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Ⅲ:カリナ、エリュシオに起こされる 

 その天幕の中は比較的広い。

 天幕の布は、帆船の帆に使われる帆布と呼ばれるもので、丈夫でありながら軽く、戦場では様々な用途に用いられていた。

 組み立て式の寝台が中央に据えられていて、天幕の布越しに朝の光が透けてる。いくつかある灯り取りの切り欠きから朝の光が入ってくる。

 それが寝台の上で寝ている1人の少女の顔に降り注いだ。


 丈夫な木綿で作られたシーツと布団の上に横たわっているのは、シュミーズ姿の1人の若い少女だった。

 白い素肌に透き通るような金髪、髪の毛は長く、ベッドの上で緩やかに広がっている。

 顔立ちは比較的ほっそりとしていて、寝ていても目元ははっきりとしている。


 太陽の光を受けてその少女は、やや不快そうに目元をしかめさせた。


「ん……うううん……」


 太陽の光の差さない方向に寝返りを打つ。

 そして、もどかしそうに声を吐いた。


「エリュシオ……もう朝なの?」


 いかにもお疲れという弱い声。その声に反応するのは妙齢の女性の声だった。

 そして、その声は寝台の枕元に横たえられている一振りの剣から発せられていた。金色に輝く十字鍔の聖剣、千数百年の時を経て受け継がれた聖剣レギオンブレイド――その中心の霊的クリスタルに宿る存在が精霊エリュシオだ。エリュシオはカリナに常日頃、寄り添っていた。


『カリナ様、もうすでに太陽は昇っております。朝が始まっております』


 するとカリナは毛布を引き上げて中に潜り込んでしまう。


「お願い……、太陽を下ろしてきて」


 いくらなんでも無理である。声の主――精霊のエリュシオはカリナをたしなめるように言った。


『カリナ様、いくらなんでも物事にはできることとできないことがございます。速やかにお目覚めになられるのが賢明かと』

「分かってる」


 カリナは諦めて眠い目をこすりながらぼーっとして体を起こす。

 

「なんか、すごい怖いな夢を見た――」

『どの様な?』

「ん――、すごい説明しづらいんだけど――」


 カリナは妙に口ごもった。

 

「見たこともない戦場に飛ばされて――、そう……、魔王軍とも違う鋼の化け物とか――」

『奇妙ですね? そのような魔王軍との戦いは記憶されていませんが?』

「そうなの、でも、もっと怖かったのがあって――」


 その時、カリナの表情に怯えが交じる。そんなカリナを、親愛なる精霊のエリュシオは優しく押し留める。

 

『辛ければ、話さなくても結構ですよ?』

「ありがとう――、夢の中でエルリックとも、みんなとも離れ離れになってるの。そう――見知らぬ戦場で私とエリュシオの二人きり――」


 カリナは俯いて涙をにじませた。

 

「あんな寂しい夢は嫌だなぁ……」

『お疲れになられてるのですよ。魔王軍の夜襲がつづいているので心が消耗しているのでしょう』

「うん。そうだといいな」


 この、起き抜けの子ウサギのようにぼんやりとしているこの少女こそが、戦場で野営をしている大軍団の頂きに立つ総指揮官――、

 わずか16歳という若さながら――

 聖剣の巫女の肩書きを持つ〝カリナ・ウィングス〟――

 栄えある、魔法剣士騎士団〝アルカナヴァンガード〟の団長――


 すなわち、彼女こそが〝勇者〟である。


「それにしてもエリュシオ――、朝が来るのって早いね」

『そうですね、夜遅くまで動かれておられたのであればなおさらです』

「うん」


 気持ちでは起きなければならないと分かってはいるのだが、頭と体が追いついていないのだ。


「まったく……、魔王軍め、連日連夜の暗殺部隊襲撃なんて嫌がらせにも程があるわよ」


 彼女の愚痴にエリュシオは思わず苦笑していた。


『確かに、無節操ではありますよね』

「うん、確かに私をとどめを刺せば一発逆転もあるだろうから必死なのはわかるんだけどさ」


 無造作に広がっていた髪の毛を拾い上げ手でまとめながらつぶやく。

 基本髪の毛はいたずらに切ることはないので腰のあたりまでの長さがある。しかも手入れが行き届いているのか金の糸のように輝いていた。


『ですが、騎士団のお仲間の方々や、各軍団の有志の方々がご尽力してくださるのですから必要な時は頼った方が良いのでは?』

「言いたいことはわかるんだけどさぁ……」


 カリナは思いっきり息を吸い込むと特大の愚痴を吐き出した。


「その前に、戦場の糧食を補給する業者が、戦場食料の予算をピンハネしてたのが分かったのよ! それで食料の総量が足らなくなって、臨時に徴用したり、運搬ルートを設定したり――、全体の分配の見直しで大変だったんだよ」

『ルミナリアのモバラート商会でしたか』

「ある貴族の紹介で契約したんだけど、悪質にもほどがある――戦場の兵士の命を何だと思ってるのよ!」


 カリナは怒りを吐き出した。

 戦場において食料は命綱だ。進軍をすることもできれば、食糧事情が原因で全滅することも当たり前にあるのだ。

 食は命――、その事実をカリナは長年の戦場経験で心の底から理解していた。


『その業者はどうなりました?』

「うん、ルミナリアのセリアス様を通じて軍警察を動かすことになった。不正蓄財も考えられるから徹底的に絞り上げるって」

『ではそちらの件はもう解決したのですね?』

「うん、グレインリーフの方で臨時で食料を送ってくれるって。ドラゴン族の連中も運搬で手を貸してくれるって言ってるからなんとかなると思う」


 補足すると、ルミナリアは光国とも言い、この大陸で一番権威ある国である。グレインリーフは農業の盛んな穀倉国、さらに現在では紆余曲折あって様々なドラゴン種族がカリナ率いる大軍団の中に加わっている。


『それでは問題は解決したのですね?』

「多分ね――、でもすぐにまた別な問題が顔を出すけど」


 思いっきり愚痴を吐いた後は、カリナの泣き言が始まったのだった。


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