89 未来に向けて3
『プルルルル、モニカいる? プルルルル、ルーだよ!』
(ふふ。やっぱりこれは電話なのね)
「もしもし、モニカよ」
電話を受けるように応えてみると、ピアスがぱぁっと光り、それからモニカの目の前にぽんっとルーが出現した。
「モニカ―! 会いたかった!」
「いらっしゃい、ルー! 直接、ここに来られるのね?」
「うん! それがおいらの、すごいとこ!」
普通の精霊では、こうはいかないようだ。自慢げにキリッとした表情のルーを指でなでると、すぐにふにゃりといつもの緩い顔のルーへと戻った。
「ルカから伝言だよ! 『おやすみモニカ』だって」
(わあ……! こういう使い方もあるのね)
双方を行き来できるルーに頼めば、ルカとも電話のようなやり取りが可能になる。
ルーと話せることばかり考えていたので、思ってもみなかった使い方だ。
「ありがとうルー。私からも『おやすみなさいませルカ様』と伝えてくれる?」
「オッケー!」
「それと、ルカ様に伝え終わったらもう一度、戻ってきてほしいの。ルーとゆっくり話したいし、相談したいこともあって――」
次の週の休日。モニカは、カリストをお茶会へと招待した。
この時期、レナセール家の庭園は、薔薇が満開だ。それに負けず劣らず麗しい姿のカリストに、メイドたちは心をときめかせている様子。
「先生。そちらのフルーツタルトは、メイドたちが皆で作りました。よろしければお召し上がりくださいませ」
「彼女らが?」
「はい。私がいつも先生にお世話になっているので、お礼だそうですよ」
「そうか。ではいただこう」
カリストはフルーツタルトを一口食べると、優しく微笑みながらメイドたちに目を向けた。
「フルーツも繊細に整えられているし、味もなかなか良いな」
モニカも一口いただきながら、こくりとうなずいた。モニカがお茶会を開くと決めてからこの一週間、メイドたちは料理長から特訓を受けて、このフルーツタルトを完成させた。
カリストをお茶会へ招待すれば、メイドたちが喜びそうだと思ったのがきっかけだったが、これほど積極的にカリストをもてなしてくれることになったので、モニカとしても感謝のかぎりだ。
「お褒めに預かり光栄ですわ」
「いつもお嬢様のご体調をお気遣いくださり感謝申し上げます」
「どうかこれからも、モニカお嬢様をよろしくお願い致します」
メイドたちはカリストに喜ばれて嬉しいようで、口々にお礼や感謝を述べる。それからモニカへとこそっと耳打ちした。
「私どもは、お話しが聞こえない場所で待機しておりますね。お茶のおかわりの際などはお呼びくださいませ」
「ありがとう」
配慮まで完璧である。メイドたちはモニカとカリストの関係を少々勘違いしているような気もするが、今日はカリストに大切な話をするつもりで招待した。この配慮はありがたい。
「モニカはメイドたちに慕われているんだな」
「ふふ。慕われているのは先生のほうだと思いますよ」
「俺が? なぜだ?」
「私はこういう体質でしたので、メイドたちと仲良くなる機会があまりなかったのです。ですが、先生が私の体調を診てくれるようになってからは、何かと先生のことでメイドたちと話す機会が増えました。先生のおかげです」
「少しでも役に立ったなら良かった」
そう微笑みながらお茶を飲んだカリスト自身は、さほど影響があったとは思っていないような雰囲気だ。
けれどモニカにとって、カリストの存在は非常に大きい。カリストと出会ってから、様々なことで彼には助けられてきた。
大きな助けから、小さな助けまで。カリストはいちいち覚えていないかもしれないが、それらの積み重ねがなければ、今のモニカは存在しなかった。
「あの……それで。私からも、先生への日頃の感謝を示したいと思いまして」
「このお茶会のことか?」
「こちらのお茶会は、先日のパーティーでパートナーになってくださったお礼です。それとは別に、これまでのお礼といいますか……、私がしたいだけなのですが……」
前にも断られているだけに言いにくい。
うまい言い方が思い浮かばなくて言葉を詰まらせていると、カリストが席から立ち上がり、モニカの横で膝まづいた。
「モニカが俺を想ってくれる気持ちなら、どのようなことでも嬉しい。話してくれないか?」
「先生……」
カリストに手を握られて、不安な気持ちがじんわりと消えていく。
このカリストの手の温かさのように、二人の間には確実に信頼関係が育っているはずだ。
モニカは決意するように、こくりとうなずいた。
「私、先生の呪いを解きたいです」
リアナがヒロインとしてハッピーエンドを迎えることを願いつつも、日々の訓練に励んでいた一番大きな理由はこれだ。
いつかカリストを守護者にし、四属性の精霊を集め、彼の呪いを解くのが目標だった。
それが今回の騒動のおかげで、モニカはより大きな力を得ることになる。カリストの呪いを解く計画の準備は整いつつある。
「………………モニカの気持ちは嬉しいが、俺はこのままでいたい」
カリストは全てを諦めたような様子で、モニカから手を離そうとした。しかし今度は、モニカからしっかりとカリストの手を握り返す。
「どうしてですか? 目が見えるようになれば、精霊の目とはまた違う世界を味わえるのですよ。世界は美しいもので溢れているんです」
「それは魅力的ではあるな。モニカを直接この目で見てみたい」
「私なんか、美しいものに入りませんよ……」
「俺にとっては、なによりも価値がある」
カリストはもう片方の手で、モニカの頬をさらりとなでた。
(そんなに愛おしそうに見てくるなら、なぜ……)
「私の寿命ですか……?」
前に断られた理由は、呪いを解くと寿命が減るからだった。カリストはそれが嫌で、勇者の子孫としての権利であるにも関わらず、聖女からの解呪も受けないつもりでいる。
「それもある。だが、断った話をまた持ち出すのだから、その辺りも解決できるんだろう?」
「はい。ルーはこう言っていました。かつての女神とかつての四属性がそろえばできないことはない。あの時は女神が天へ帰るので時間が足りなかっただけ。と」
「もしかして、あいつらがかつての四属性なのか?」
「そうみたいです」
だからルー、ロー、三―、ビーの四人は、聖木の森でモニカを女神だと認識できたのだとか。
そもそも精霊全員がモニカを女神だと知っていたら、今頃は多くの精霊使いに知られて大変なことになっていただろう。カリストの精霊も、曖昧な認識はしなかったはずだ。
カリストは急にくすくすと笑い出す。
「モニカ。女神とともに戦った四属性の精霊がどのような存在か知っているか?」
「いいえ。教科書にも詳しくは載っていませんよね?」
「そうだな。かつての女神と契約したのは、各属性の精霊王だ」
「えっ……! っということは、あの可愛い子たちが?」
面白そうにうなずくカリストを見て、モニカも釣られて笑い出した。誰が想像しようか。あのゆるゆるフォルムの小人型精霊が、精霊王だと。
けれど、これでカリストには良い証明となったはず。
四属性の精霊王を宿した守護者たちと、聖女と聖女の守護者、その全てがモニカの力となる。呪いどころか、魔獣王が復活しても余裕で倒せそうだ。
「これで、安心できましたか?」
「おかげでな。――だが、それはもう少し先にしてくれないか」
「もちろんタイミングは先生にお任せしますが、他にも問題が?」
「今は家門の状況がよくない。俺の呪いが解けることでどのような影響があるか、俺でも計り知れない」
「家門に知られずにいることは、できないのでしょうか……」
「俺の瞳は、呪いによってこの色になっている。それが解ければ、嫌でも周りが気がつくはずだ」
(えっ。それなら……)
ゲームでのカリストは、目が見えるようになっても瞳の色はグレーのままだった。
それは、呪いは完全に解けなかったことを意味している。
それを想定した上で、ゲームのカリストは呪い解除を受け入れたのだろうか。対外的に家門の一員だと知られるリスクが無いから。
カリストが生まれた勇者の家門。それがどこの貴族なのかは未だにわからない。
けれど、呪われた子を保護するでもなく、虐げたり捨てるような一族。良い家門だとは到底思えない。
「私はいつでもお受けしますから……。だから諦めないでください」
家門の状況が好転するまで、待つしかないのだろうか。それまでの間に、カリストの意欲が損なわれなければ良いが。
「そんな不安そうにするな。俺にとっての幸せは、モニカのそばにいることだから。それが維持されるほうを、最優先にしたいだけだ」
カリストは優しく微笑みながら、慰めるようにモニカの頭をなでる。
(先生を心配しているだけでは、先生のお荷物になるだけだわ……)
呪いを解除することで今までの恩返しができないなら、せめてカリストが望む環境だけは維持しなければ。
「私もずっと先生のそばにいたいです。女神だと認められる日が待ち遠しいです」
モニカは心配をかけまいと、にこりと笑みを浮かべた。
近い未来にモニカが女神だと認められ、カリストを正式な守護者にすれば、彼の家門も下手に手出しできなくなるはずだ。
女神にはそれだけの力がある。
今までカリストに守られてばかりだったが、これからはモニカが守る番。
そうして守っていればカリストはいつか、わずらしいものから開放されて自由を得られるはずだ。
それがモニカにとっての、ハッピーエンドであってほしい。
ゲームからは逸脱した新しい物語を歩み始めたモニカは、まだ見ぬラストに思いをはせた。
こちらで第二章完結となります。ここまでお読みくださりありがとうございました!
第三章も準備が整い次第、連載開始させていただきます。
次の章で完結できたらいいな、という希望的観測で進めていきたいと思います。





