わせている。ボトムスは膝上丈のラッシュガードショートパンツ。

 日本人離れした顔立ち、透き通った肌に、銀色のショートボブがよく似合っていた。

 オカ研の部長とはとても思えないスポーティな出で立ちだ。

「サクちゃん先輩、どうも。ブログの題材に『猿ノ夢』見ようと思って」

「なるほど。熱心で助かるよ。キミの映画レビューは我が部のブログでもPVの稼ぎ頭だ。昨今は高校生が心霊スポットや廃墟に凸したりするのは教員の許可も取れず難しいからね。今後はキミの活動が我が部の支えになるのは間違いない」

 と、サクちゃん先輩は腕を組んでうんうん頷く。

「文化祭が終わったら、ボクも部活動引退だ。次の部長には君を推薦するよ。最も、他に立候補する者はいないだろうけどね」

「えへへ、どうも」

 自分の活動を評価してくれるのは気分がいいものだ。

 私は頭を掻きながら軽く会釈する。

 ……って、そんな場合じゃなかった。

「ええと、サクラ部長は、ミズキ先輩とお知り合いだったんですか?」

 と、マリが私の代わりに疑問を呈してくれた。

「ああ、去年生徒会でお世話になってね。ミズキ先輩とは時々お会いして、相談に乗ってもらったりするんだ」

「そうなの。私とサクラ、とっても仲良しなのよ」

 と、ミズキ先輩。

 なんか含みがある笑みなような気がするが……。サクちゃん先輩はこの人の性根をどこまで知っているんだろう。私がこの間まで知らなかったくらいだから、隠し通していたりするのだろうか。

(……っていうか)

 改めてサクちゃん先輩の姿を見る。

 ボーイッシュな美少女。例のリヒトさんもイケメン女子だったし、こういうボイっぽい人がミズキ先輩の好みなんだろうな。

 等と思っていると、不意にミズキ先輩が私の耳元でささやいた。

「スズちゃん、この前のことは……内緒ね?」

「わ、わかってますよ」

 流石に展望台で大暴れして携帯の液晶をバキバキにしたのはミズキ先輩にとっても知られたくないことらしい。

 しかし別れて数日だというのにもう他の女の子に手を出し始めるのか……『すぐに見つかりますよ』なんて私は言ったけれど、あそこまで大暴れしたのにここまで早く切り替えられるとは。


「それにしても、ミズキ先輩も二人と知り合いだったんですね」

 サクちゃん先輩が、改めて私たちを見回しながら言った。

「ううん。スズちゃんとは幼馴染だったのだけど、マリちゃんとは今初めてお会いしたわ」

「鈴音くんと……へえ、世間は狭いね」

 サクちゃん先輩は穏やかな笑みを浮かべつつ、私たちの方へ視線を向ける。

「さて、あまりデートの邪魔をしても悪い。ボクらは別の映画を観るから、これで」

「はい。サクラ部長。また新学期で」

 と、マリがまた丁寧にお辞儀する。

 私も適当に会釈すると、二人は別のシアターに向かっていった。


「サクラ部長とミズキ先輩……すごくお似合いですね」

 と、マリが二人の背中をうっとりした表情で見送る。

「ウン。そうね……」

 曖昧に頷きつつ、私の脳裏には先日のメンヘラモンスターと化した先輩の大暴れがよぎっていた。

(流石にまだ付き合ってるって感じではなさそうだけど、サクちゃん先輩大丈夫かなあ……?)


 上映時間が迫っていたので、私たちもシアターに入る。


 『猿ノ夢』は、幸い複数回の視聴に耐えうるクオリティの作品であった。

 元ネタの猿夢がかなり怖い都市伝説なだけあって結構怖い映画に仕上がっている。


 ――ただ、怖いシーンで毎回マリが手を握ったり抱き着いたりしてくるのが問題だった。


 いつもなら手を握り返したり抱き返したりいちゃいちゃちゅっちゅっちゅしてやるところだが、先日のミズキ先輩と動きが微妙にシンクロしてしまっているために、その時の光景がフラッシュバックし、私にとってはまたしても微妙な気分の映画体験になってしまった。




 ―――




「風、とっても気持ちいいですね」

 と、マリがその短い髪を風になびかせながらはしゃぐ。

 映画が終わった後、私たちは屋上の空中展望台にやって来ていた。

「私、ここに登るの初めてなんです。先輩のおうちまで見えそうですね」

 そう言いながら、マリは遠くの住宅街の方を見つめている。残念ながら私とネコの住むマンションが建っているエリアは反対側だ。

 そっちに行って、『ちがうちがうあっちだよ~』と教えてあげるのが普通の流れだと思うが……。

 残念ながら反対側には()()()()がいた。

「……まあ、スカイタワー(ここ)で映画デートしたら展望台(ここ)まで来るわよね……」

 私は背後を振り向く。そこには反対側の景色を眺めているミズキ先輩とサクちゃん先輩。

 幸い二人はこちらに気づいていないらしい。

(どうかこっちに気づきませんように……)

 と祈るしかなかった。

 さっさと切り上げて帰ればいいと思うかもしれないが、無邪気にはしゃぐマリに水を差したくはない。私はこんな風になんでも楽しんでくれる彼女のことが好きだ。

 何より、二人きりで過ごす貴重な時間は大事にしたい。


 まあ……実のところは、どうせこの後家に帰ったらネコも混ぜて3Pおせっせすることになるので、体力を可能な限り温存しておきたい。というのが本音だ。

 ミズキ先輩と話すとまた疲れそうだし……。


「スズ先輩、スズ先輩」

 と、マリが私の腕をつんつんと突いてくる。

「ん、なあに?」

 可愛いなあ~と思いながら笑顔で振り向く。

「ほら、あそこ、先輩たち何を話しているんでしょう?」

「…………」

 マリはウキウキしながら、ミズキ先輩たちの方を指し示す。

 私はそのまま笑顔を顔面に張り付けたまま硬直してしまった。

 しまった、こっちからちょっかいかけに行くパターンがあった。

「良い雰囲気。やっぱりお似合いの二人ですね」

「そ、そうね。邪魔しないようにしましょうね」

「そうですね。じゃあお邪魔にならないように、こっそり先に帰りましょうか」

 良かった! マリは良い子だった!

「そうね。ここにはまた来ればいいからね!」

 と、私は彼女の提案に全力で乗っかり、この展望台から去る口実が出来たことに内心でガッツポーズを作った。

 ただ、展望台から降りるには彼女達の傍を通ってエレベーターホールに入らなければならない。

 幸い二人は会話に夢中なので、こっそり行けば気付かれることはないはず……。


「いいかい。人を呪う時は、相手への執着と覚悟が重要だ」

「「……?」」

 先輩たちの背後を通る時、サクちゃん先輩のそんな声が聞こえてきて、私とマリは思わず目を見合わせた。

「出来ているわ。そのくらい……私をコケにしてくれたあの女……必ず不幸にしてやる。二度と恋人なんてできなくしてやるわ……」

「「……!」」

 聞こえてくるのはミズキ先輩の腹の底から呻くような怒りの声。

「ス、スズせんぱ」

「シッ」

 私はマリの口をふさぎ、すぐさまエレベーターホールへの階段を駆け下りて、たまたますぐ着いたエレベーターに飛び乗った。


「スズ先輩、あの二人なんだか怖い話をしていたような……」

「いや、きっと何かの冗談よ」

「そう、でしょうか……?」

 不安そうな瞳で見てくるマリ。彼女の頭を、私はそっと撫でる。

「大丈夫。大丈夫よ。呪いなんてありはしないし。それに、きっと私たちには関係ないことよ」

 私は自分に言い聞かせるように言った。


 だが、ミズキ先輩が誰かを呪うとしたら……私には一人だけ心当たりがあった。

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