98 モニカの婚約者9
カリストの短い返事を、どう受け取れば良いのか。
「あの……先生」
「なんだ? まだ食べ足りないのか?」
「違いますっ。今の……」
カリストの気持ちを聞けるチャンスは逃したくない。そんな思いで言いかけたが、カリストはそれを遮るように微笑んだ。
「よければ今夜、我が家のディナーにモニカを招待しても良いか?」
「先生のおうちですか?」
「前にお願いしただろ。いつか乳母に会ってほしいと」
そう言われてモニカは、あっ。と思い出した。
あれは確か、リアナのお見舞いへ行った日。お世話になってばかりなのでお礼をしたいと申し出たモニカに、乳母に会ってほしいとカリストが願った。
あの時は、女子学生を家へ招くことに拒否感を抱いていたカリストだったが、やっとそのチャンスがやってきたようだ。
「はいっ。ぜひ、お伺いしたいです」
「感謝する。――さて、今回の成果を確認しようか」
すぐさま話題を変えられ。モニカははぐらかされたような気分になる。
それとも、イサークの求婚を拒否する意味で言っただけなのか。
それを過剰に反応してしまったので、カリストは困っているのかもしれない。
モニカは複雑な気分を抱えながら、ルーに声をかけた。
『ルー。話は聞き出せたみたい?』
ピアスに触れながら尋ねると、ピアスがふわっと光り、それからルーがその場にぽんっと飛び出してきた。
「もっちろ~ん」
作戦はうまくいったようだ。ほっとしながらモニカはカリストを笑みを浮かべ合った。
しかし、ルーから聞かされた内容は、思いもよらぬものだった。
――イサークの精霊から得た話は、モニカたちが一年生の時のことだった。
定期試験の結果が出たあと。ルカたちが遊びに行く計画を立てていたとミランダから聞かされたイサークは、ルカが聖女の守護者候補かもしれないと気づいた。
それを邪魔すべくイサークは部下を連れて、密かにハイキングの尾行をおこなったのだとか。
あの時点で、ルカはまだ精霊と契約していなかった。その状況でもしも、魔獣が現れたら。
いくら剣術に長けていたとしても、精霊の力が無ければ魔獣は倒せない。
窮地に追い込まれたところで、イサークが現れ颯爽と魔獣を倒したら。
聖女はルカに失望し、イサークへ目を向けるかもしれない。
そんな浅はかな期待を抱きながらイサークは、『未来の副団長』というポジションを餌に部下をそそのかし、魔獣を召喚させた。
部下は部下で、自分ならば完璧に精霊を従わせることができると考えていたようだ。
しかし部下の精霊はそうではなかった。無理やり魔獣を召喚させられたことに激怒し、部下を火だるまにした。
それでも怒りが収まらなかった部下の精霊は、イサークにまで攻撃を仕掛けてきた。
心臓にある傷は、その時にできたものだという。
「そんな、ひどい……」
聖木の森にいる精霊は人間の味方で、この地に魔獣が溢れないよう、長年に渡り協力してきた種族だ。
その精霊に、魔獣を召喚させるなどという非道は到底、許されるものではない。
しかも、それをそそのかしたのはイサークで、人が一人亡くなったというのに平気な顔をして、未だにルカを陥れようと画策している。
「先生……。きっと私が求婚を断れたとしても、リアマ卿を止められません。彼はまた違う方法でルカ様を狙うはずです!」
ストーリーを変えて事件を回避しても、イサークは新たな策略を練るだけ。
ルカは、イサークによって人生のどん底に突き落とされなければ、報われないキャラなのだろうか。
そう考えるだけでモニカは、身体が震えてくる。
その震えを押さえるように、カリストがモニカを抱きしめた。
「心配するな。これだけの情報があれば、物的証拠も見つかるはずだ。必ずイサーク・リアマを、モニカやルカ・フエゴから引き離すと約束する」
カリストは、モニカのお願いごとは必ず実行してくれる人だ。だからこそ、その言葉にとてつもなく安心感を覚える。
一瞬前の不安と震えが嘘のように、モニカから消え去った。
そのあと真っ直ぐに、カリストが身を寄せているビエント男爵邸へと、モニカは足を運んだ。
「まあまあ! あなたがモニカ・レナセール嬢ですね。ようこそビエント家へ。カリスト坊ちゃまの乳母を務めております、ソフィア・ビエントと申します」
嬉しそうに玄関で出迎えてくれたのは、ビエント男爵夫人。髪の生え際に白髪が少し見える中年の女性で、事情を抱えたカリストを引き取っただけのことはあり、包容力に溢れた雰囲気の人だ。
乳母であることを明かしたということは、モニカがカリストの事情を知っていることを彼は乳母にも話したようだ。
「初めまして。お会いできて光栄です、ビエント男爵夫人。レナセール伯爵家の娘、モニカ・レナセールと申します。先生にはいつもお世話になっております」
「ふふ。お世話になっておるのは、カリスト坊ちゃまのほうかもしれませんよ。レナセール嬢と出会われてからの坊ちゃまは、随分と楽しそうですから」
割と最近までは、モニカが一方的にお世話になっているかと思っていたが、そうではなかったのだろうか。
カリストへと視線を向けると、彼は困ったように小さく咳払いした。
「ソフィア。そういう話はモニカに負担をかけるから、控えてくれないか」
こういう場面になると、途端に自信が無さそうになるカリストがちょっと可愛い。
「私は負担ではないですよ。先生が私のことを、夫人に話してくださったことが嬉しいです」
そんな二人のやりとを見たソフィアは、微笑んだ。
カリストが呪われていると知っても、態度を変えることなく接する人は貴重だ。
しかも二人の間には、教師と学生の域を超えた親密さを感じる。
「レナセール嬢とは仲良くなれそうですわ」
「私も夫人には、先生のお話をたくさんお聞きしたいです」
「モニカ。もしかして……」
なんとも言えない表情になるカリストへ、モニカはにこりとうなずく。
やはり、攻略対象の幼少期は知りたいではないか。それがカリストなら、なおさらだ。
カリストは少し照れたような表情で、ソフィアに視線を向ける。
「ソフィアのスケッチブックを、モニカに見せてやってくれないか」
「まあ! 坊ちゃまが自ら、あれをお見せになりたいなんて。今すぐにお持ちしますわね」
(スケッチブック?)
なんだろうと首をひねったモニカへ、カリストは応接室へと案内しながら呟いた。





