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イチリン  作者: 火炙
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16 もう一度

 一葉(ひとひら)清音(すずね)。アタシはコイツが嫌いだ。

年末のこんな時間に押しかけて来やがった。事前連絡も無しで。そりゃ追い返すだろ?

そしたら咲の野郎からお説教電話ときた。


 「ダメダメ。ちゃんともてなしてよ」

 「無茶言うな!!つーか来るなら連絡ぐらい寄越せ!!!!」


 どーせ見守りの為に後を付けて来た星見の野郎が咲にチクったんだろうな。

つくづくめんどくせぇ。それでコレだ。人の年末を何だと思ってやがんだ。


 はぁ....つーかよ、何でアタシがコイツに許されなきゃいけねぇんだよ....





 「惜しい!でも良いわ!次はもう少し速く!そう!そう!えぇ!そうよ!次はもっと鋭く!」

 「はぁ....はぁ....なんなの....はぁ」


 満月姫を前に、一葉はこっちは任せてと一言。配信者グループを晴喜救出へ向かわせた。

圧倒的暴力を覚悟していたが、始まったのは蹂躙ではなく、


 「いえ!いいえ!違うわ!これは一つの物語なのよ!?華も(あかり)もまるで足りていないわ!ダメよ!アイだけを見ていてはイケないわ!」


 一葉の攻撃を最小限の動作で回避し続ける。異常なまでの柔軟さ、踊るような足さばき、美しくしなやかな動きは、敵でなければ見惚れてしまいそうだった。


 「ダメよ!イケないわ!アイと息を合わせるのよ!アイの体をよく見て!アイの思考(あたま)を読んで!拍子を数えて次のページを予測するの!」

 「うるっさい!そんな事言われても分かんないよ!」


 始まったのは蹂躙ではなく指導。

ダメージを受けることは無いものの、ひたすらに体力が削られていく。

花形監修の元、多少のトレーニングをしているとはいえ、二人がぶつかってはや十五分。簡単な運動と戦闘は訳が違う。


 「ぜぇ....ぜぇ........ちょ、ちょっと待って....い、一回休憩....」

 「あらあら。いけないわ!まだよ!これからじゃない!交代には早いわ!」


 「は....へぇ?....交代?」


 血だまりの中にうつ伏せになる千羽。その筋肉質な体がピクリと動きを見せる。

壁に手をつき、ゆっくりと体を起こし立ち上がる。


 「あっ....淫莉(みだり)さん....?」


 衣服に体、顔から髪に至るまで、血液で真っ赤に染まった姿に一葉は若干の恐怖を感じた。

吐血を交えた咳を数度。千羽が言葉を発した。


 「クソッ、立っちまった」


 千羽をダウンさせた姫の三連撃。

初段を受け死を確信。二段目を受ける前に、携帯していた万能薬の小瓶を手中に。三段目の攻撃が手中の小瓶ごと千羽を破壊した。

そうして万能薬は血だまりの中を泳ぎ、千羽の体を静かに癒し続けた。


 「そうね!素敵よ!千羽さん!貴女はどこまでも強くて、美しい!そうね!えぇ!こうしましょう!」


 姫は自身の後ろの大階段を指さした。


 「一葉さん。貴方の三人のお友達は屋上に居るわ!もちろん、アイの可愛いお星ちゃん達といっしょにね!さぁ!ページをめくって!貴女の手で!」


 満月姫の発言を一葉はこう解釈した。

私の仲間を倒して友達を取り返してこい。


 行ってあげたい気持ちはあった。だが、自分の実力は自分が一番分かっている。

善意が背中を押した時、自分はいつも痛い目を見ている。


 そう考えると足が動かなくなる。

しかし、一葉は屋上へ向かい大階段を駆けた。それは蛮勇でも発狂でもなく、千羽に背中を押されたからだった。


 大きな手が小さな体をガサツに押した。視線を向けることも、声を掛ける事もせず、最初の一歩を踏み出させた。

血の手形は間違いなく、一葉に勇気を与えた。


 一葉は必死になって走った。院内中心、広く豪勢な大階段を満月の方へ向かい走った。

屋上への扉を勢いよく開いた一葉は言葉を失った。


 「........えっ」





 院内一階。


 ゴオンッッッ!!!

千羽が吹き飛ばされた先は、一階試薬保管庫。


 「~~~♪」


 鼻歌交じりの楽し気なステップ。小さく踊っては、ふわりとターンをして見せる。

底なしに明るい姫を前に、立つ事がやっとな千羽。


 万能薬は、ただ傷を治すだけ。蓄積したダメージや疲労、感じた痛みを消すものでは無い。

それに加えて、そもそも千羽は立てる様になっただけで、完治した訳では無かった。

戦いはおろか、歩いて逃げる事すら難しい状況の千羽に、出来る事は限られている。


 「La~~~♪ha~~♪」


 千羽は付近にある物を片っ端から投げつけるが、姫には当たらない。

いつまでも、どこまでも楽し気な姫は、哀れな千羽を意に介さない。

しかし、それが不味かった。


 「~~~♪ねぇ?千羽さん?もう辞めにしましょう?嫌なの。強くて美しい貴女のそんな姿見たくないの。だからね?だから―」


 満月姫を襲ったのは急な眩暈。

訳も分からず膝をついた姫は、今になって気が付いた。


 千羽淫莉の不自然な血涙に。


 「ゴホッ!ゲホッ!....ハァ....貴女、何をなさったの!?」


 大量の吐血後に、やっとの思いで返事を返した。


 「テメェがクルクル避けるせいでよォ....薬剤混ざっちまったんじゃねぇのか....」


 ....あぁ!しまった!嫌だわ!すっかり油断していたわ!化学反応が起きて有毒な空気が出ちゃったのね!?嫌だわ!アイが間違えるなんて!これじゃあ私に迷惑が掛かってしまう....嫌だわ....どうしましょう....


 いえ!まずは今の事を考えましょう。彼女はもう放っておいても問題ないわ。そう!そうよ!後はアイの可愛い子供達を連れて帰るだけ!えぇ!そうよ!それだけよ!


 しかしそう上手くは行かなかった。


 姫は大階段、一階踊り場で足を止めた。

振り向いたその先には、千羽の両脇に手を通し、中央廊下まで救出する一人の少年が。


 「やぁ、おはよう。待たせたねぇ。交代するよ」

 「オイ........寝坊だぜ....星見....」


 満月姫はため息を漏らした。

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