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幼馴染でセフレのあの子はボクが先に好きだったのに!  作者: 星の内海
第二章 あるオタギャルの恋について
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先輩と猿夢 前編

 私、法月鈴音にとって、映画館は「最高のエンタメ空間」だ。


 それは家で見る映画とは、全く異なる体験。家での鑑賞も嫌いじゃないけれど、やっぱりこの空間の生み出す空気感にはかなわない。

 なぜなら、映画館は「映画を観る」ためだけに作られた特別な場所だから。たとえ誰かと一緒に来たとしても、本編が始まった瞬間には、作品との一対一の真剣勝負が始まる。日常のあれこれをすべて忘れて、ただひたすらに物語の世界に没入していく。

 私にとってその場所は、何物にも代えがたい幸福な時間をもたらしてくれるのだ。


 今日はといえば、祢子(ネコ)とも茉莉也(マリ)とも予定を合わせず開けていた日。

 私はこの日公開される映画を観に、『スカイタワー』へと足を運んだ。

 都会の中心部から少し離れた場所にあるこの青く美しい高層ビルは、地下に昭和レトロ風の飲食店街、周囲に和風の庭園、建物内には美術館やミニシアターを備え、屋上には開放的な空中展望台がある。ビル直下の広場では四季折々のイベントが開かれている。

 今日はビアガーデンを開催しているらしく、平日昼間だというのに大人たちがビール片手に歌えや騒げや大盛り上がりしていた。

 その光景を横目に、私は三階にあるミニシアター『リーブルシネマ』にやってきた。

 目的は『猿ノ夢』というタイトルのホラー映画だ。ネット都市伝説の『猿夢』を題材にしており、ホラー愛好家である私には見逃せない作品である。


 無論、今日(こんにち)のJホラーが玉石混交であることは理解している。

 低予算のミニシアター系映画であれば猶更だ。

 だが私はたとえ不出来な映画であれ、()()()()を心得ている。


 名作に心震わせ、不出来な映画なら笑い飛ばす。

 そういった心の持ちようが、映画鑑賞という神聖な行為には必要なのだ。


 この『リーブルシネマ』にはカフェが併設されており、入場開始までの時間は、いつもここで過ごす。

 私はネットで購入したチケットを発券した後、カフェでアイスカフェラテを一杯注文。それを持って、窓際のカウンター席へ座る。

 窓の外に広がるのは、ビルの周囲を囲う庭園と、そのさらに外に広がる住宅街。

 人々の営みに思いを馳せつつ、カフェラテの香りで心を満たす。

 豊かな時間。豊かな人生だ。

 ここに来れば私はすべてを忘れられる。


「あれ、もしかしてスズちゃん?」

「…………え?」


 この場所の空気感に浸っていた私を、思いもよらない懐かしい声が引き戻す。

 振り返ると、そこに立っていたのは――。


「やっぱりスズちゃんだ。久しぶりだね」

「み、ミズキ先輩――!?」


 ふわふわとした茶髪のロングヘアを揺らしながら、かつて私の近所に住んでいた二つ年上の憧れのお姉さん。

 朝霞 瑞樹(あさか みずき)先輩が、そこに立っていた。


「せ、先輩が、どうしてここに?」

「映画館なんだから、映画を観に来たんだよぉ」


 と、センパイは当然のように私の隣の席に座った。

 彼女が身につけていたのは、涼しげなシアー素材のブラウス。ほんのり透ける淡いミントグリーンの生地には、繊細な小花柄が散りばめられている。ボトムスには、やわらかな生成り色のフレアスカート。椅子に座ろうとしてふわりと広がる裾が、年上らしい落ち着いた色気と、少女のような可憐さを同時に感じさせた。足元は華奢なストラップのついたミュール。かかとが露出したデザインが軽やかさを演出し、彼女の大人びた魅力を引き立てていた。


「でもこんなところでスズちゃんに会えるなんて。ラッキーだなあ」

 ミズキ先輩は、ヒマワリのように朗らかな笑みを浮かべた。

 私はと言えば、傍から見ればガチガチに固まった表情をしていただろう。


 何故なら、このミズキ先輩こそ、私の中学2年生時の浮気相手。

 当時のネコとの交際関係を解消する原因となった人であるからだ。




 ―――




 当時、ミズキ先輩は高校一年生。私とネコとは家が近所で、小学校も同じだったこともあり、昔からよく遊んでもらっていた。


 その日、私とネコは些細なことで大喧嘩をした。

 一人で空き教室で泣いていた私を、その日吹奏楽部のOGとして指導に来ていたミズキ先輩が見つけ、慰めてくれたのがきっかけだった。

『私だったらそんな思いさせないのにな』

 という一言に当時の私はあっさりと堕ち、あれよあれよといただかれて(キッスされて)しまった。

 その場面をよりによって私を探しに来たネコに見られ、ものの見事に破局。

 その気まずさもあり、先輩とも交際には至らなかった。

 後に、私は先輩と同じ金蓮花高校に入学したが、結局疎遠のまま再会することはなく、先輩は卒業してしまい、今に至る。


 今先輩は、神戸にある大学に通い、そこで一人暮らしをしているらしい。

 流されるまま、私はミズキ先輩と一緒に『猿ノ夢』を見ることになってしまった。

 ()()()()()()なので、初日とはいえ隣の席は余裕で空いており、止めるべくもなく購入されてしまった。


 (ぐっ……ミズキ先輩、なんで今更!?)

 私はまさに猿夢の電車に乗せられる乗客の気分で、何とも奇妙な映画体験をしてしまう羽目になった。

 ミズキ先輩は怖いシーンになるといちいち私の手を握ったり、果てには抱き着いてきたりする。

 その度に私はネコに浮気現場を観られたトラウマがフラッシュバックし、もはや映画が怖かったのか、隣にいるこの人が何を考えてるのかわからなくて怖いのか、わからなかった。

 夢なら早く覚めてほしいんだけど……残念ながら現実だ。


 折角買ったキャラメル味のポップコーンも、このテンションでは砂の塊を噛むように味気なかった。



 ―――



「風が気持ちいいねー」

 と、ミズキ先輩がそのふわふわロングヘア―を風になびかせながらはしゃぐ。

 映画が終わった後、私たちは屋上の空中展望台にやって来ていた。

「私、ここに来るのホントに久しぶりなんだ。ここから実家が見えるのよね~」

 そう言いながら、ミズキ先輩は遠くの住宅街の方を見つめている。私とネコの住むマンションも建っているエリアだ。

 確かにいい眺めではある。自分たちが普段住む街を俯瞰するのは、まるで空の世界に来たような不思議な気分にさせてくれる。

「大学に入って神戸に住むようになったけど、やっぱり地元の空気って好きだな。すっごく安心できるわ」

「ミズキ先輩は、夏休みで実家に帰省ですか?」

「うん。まだしばらくいるよー? よかったらまた一緒に遊ばない? 前みたいにさあ」

 と、ミズキ先輩はまた屈託のない笑顔を私に向ける。

 ……どういうつもりなんだろう。仮にも昔愛だの恋だので色々こじれた後輩に向けて。この人には気まずいとかいう感情はないんだろうか。私は未だにその真意を測りかねていた。

「そうだ、良かったらこの後ディナーでもどう? 美味しいローストビーフのお店を知ってるんだ~。お金なら任せて、私バイトしてるから」

「……すみません、先輩」

 頭を下げる私を、先輩が不思議そうな目で見つめてくる。

「私、今大事な人がいるんで、その……」

「知ってるよぉ」

 その一言で、ミズキ先輩のヒマワリのような笑顔が、一転してヒビの入った鏡のようにゆがんでいく気がして、私の背筋に寒気が走った。

「いるんだよね。付き合ってる人」

 鏡のヒビが笑顔の形を象っていくように、ミズキ先輩は笑う。

「二人、いるんだよね」

「――っ、どうして知って――」

 私は数歩後ずさるが、ミズキ先輩はその分前進してくる。

「私だって金蓮花のOGよ? 後輩が教えてくれたの。スズちゃん、今二股してるんでしょう?」

 参った。学校での私のあだ名のことは知っていたけど、まさか他県にいる先輩のもとにまで届いているとは――。

「それは――はい。そうなんですが」

「それなら、さ――」

 ぐい、と、ミズキ先輩の割れた鏡のような笑みがすぐそこに迫る。

 甘い蜜のよう囁きが、私の耳元に響く。


「いいんじゃない……? 三人目の恋人を作ったって」

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