97 モニカの婚約者8
さりげなくルカにもらったピアスに触れながら、心の中でルーに呼びかけた。
『ルーいる? モニカよ』
『お客さまがおかけになった番号は、げんざい使われておりません。ただしい接続方法で、おかけなおしください』
(…………)
この方法で話しかける際には、必ず電話方式を取らなければいけないらしい。
『プルルルル、ルーいる? プルルルル、モニカよ』
ちなみにプルルルルは相手には電子音で聞こえるが、かけた本人は手動で言わなければいけない仕様。夏休暇中に十七歳を迎えたばかりのモニカにはちょっとはずかしい。
『もしもし、おいらルーだよ!』
『これから作戦を始めるから、お願いねルー』
『任せてモニカ!』
今度は気分よさげに、ルーは応答してくれる。精霊はこういった遊びが好きなようだ。ルーだけかもしれないが。
とりあずこれで準備は完了。モニカはほっとしつつカリストとイサークの話に耳を傾けた。
「私にお話しとはなんでしょうか?」
「モニカのことだ」
「……まさか先生が、学生の交際にまで介入するとは思いませんでした」
今回の作戦は二つある。
一つ目は、カリストが直接的にイサークへ、モニカへの求婚について反対する。
二つ目は、その間にカリストの精霊が、イサークの精霊との会話を試み、イサークの心臓の傷について聞き出すというもの。
精霊は嘘はつかないが、同族同士の秘密はむやみやたらに人間には明かさない。内緒話として聞き出せば、イサークの精霊は心臓の傷について聞かれたことをイサークには話さない。
けれどカリストの精霊は、同族を裏切ってでもカリストの目に宿っていたい変わり者。イサークの精霊から聞き出した内容を、カリストに教えると約束した。
ただ、カリストの精霊は直接的にカリストと会話できない。そのため、今回の作戦の通訳として、ルーが呼ばれた。
「私が存じている先生は、学生とは深く関わらない方のはずでしたが……。モニカ嬢に対しては例外のようですね」
イサークは爽やかさを崩さずに話しながらも、やはりカリストの介入は気に入らない様子。視線だけは、爽やかさが崩れている。
そんな視線を受けながらも、カリストは冷静だ。
「モニカとは唯一、心から信頼し合える仲だ。俺は生涯をかけて、モニカを守り続けるつもりでいる。だから、イサーク・リアマ。お前がモニカにした脅迫は、到底受け入れられるものではない」
生涯をかけて守り続ける。その言葉でモニカの心はじんわり温かくなる。カリストが守護者になりたいと宣言してから、これだけは揺るぎなく実行し続けてくれている。
「モニカ嬢。あの話を、先生にしたのですか?」
イサークは少し驚いた様子で、モニカを見た。モニカとカリストの関係をそこまでとは認識していなかった様子。
(パーティーでいつも先生とパートナーなのは知っているはずだし、私を調べたリアマ卿なら、放課後に私が先生の研究室へ通っていることは知っていてもおかしくはないわよね)
それなのに、秘密を相談できるような相手に思われていなかったことが、非常に納得いかない。
(傍から見ると、私と先生って学生と教師の域を出ているように見えないのかしら……)
最近のカリストには、どきどきさせられることも多いというのに。
「私にとって先生は、最も信頼できる相談相手なので」
「そういえば、モニカ嬢の代わりに先生が、あの魔獣を倒したことになっていましたよね」
イサークは状況を整理するように考え込んだが、すぐに笑みを戻した。
「ですが、私が有利な立場であることは変わりません。私はお二人が隠し通したい事実を黙認する代わりに、モニカ嬢との結婚を要求します」
「モニカを脅すような者が、モニカを幸せにできるとは思えない」
「私は、モニカ嬢を楽しませる術は心得ているつもりです。そうでしょうモニカ嬢」
それは正直否定できない。ルカの話題はまだまだ聞きたいくらいだし、デート場所もいつも絶妙なチョイス。
彼の内に秘めている気持ちさえ知らなければ、政略結婚の相手としては完璧だった。
けれど、ルカの不幸を喜ぶ人とだけは分かり合えない。
「ルカ様を悲しませるような方とは結婚できません」
「矛盾していますよモニカ嬢。ルカの一番の幸せはあなたといることですよ。それを叶えてあげないあなたは、私と何が違うのですか?」
「それは……」
ルカの気持ちは、聖木の森で会った際に直接、本人の口から聞いた。けれど彼は、モニカの守護者になることで、諦める決意をした。
モニカが望む姿でいたい。
ルカがいつも言う言葉。彼の気持ちを知ってからは、モニカが言わせてしまっている気がしてならなかった。
イサークに反論できずにいると、カリストがモニカを慰めるように手を握ってきた。
(先生……)
「誰にでも、自分の幸せを優先する権利がある。モニカも例外ではない。それでもモニカは、ルカ・フエゴの未来が明るくなるよう最大限に助力してきた。他人から奪ったもので優越感に浸ろうとするお前と、一緒にするな」
イサークへの言葉だったようだが、モニカは耐えられず口を開いた。
「ですが先生。私はルカ様に、私が望む未来を押し付けている気がして……」
「あいつにとっては、モニカの願いを叶えることこそが幸せ――生きがいみたいなものなのかもな。何に対して幸福を感じるかは、人それぞれ。型にはめて考える必要はないさ」
ルカの生きがい。今まで考えたこともなかった発想だ。ルカは本当にそう思っているのだろうか。
『先生いいこと言うな。俺もそう思ってるから、気にすんなよモニカ。ってルカが言ってるよー!』
(えっ)
急にルーの声が脳内に響いて、モニカは驚いた。
(そういえば、作戦中の会話はルカ様も聞いてよかったのよね)
ルカはそれを条件にして、カリストの作戦にルーを貸し出した。
そういえば、以前にミランダもそのようなことを話していた。ルカにとってモニカは活力剤みたいなものだと。
モニカの存在があることでルカが頑張っていられるなら、ファンとしてはこれほど嬉しいことはない。
『ありがとうございます。私もルカ様を応援することが生きがいです。って伝えて』
『おっけー!』
心の中での会話を終えたモニカは、カリストに微笑む。
ルカ自身も気がついていなかった気持ちを引き出したのは、カリストだ。
「おかげで気持ちが晴れました。ありがとうございます先生」
今のこの気持ちを、少しでもイサークにもわかってほしいとモニカは思った。人を妬み、奪って優越感に浸る幸せではなく、自分自身が望み、自分自身で築き上げる幸せを。
「リアマ卿。あなたもご自身が本当に望む幸せに、向き合ってみてはいかがですか。ルカ様に囚われることのない、本当の幸せを」
モニカに見つめられて、イサークはどきりとした。いつもはほのぼのとした雰囲気の彼女が、何もかも見透かしたような視線で語りかけてくる。
そしてここで、全てを懺悔すれば許されるような。この店の雰囲気のせいか、神々しさすら感じられる。
たまらずイサークは立ち上がった。
「先生は恋愛の授業もお得意だったのですね。まさか、卒業しても授業を受けられるとは思いませんでした。――申し訳ありませんが、今日はお先に失礼しますね。支払いは済ませておきますので、お二人はごゆっくりおくつろぎください」
足早に部屋を出て行こうとしたイサークは、部屋のドアを開けようとしてぴたりと動きを止めた。
「――先生」
「なんだ?」
「ここまで介入するからには、ライバルと認識してよろしいのですか?」
「好きにしろ」
カリストの短い返事を聞き終えると、イサークは無言で部屋を出て行った。
結局。イサークに求婚の撤回は、聞き入れてもらえたようには思えない。
モニカは、話し合いが平行線に終わってしまったことを残念に思いながらも、心臓は忙しなく動いていた。
(今の言葉って……)





